万年寝太郎徒然日記

世のため人のためになることは一切書きません。

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平成十九年文月

×月○日
 従兄弟の結婚式に出席するため東京に出かけている両親が今日帰宅する予定だったが、台風4号の影響で、大事をとって1日予定を延ばすことになり、終始1人で過ごす。
 夜、夕食を食べながら、大河ドラマ『風林火山』を観る。今日は第28話「両雄死す」。武田信玄が大敗を喫した「上田原の合戦」が物語の中心である。
 「両雄」とは、武田家の老臣・板垣信方(千葉真一)と甘利虎泰(竜雷太)を指し、この2人の最期が今回の最大の見せ場である。19年前の大河ドラマ『武田信玄』(昭和63年)では、主君・武田晴信(中井貴一)の暴走を諌める意味で、板垣(菅原文太)・甘利(本郷功次郎)の両雄が自ら死地に赴くという展開となっていたが、今回は、板垣は晴信(市川亀治郎)の「影武者」を仕立てて敵の村上義清(永島敏行)の軍勢に立ち向かい、甘利は村上に寝返ると見せかけて、自らその首を獲ろうと図るという設定であった。
 両人とも壮絶な最期で、特に千葉真一の迫真の演技は、竜雷太のそれがすっかり霞んでしまうほどのものであった。それ以上に強烈だったのは市川亀治郎の狂気を秘めた「鬼」の形相で、寧ろこちらの方が今回の中では最もインパクトがあり、歴代の大河ドラマの中でも屈指と言っても良いかもしれない。おかげで主役の山本勘助(内野聖陽)は、今回は完全に影が薄かった。
 ドラマがスタートして半年が経過したが、ここまで見応えのある大河ドラマは本当に久々である。今回の場合、「謀(はかりごと)は好まぬ」と公言する村上義清の人物像にも「敵役」ながら好感が持てた。武田・村上両軍の合戦シーンはCGも活用してビジュアル的にも見応えがあったが、惜しむらくは、武田軍の諸将の出陣シーンがアップばかりだったのが残念だった。

×月△日
 朝、またしても地震のニュース。今度は新潟県の中越地方で、死者が出た上に家屋の全壊も多かったという。被災者の方々に心よりお見舞いを申し上げたい。
 それにしても、ここ数年この国ではなんと地震が多いことだろう。新潟県では3年前にも大地震があって多数の被災者が出した。今年は、3月に石川県の能登半島で大地震があったばかりである。あの「阪神・淡路大震災」以来、日本は正真正銘の「地震大国」となってしまった。広島でも6年前に「芸予地震」に見舞われたが、「いつ起きてもおかしくないもの」と分かっていながらその備えは意外と出来ていないし、また政府や行政の対応を見ていても、過去の「教訓」というものが全く生かされていないと感じざるを得ない。
 しかしこの連休は台風に地震と散々なものとなってしまった。やはり自然そのものに狂いが生じているのかもしれないと思う。だが、そう仕向けているのは他ならぬ我々人間であるということを決して忘れてはならないだろう。

×月◎日
 今日は石原裕次郎が亡くなってちょうど20年という「節目」の日である。「20年」と聞いて、月日の流れの速さというものをつくづく思い知らされる。
 20年前と言えば昭和62年、自分はちょうど中学1年生だった。裕次郎が亡くなったことを知ったのは、ニュースではなく夕食での会話においてだった。夏休みに入ってから行なわれた裕次郎の告別式の様子は今でも覚えている。
 俳優としては、やはり『太陽にほえろ!』が一番印象に残っているが、歌手として一番印象に残っているのは、いくつかの往年のヒット曲ではなく、NHKの『みんなのうた』の中で歌われていた「パパとあるこう」という曲である。子供とのデュエット形式で歌われていたこの曲を、実生活では子供に恵まれなかった裕次郎が余分な力を抜いて歌っていたのを今でも鮮烈に記憶していて、隠れた名曲と言っても良いと思う。
 没後20年を迎えた裕次郎に対して、同じ慶応大学出身の加山雄三が今年70歳を迎えたという。「慶応ボーイ」という同じ経歴を持ちながら、全く対照的なキャラクターの持ち主であるこの2人を比較してみるのも面白いかもしれない。

閉じる コメント(4)

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地震に台風・・「天災」が後を絶たない状況には将来の不安を感じますね。地震ですが、今回のことも案外「人事」としてしか捉えていない人が多いのは、「震災経験者」としては何とも残念です。

2007/7/21(土) 午後 10:08 [ - ]

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「天災」が絶えない状況がそのまま世情不安へと繋がって行くことは、過去の歴史を振り返っても多く見られます。
私も「阪神・淡路大震災」を経験しましたが、あの時の「教訓」が今でも生かされていないということに空しさと憤りを感じます。

2007/7/22(日) 午前 1:13 [ mannennetaro2005 ]

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裕次郎さんが亡くなった20年前、私は高校1年生でした。
東京・神田に学校があったので、徒歩で行ける「開場1年目のドーム球場」に足繁く通っておりました。
美空ひばりさんのコンサートで、凄まじい行列を観たこともあります。
まだ、「昭和がしっかり残っていたころ」でした。。

2007/7/24(火) 午前 1:02 くさちゃん

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ちょうど夏休みに入ってから裕次郎さんの告別式が行なわれたのを、自分もテレビで観ましたが、あの時の盛大さは今でも印象に残っています。
裕次郎さんもひばりさんも偉大な「昭和の人」でした。

2007/7/24(火) 午後 10:58 [ mannennetaro2005 ]


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