万年寝太郎徒然日記

世のため人のためになることは一切書きません。

『男はつらいよ』の世界

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このブログでも何度も書いていますが、映画『男はつらいよ』のルーツとなったのは、テレビドラマ『男はつらいよ』です。つまり、車寅次郎はテレビから生まれたキャラクターという訳です。
ここで改めて、ドラマ『男はつらいよ』について触れてみたいと思います。

ドラマ『男はつらいよ』は、昭和43年10月3日から翌昭和44年3月27日まで、フジテレビ系で木曜夜10時からの45分間、全26回に渡って放送されました。モノクロ作品で、企画段階では『愚兄賢妹』(ぐけいけんまい)というタイトルだったのが、堅い印象で売り出しにくいということで別のタイトルを検討したところ、渥美清が毎回違う役で主役を務め、昭和42年から43年にかけて放送されたドラマ『泣いてたまるか』の中で、山田洋次監督が脚本を書いた「男はつらい」という作品があり、これをヒントにして『男はつらいよ』というタイトルになったそうです。
主な出演者は、主人公・車寅次郎は勿論渥美清ですが、その他は、さくら=長山藍子、おいちゃん・竜造=森川信、おばちゃん・つね=杉山とく子、舎弟・登=津坂匡章(現在の秋野太作)、腹違いの弟・裕次郎=佐藤蛾次郎、さくらの後の夫・諏訪博士=井川比佐志、さくらの恋人・鎌倉=横内正、恩師・坪内散歩先生=東野英治郎、散歩先生の娘・冬子=佐藤オリエ、冬子の婚約者・藤村=加藤剛と、後の映画版とは一部異なります。

物語は、家出して行方不明だった車寅次郎が十数年ぶりに故郷の柴又に帰って来て、おいちゃん、おばちゃん、そしてさくらと再会を果たす所から始まります。恩師の散歩先生を訪ねた直後、盲腸で入院した寅さんは、先生の娘・冬子が見舞いに来た途端に回復。冬子に思いを寄せます。寅さんを診察した医師の諏訪はさくらに好意を持ち、そのさくらは恋人・鎌倉と考え方の違いから別れてしまいます。舎弟・登や腹違いの弟・裕次郎が現われ、実の母親との哀しい再会や「隠し子騒動」など様々な出来事の後、さくらは諏訪と結婚。散歩先生が病気に倒れ、「天然の鰻が食べたい」と言われた寅さんは苦労の末漸く鰻を釣り上げ料理するものの、先生はそれを口にすることなく亡くなります。冬子への思いから葬儀を無事に済ませた寅さんでしたが、彼女の婚約者であるバイオリニスト・藤村の登場によってその恋も終わり、「とらや」も店を閉めておいちゃんたちが隠居することになります。
最終回、寅さんは誰にも告げずに柴又を去り旅に出ます。それから3ヶ月後、諏訪と2人でアパートに暮らすさくらのもとに裕次郎が訪れ、寅さんが奄美大島でハブに噛まれて死んでしまった顛末を話します。
兄の死を信じないさくらでしたが、夜、幻影となって現われた寅さんが遠い彼方へ消えてしまってことで漸く寅さんの死を理解し、物語は終わります。

平成8年8月に渥美清が亡くなった時、「追悼番組」としてドラマの第1回と最終回が放送され、また、この2本は後にビデオ化されました。映画とテレビとの違いを比較すると、御前様(笠智衆)、タコ社長(太宰久雄)、源公(佐藤蛾次郎)といった後の常連が登場しないことと、さくらの結婚相手となる諏訪の職業が医師であり、いわゆる「エリート」となっていることが挙げられます。一方で、おいちゃん役の森川信と登役の津坂匡章は、映画でも同じ役で登場し、散歩先生親子とのエピソードや母親との再会は、映画第2作『続・男はつらいよ』(昭和44年)で描かれました。そして、第5作『望郷篇』(昭和45年)では、長山藍子、井川比佐志、杉山とく子とテレビ時代のレギュラー陣が挙って出演しています。山田洋次監督は、最終回での寅さんの死を通じて、「寅さんのような人間は現代の世の中では生きられない」ということを訴えたかったそうですが、番組終了と同時に、「何故寅さんを殺したのか?」とフジテレビに抗議の電話が殺到し、そこから『男はつらいよ』の映画化へと繋がって行ったのは有名な話です。

『男がつらいよ』がテレビで放送されていた昭和43年頃は、テレビの普及とは対照的に映画産業が衰退の一途を辿っていた時代でした。ギネスブックにも紹介されるなど日本映画を代表する作品が、実はテレビの生まれというのは考えてみれば皮肉なもので、その意味で、『男はつらいよ』は、テレビと映画の関係を知る上で重要な作品でもあるのです。

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スカパー!でも、いつだったか放送していたことがありましたよね(TV版)。。長山藍子さんが映画版に(さくら役で)登場しなかったことと、佐藤蛾次郎さんが「”腹違い”ではなくなったこと」が何でだったのか、一度寝太郎様にお伺いしてみたいなあと思っておりました。ご存知でしたら、ぜひご教授願います。。

2007/3/31(土) 午後 1:08 くさちゃん

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(連続ですみません)先日、ワイドショーの植木等さん追悼報道で、渥美清さんの「エピソード」が紹介されていました。「俺が考えに考えてやることを、サラリとやってのけるのが植木等なんだ」と、渥美さんはいつも悔しがって(?)いたと・・。ほぼ同世代、渥美さんにとって植木さんは「強大なライヴァル」だったのかも・・ですね。「一流は一流を育てる」という言葉が、思い浮かびました。。

2007/3/31(土) 午後 1:12 くさちゃん

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さくら役が長山さんから倍賞さんに代わったことと、蛾次郎さんが源公役になったことについては、詳しい事情は分かりませんが、ただテレビドラマの映画版を作るのではなく、テレビ版との「差別化」を図りたかったのではないかと見ています。

2007/3/31(土) 午後 8:40 [ mannennetaro2005 ]

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(続き)渥美さんは植木さんの存在を意識し、その活躍を注視していたそうです。しかし、全くキャラクターが異なっていたこともあって「ライバル」とはならなかったというのが、あるブログ仲間の方の説です。渥美さんより以前に山田洋次作品の常連だったハナ肇さんは、渥美さんへの強いライバル意識を持っていたようです。

2007/3/31(土) 午後 8:43 [ mannennetaro2005 ]

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コメント欄を思わず読みふけりました。植木さんとのキャラの違い、ハナ肇のライバル心、わかるような気がします。私はテレビの「男はつらいよ」は見ていませんが、「ないてたまるか」は見ていました。渥美清が面白くて面白くて毎週楽しみにしていました。植木さんと渥美さんはキートンとチャップリンに似ていますね。

2007/4/8(日) 午後 4:05 [ nz1*3j* ]

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ありがとうございます。植木さんと渥美さんをキートンとチャップリンに例えるのは面白い見方ですね。時代背景や映画会社(東宝と松竹)の違いも影響していると思いますが、無責任男は「陽」で寅さんは「陰」だったと思います。『泣いてたまるか』は毎週渥美さんが違う役を演じていたそうで、一度見てみたいドラマです。

2007/4/8(日) 午後 8:47 [ mannennetaro2005 ]


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