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「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」…。 平安時代の延長8年(930年)から承平4年(934年)、土佐の国司だった紀貫之が、その任期を終えて土佐から京へ戻るまでの55日間の出来事を綴り、承平5年(935年)頃に成立したと伝えられる「土佐日記」は、この書き出しから始まります。 男性の日記は漢文で書くのが当たり前だった当時、貫之に従った女性という設定を装い平仮名で書かれ、日本文学史上最初の日記文学と伝えられるこの作品が、その後の平仮名による表現や女流文学の発達に大きな影響を与えたことは、日本史や古文の授業で聞いたという方が多いかと思います。 落語という芸も、長らく「男の芸」でした。寄席や演芸にも造詣が深かった作家の色川武大は、「名人文楽」という文の中で、八代目桂文楽の演じる落語を「いつも(女性が大役で出てきても)男の(彼自身の)呟きだ」と指摘した上で、文楽の良きライバルだった五代目古今亭志ん生の落語も「男の語り」と述べています。これは、文楽、志ん生という2人の名人の芸風だけでなく、落語という芸そのものの本質を考える上でも興味深い指摘だと考えられます。つまり、落語の題材や設定といったものは、元来男の視点によるものであり、したがって落語に登場する女性像もそこから描かれているものだからです。 しかし、たとえ落語が「男の芸」であり、落語家の世界が「男社会」であるとしても、決して「女人禁制」と決まっていた訳ではありません。それを認識させてくれたのが、「女流落語家」という存在でしょう。 落語史上初の女流落語家が誕生したのは、昭和49年。二代目露乃(露の)五郎(現在の露の五郎兵衛)に入門した露の都がその人。18歳で「男社会」である落語界へ飛び込んで以来、想像を絶する苦労があったものと思われますが、それを苦にせず落語に打ち込み、平成3年からは史上初の「東西女流落語会」を主宰。また、平成13年8月からは、大阪・東大阪市で「露の都の古典落語百選」と題した落語会を毎月1〜3回のペースで行ない、平成17年10月13日、大阪・難波の「ワッハ上方」での119回目で百席目を達成して完結させました。私生活では6人の子供のお母さんだそうで、落語家としての活動とは別に、落語への思いや家事、子育ての体験などを語る講演活動も精力的に行なっているそうです。 落語界全体に及ぼした影響力という面においては、露の都以上と言っても過言ではないと言えるのが、五代目桂文枝門下の桂あやめ。中学生時代から芸人に憧れ、当時は「桂小文枝」を名乗っていた文枝の「追っかけ」をやっていたという彼女。入門を志願した所、女性の弟子を取るつもりのなかった師匠は、「うちの弟子は車の運転ができなあかんねん」と言って断ろうとしたのですが、それを「憧れの師匠のありがたいお言葉」として受け取ったのか、断られたその足で2週間の合宿へ行き免許を取得。無事入門が叶い、「桂花枝(はなし)」という芸名でデビュー、平成6年に現在の芸名を襲名します。この「桂あやめ」という芸名は師匠の最初の芸名であり、彼女は3代目に当たるそうです。指名手配中の殺人犯の犠牲になりかけたり、「SM大喜利」というイベントを行なったり、「姉様キングス」という音曲漫才で脚光を浴びたり、落語以外での活躍や話題にも事欠かない人ですが、この人の落語界での一番の功績は、それまでの男主体の古典落語では皆無だった女の視点を創作落語に取り入れ、まさに「女性の落語」を開拓したことです。平成14年には芸術祭優秀賞を受賞。落語家生活25周年の節目の年に当たり今年は、今月3日から7日までの5日間、それを記念した落語会を開催した他、昨年9月に開催された上方落語協会主催の第16回「彦八まつり」では、「丁稚カフェ」を称した屋台(丁稚に扮した高校生が「旦さん、お帰りやす!」と言って客を出迎える趣向だったとか)を出店したりと、精力的に活動を続けています。 現在は上方だけでなく、東京でも女流落語家が増え、続々と真打ちに昇進しています。
更に、この秋から放送の朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』は、福井・小浜出身のヒロインが大阪に出て落語家になるというストーリーだそうです。 「男もすなる落語といふもの」も、今や「女もするもの」としてその地位が確立されたと言っても良いでしょう。 |
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最近は「しゃべれdもしゃべれども」「寝ずの番」など落語家の話多いですね。「のようなもの」も懐かしいですが・・。
「古畑」の染五郎くん「相棒」の小宮さんなど落語家が犯人の話もありますが・・。
やはり最近は「タイガー&ドラゴン」が一番メジャーな落語家さんんものでしょうか?
2007/7/1(日) 午後 0:59 [ - ]
『タイガー&ドラゴン』は、今の「落語ブーム」に火を付けるきっかけとなったドラマなので、その意味では「一番メジャーな落語家の話」かもしれませんね。
しかし、最近は映画の世界でも落語家が主人公の作品が増えたのは嬉しいことです。
2007/7/1(日) 午後 10:07 [ mannennetaro2005 ]
「丁稚カフェ」行ってみたかったです
2007/7/2(月) 午後 5:40
「丁稚カフェ」、「元ネタ」も分かるだけに名前を見ただけで思わず笑いが込み上げてきます。僕も行ってみたかったです。
2007/7/2(月) 午後 9:17 [ mannennetaro2005 ]
都師匠の「都はなし」もクスクスの連続でタマランですよw
ところで丁稚カフェですが、去年そのお隣の福笑師匠屋台でお手伝いしていたので楽しそうなご様子をニコニコしつつ見守っておりました^^ 個人的には店先で月亭遊方さんがギターで弾き語りされた”ジギースターダスト”に感銘しておりました♪
2007/7/2(月) 午後 9:35 [ なりすまし太郎 ]
都さんは、東大阪市に住んでいらっしゃるそうですね。自分も、大学時代は東大阪に下宿していたので、高座は殆ど見たことはないのですが、不思議に親近感が湧いてきます。
それにしても、去年の「彦八まつり」の時に「丁稚カフェ」の間近にいらしたとは!
お手伝いさんが本当に羨ましく思います。
2007/7/4(水) 午前 0:29 [ mannennetaro2005 ]