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毎年7月から8月にかけて、全国各地で花火大会が開催され、それぞれが「夏の風物詩」となっています。 尾道でも毎年7月の最終土曜日、住吉神社の例祭である「住吉花火祭り」が開催されています。尾道の人々にとっては本格的な夏の訪れを知る行事でもあります。 尾道では毎年7月、この「住吉花火祭り」を含めて、夏の訪れを告げる祭りがいくつか行なわれます。 先ず、八坂神社の例祭である「祗園祭」。この祭りでは、御神体を乗せた3体の神輿が幟の周りを廻り、1本の幟を奪い合う勇壮な「三体廻し」が、対岸の向島とを結ぶ渡場の通りの前で繰り広げられます。 千光寺へ向かうロープウェイ乗り場から歩いて5分の位置にある御袖(みそで)天満宮は、その名の通り「学問の神様」菅原道真を祀っていて、かの大林宣彦監督の映画『転校生』に登場した石段でも有名な所です。ここの夏祭りである「天神祭」では、その石段を神輿が上り下りする「勇壮五十五段大神輿還幸の儀」が最大の行事として行なわれる他、福引大会や大道芸を楽しむことが出来ます。 市役所の北になる旧「水尾町」で行なわれている「水尾町の水祭り」は、江戸時代からの歴史を持つ祭りを今から十数年前に復活させたもので、時事ネタやテーマに沿った場面をからくり人形で表現し、その人形の指先などから噴水が出るという、涼しげな祭りです。 さて、本題の住吉花火祭りですが、この祭りを毎年例祭として行なっている住吉神社は、海上交通の安全の守護神として祀られているもので、江戸中期の元文5年(1740年)、広島藩の尾道町奉行に着任した平山角左衛門尚住(ひらやま・かくざえもん・なおずみ)という人が、翌寛保元年(1741年)に住吉浜を築造し、浄土寺境内からこの地に移されて尾道港の守護神となりました。そして、住吉浜を構築した平山角左衛門の功績を讃え、また住吉浜の海産物問屋の旦那衆が商売繁盛と海上交通の安全を願い、旧暦の6月28日頃に行なったのが住吉花火祭りの由来で、現在は7月の最終土曜日に行なわれています。 住吉花火祭りは毎年7月の最終土曜日、雨の場合は翌日の日曜日、また雨の場合は日を改めて開催されています。平成16年に1度だけ7月最後の土曜、日曜が共に雨に祟られ、ちょうどお盆時にあたる8月12日に延期されたことがありましたが、そのように雨で順延されることは滅多にありません。 今年は先週の7月28日、例年通り盛大に開催されました。春の菜の花畑や晩秋の落ち葉、雪が降る情景などの尾道の四季の情景を花火で描いた「尾道水道・光のハーモニー」、江戸、明治、昭和、現在と時代別の花火を表現した「今昔花火のハーモニー」、水中花火など他の花火とは異なる雰囲気を演出した「花火・力と技のハーモニー」、音楽と花火をシンクロさせ、エルガー作曲の「威風堂々」をバックに「満開の枝垂桜」で締めくくる「花火と音楽のハーモニー」の4幕に分かれ、およそ1万3千発の花火が打ち上げられ、尾道の夏の夜空を彩りました。 この住吉花火祭りは、尾道から離れていた大学時代の一時期を除いて殆ど間近で見物していて、花火独特の臨場感や美しさ、勇壮さを毎年満喫しています。
今年は各時代ごとの花火を表現するという趣向がありましたが、住吉花火祭りそのものが、尾道の歴史やその時代に生きた人々の思いと繋がっている祭りでもあるのです。 |
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大林さんの「転校生」と言うと、尾美としのりさんですよね。。
何となく昔から好きな俳優さんで、「早稲田の学生役」での、ちょっとトボけた味のある芸風も、「寅さんシリーズ」の中で私の「お気に入り」のひとつです。
「江戸・明治・昭和・平成の花火」・・。恥ずかしながら、そういった「相違」を意識しながら花火をみたことなど、今まで一度もありませんでした。。「坂と海の町」で見る花火、さぞかし・・ですね。
2007/8/13(月) 午後 0:01
尾美としのりさんと言えば、大林監督作品と並んで、『鬼平犯科帳』の木村忠吾も忘れ難い役です。
本州側の尾道市街と対岸の向島の間を流れる尾道水道から打ち上げられる花火の美しさと、その光景は格別です。
2007/8/14(火) 午後 9:33 [ mannennetaro2005 ]
ご同郷のようで、うれしいです。よろしくおねがいします。
わくわく亭
2007/9/25(火) 午前 0:09
こちらこそ、何卒宜しくお願い致します。
2007/9/25(火) 午後 9:02 [ mannennetaro2005 ]