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「立て板に水」という表現がピッタリと当てはまる「啖呵売」。「とらや」での団欒シーンでお馴染みの「アリア」と呼ばれる一人語り。面白さの中にも深さや哀愁を感じさせる数々の名セリフ。 車寅次郎の語りや話芸、それにそこから出てくる言葉の魅力も、『男はつらいよ』シリーズの楽しみの1つです。 映画『男はつらいよ』のルーツとなったのは、昭和43年10月から翌年3月までフジテレビ系で放送されたテレビドラマであることはこれまでにも何度か書きました。このドラマの打ち合わせの席で、渥美清が少年時代に憧れたテキヤの口上を実演。それを聴いていた脚本担当の山田洋次監督と当時フジテレビのディレクターだった小林俊一氏は、その口上の面白さや渥美清の語りの巧さに感心してテキヤの物語を作ろうと決意。そこから「フーテンの寅」こと車寅次郎という人物とキャラクターが生まれたという逸話が残されています。つまり、渥美清の人生経験と持ち前の話芸によって、『男はつらいよ』という作品は世に出たと言っても過言ではありません。 昭和3年3月10日、東京・上野に生まれた渥美清は、幼い頃から病弱で学校を休みがちだったそうです。そんな彼にとっての楽しみはラジオで、映画の弁士から転身した徳川夢声の朗読や落語を夢中になって聴いていたといいます。終戦後、上野・アメ横で担ぎ屋をやりながら、流暢な啖呵で物を売るテキヤの「啖呵売」に魅かれた渥美少年は、彼らから教わった口上の一つ一つをノートに書き留め、片っ端から覚えて行ったそうです。昭和28年、浅草のストリップ劇場「フランス座」の専属コメディアンとなった渥美は、翌昭和29年、肺結核に倒れ、右肺を摘出する手術を経て2年間の闘病生活の後、昭和31年に「フランス座」へ復帰。アクションで笑いを取る代わりに、セリフやアドリブなど話芸を前面に押し出すことで人気を得るようになります。渥美清と車寅次郎との出会いの背景には、彼自身の人生経験や、そこで培われた話術・話芸、演技力が大きな位置を占めていたと言えます。 脚本家として寅さんというキャラクターを生み出し、そして演出した山田洋次監督も、また話芸の影響を強く受けています。エンジニアだった父の勤務のため、2歳からの15歳までの幼・少年期を満州で過ごした山田監督は、小学校4年の時、親にねだって「落語全集」を買ってもらい夢中になって読み耽った上、そこで覚えた落語を友達の前で演じたこともあるそうです。落語を通じて庶民の生活や人情を見出した山田監督は、映画監督となってから、古典落語をモチーフにした『運が良けりゃ』(昭和41年)を作った他、新作落語も数本手がけ、『男はつらいよ』シリーズの中にも落語のシチュエーションが随所に取り入れられています。寅さんと柴又の人々とのやり取りからも落語の雰囲気が感じられ、特にシリーズ初期の、「おいちゃん」役が森川信だった頃の作品では、おいちゃんのコミカルな仕草や寅さんとのやり取りに落語の影響が色濃くあったように思います。 ラジオの朗読やテキヤの啖呵売が役者としての原点となった渥美清。そして、落語への造詣から自らの作風を確立した山田洋次監督。ジャンルは異なるものの、この2人が共に言葉や話芸の世界に親しんできたことが、多くの名セリフや名シーンを生み出し、ひいては『男はつらいよ』という作品と車寅次郎という人物の「原点」ともなったと言えるのではないでしょうか。
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”田所康雄さん”は、以前「東京・志村」にお住まいだったと聞いたことがあります。志村は私の実家から至近(10分くらい)で、毎日通勤で付近を通るのですが、そのたびに「ここから”渥美清”の物語が始まったんだ」と思いながら、感慨に耽っています。志村から国道4号線という道路を真っ直ぐに進むと、葛飾・柴又に行けるのですが、私は柴又訪問の際は必ずこのルートで行くようにしています・・。
2007/3/25(日) 午後 0:49
「浅草のストリップ劇場出身」といえば、「もうひとり」偉大な方がいますよね。「ビラ配りしながら、ストリップ座草野球のエースをしていた」という、土橋正幸さん。。「下町から生まれた、偉大な(偉大すぎる)才能」。心より、尊敬の念を・・です。
2007/3/25(日) 午後 0:54
「田所康雄さん」がそんな身近な距離にいらっしゃったんですね。御本人は心を許せた友人にも自分の家のことは教えず、またタクシーに乗った時でも決して自分の家までは乗らなかったそうです。「私人・田所康雄」としての顔を決して見せず、「役者・渥美清」に徹し続けたのはやはり凄いことだと思いますね。
2007/3/25(日) 午後 10:07 [ mannennetaro2005 ]
(続き)「ストリップ劇場出身のプロ野球選手」というのは、後にも先にも土橋さんだけでしょう。「ストリップ劇場出身」と言えば、もう1人、ビートたけしも忘れてはなりません。
2007/3/25(日) 午後 10:08 [ mannennetaro2005 ]
土橋さんの話は初めて聞きました。軟式野球出身と言うのは知ってましたが。凄い人ですね。
2007/3/26(月) 午前 8:06
僕も土橋さんのプロ入り前のエピソードを初めて知った時には正直驚きました。
2007/3/26(月) 午後 10:09 [ mannennetaro2005 ]