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昭和62年7月17日、俳優・石原裕次郎は52歳の若さで世を去りました。 今日は、それからちょうど20年という「節目」の日にあたります。 没後20年経った今でもその人気は衰えることなく、全く色褪せない存在感を保ち続けている裕次郎ですが、スターへ登りつめた時代と、本人が最も映画に情熱を燃やしていた時代とは、実は異なっていたのではないかと思われます。 石原裕次郎の映画デビューは、慶応大学法学部在学中の昭和31年。兄・石原慎太郎の芥川賞受賞作「太陽の季節」が日活で映画化されることになり、たまたま撮影所に行ったところを認められて端役として出演したことでした。当時としては際立った長身と都会的でやや不良っぽい雰囲気が注目を集め、同じ年、大学を中退して日活へ入社し、『狂った果実』(中平康監督)で早くも主演を果たします。以後、『乳母車』『陽のあたる坂道』(田坂具隆監督)『嵐を呼ぶ男』(井上梅次監督)『俺は待ってるぜ』(蔵原惟繕監督)などに主演し、一気に日活の看板スターとしての地位を確立します。当時の「裕次郎人気」の凄まじさを物語るものとして、東映のオールスター時代劇を超える収益をたった1人で上げたエピソードが残されています。このようにスターへの道を歩みながら、デビュー当時の裕次郎は「映画なんて男子一生の仕事じゃない」と嘯いていたそうです。 そんな裕次郎が、昭和38年1月16日に石原プロモーションを設立。本格的な映画製作にも乗り出します。前年、同じスター俳優である東宝の三船敏郎が三船プロダクションを設立。またこの後、大映の勝新太郎が勝プロダクションを、東映を退社した中村錦之助(萬屋錦之介)が中村プロダクションをそれぞれ設立し、石原プロはこれらのいわゆる「スター・プロ」の一角を占めることになります。 石原プロの映画第1作は、『太平洋ひとりぼっち』(昭和38年)。ヨットによる太平洋単独横断航海に成功した堀江謙一氏の体験記を映画化したもので、裕次郎自ら堀江青年役を演じ、監督は市川崑、脚本はその夫人である和田夏十、音楽は芥川也寸志と武満徹などの強力なスタッフによって作られ、芸術祭大賞を受賞するなど高い評価を得ました。 昭和39年秋、裕次郎は三船敏郎との共同記者会見で、突然「映画を作る」を発表。「夢の共演が実現か」と騒がれますが、裕次郎が所属する日活が許可をしなかったとされ、実現は困難を極めます。そんな中で、昭和41年秋、裕次郎と三船はそれぞれのプロダクションの共同制作で、木本正次原作「黒部の太陽」の映画化を発表。当時の国家的大事業であった富山県・黒部峡谷のダム建設を題材にしたこのドラマは、その壮大なスケールゆえに莫大な費用が予想され、大手映画会社が組んでも手が出せないと言われた上に、当時まだ映画界を厳然と支配していた「五社協定」も大きな壁となって立ちはだかり、裕次郎も一時は撮影を断念しかけたそうです。しかし、それにめげることなく撮影を決行。掘削作業での大出水シーンはあわや大惨事になる壮絶な撮影だったそうですが、無事撮影が終わり、昭和43年2月、映画『黒部の太陽』(熊井啓監督)は公開され、興行的にも成功を収めます。後年、「人生を振り返ってみれば、どれもこれも一生の思い出だけど、その中でも(やっぱりあのときは)、と、思うのは、やはり『黒部の太陽』だな」と語っていたそうで、裕次郎にとって最も情熱を注ぎ、また特別の思い入れのあった映画であったことが分かります。 その後、アフリカ・サファリラリーをテーマにした『栄光への5000キロ』(蔵原惟繕監督・昭和44年)や、さいとうたかおの劇画を映画化した時代劇『影狩り』(舛田利雄監督・昭和47年)など、裕次郎は石原プロ社長として映画製作に取り組み続けますが、映画業界の斜陽と重なり興行成績も振るわなくなって行きます。そして、昭和47年にスタートした『太陽にほえろ!』を皮切りに、裕次郎が活動の中心をテレビに移したことで、石原プロも次第に映画の世界から離れてしまいます。 昭和51年に公開された松竹映画『凍河』(斎藤耕一監督)で、石原裕次郎は久々に映画出演を果たしますが、図らずもこれが彼にとって最後の映画出演となりました。
「映画なんて男子一生の仕事じゃない」と言っていた時代を経て、「真の映画人」となった石原裕次郎でしたが、再び映画出演も映画製作に取り組むことも叶わぬまま52歳で旅立ったしまったことは、ファンは勿論、本人にとっても残念だったことでしょう。 |

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「俳優・裕次郎さん」として、私が強烈に印象に残っているのは、やっぱり「七曲署のボス」・・ですね。
「親の影響」というのはやっぱり恐ろしいもので、「役者としての裕次郎は好きじゃない」と話していた親父・お袋の影響をモロに受けて育ってしまったため、今まで「裕次郎さん主演の映画」をまともに観たことは一度もないんです。。「寝太郎様お勧めの作品」、ぜひご教授をお願いいたします。
2007/7/18(水) 午前 1:11
ボスは永遠無二のボスです!
せめて「石原プロ」がしっかりしていれば・・と思うのですが。
2007/7/18(水) 午後 3:38 [ - ]
甲府さん。
自分にとっても裕次郎さんと言えば「ボス」であり、『大都会』の滝川キャップであり、また「木暮課長」であったりします。
裕次郎さんの映画で個人的に印象に残るものは、ここに挙げた作品以外では、主演作品ではありませんが、デビュー直後に高杉晋作を演じたフランキー堺主演の『幕末太陽傳』や、上杉謙信役で登場した『風林火山』の時代劇です。
2007/7/18(水) 午後 8:17 [ mannennetaro2005 ]
花形さん。
せめてもう1作だけでもスクリーンでの裕次郎さんが観たかったし、もう1本だけでも石原プロで映画を作って欲しかったと、しみじみと思います。
2007/7/18(水) 午後 8:18 [ mannennetaro2005 ]