万年寝太郎徒然日記

世のため人のためになることは一切書きません。

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フジテレビというテレビ局は、「トレンディー・ドラマ」を先駆けた影響もあって、そういうタイプのドラマのイメージが強いようですが、その歴史を辿ると、テレビ史上に残る質の高い時代劇を多く世に送り出した局でもあります。
その中でも、「金字塔」と呼ぶに相応しい作品が、昭和41年から59年まで18年間に渡って放送された、大川橋蔵主演の『銭形平次』です。

テレビの時代劇で、1人の俳優が一貫して同じ役を演じ続けたものでは、『大岡越前』(昭和45年〜平成18年)での加藤剛の大岡忠相や、『暴れん坊将軍』(昭和53年〜平成16年)での松平健の徳川吉宗、それに「必殺」シリーズでの藤田まことの中村主水などがあり、また長寿時代劇と言えば、昭和44年のスタート以来放送回数が千回を超えた『水戸黄門』(昭和44年〜)などがありますが、大川橋蔵版『銭形平次』の凄い所は、番組開始から終了までの18年間殆ど休みなしで放送されたことで、これだけでもその偉大さが分かると言えるでしょう。
原作となった『銭形平次捕物控』は、昭和6年から32年まで26年の間に全383編が執筆されました。原作者・野村胡堂はこの作品の特徴として、「容易に罪人を作らないこと」「町人や庶民に愛着を持つこと」「侍や遊び人を徹底的にやっつけること」「全体的に明るく健康的な捕物帳に仕上げること」の4つを挙げていたそうです。映画では、往年の二枚目スター・長谷川一夫が「当たり役」として演じました。

大川橋蔵と『銭形平次』との出会いは昭和40年頃のこと。昭和30年代の日本映画全盛期、東映時代劇映画を代表する美男スターとして、中村錦之助(萬屋錦之介)などと共に人気を集めていた橋蔵は、30歳を超えたあたりから役者としての転機を図ろうとしますが、主演作品の興行的失敗などで伸び悩んでいました。フジテレビから『銭形平次』の出演依頼があったのは丁度その頃のことでした。
昭和41年5月3日、大川橋蔵主演『銭形平次』がスタート。番組開始当初はモノクロで、昭和44年5月からカラー放送となりました。橋蔵はテレビの連続時代劇に初めて出演するに当たって、「演じる上は中途半端なことは嫌だから、年間を通じて『銭形平次』にかかりっきりになる」「その代わり、東京の明治座と歌舞伎座、大阪の新歌舞伎座での年3回、3ヶ月間の公演だけはさせて欲しい」との条件を提示し、これを通したそうです。こうして1年の内の9ヶ月間は『銭形平次』の撮影、残りの3ヶ月間は舞台というスケジュールが組まれ、撮影は1日に3作品分を同時進行させ、1ヶ月に台本8本分を仕上げていたといいます。几帳面な性格で、演技の研究にも熱心だった橋蔵は、一日の撮影が終わってからも翌日のシナリオを丹念にチェックし、また最大の見せ場である「投げ銭」のシーンをテレビ向けに工夫したり、2本の十手を使うアクションを考案するなど様々なアイデアを生み出し、『銭形平次』という作品に真摯に取り組みました。

レギュラー出演者は橋蔵の他に、女房・お静は、初代の八千草薫(昭和41年5月3日〜昭和44年4月30日)から2代目の鈴木紀子(昭和44年5月7日〜昭和45年4月29日)を経て、昭和45年5月6日の放送から最終回まで3代目の香山美子が演じ、子分・八五郎の林家珍平、ライバル・三輪の万七の遠藤太津朗(番組放映中の昭和48年に「遠藤辰雄」から改名)などが主なメンバー。長寿番組であったためにその他の出演者は何度か入れ代わり、番組開始10年目以降は、林寛子や海原千里(現在の上沼恵美子)・万里、更に番組後期には森田健作、市毛良枝、京本政樹などが出演していました。
僕が『銭形平次』を見始めた頃には既に番組開始から10年経っており、舟木一夫の歌う主題歌をバックに、平次が大立ち回りを繰り広げるオープニングの映像が今でも記憶に残っています。因みに、ここで登場した「寛永通宝」を模した巨大砂絵は香川県観音寺市の有明浜にあり、現在でも観光名所として知られています。
余談ですが、フジテレビの「新春かくし芸大会」などで、「素顔」の大川橋蔵を何度か見たことがあります。「銭形平次」ではない大川橋蔵は、いかにも地味な「普通のおじさん」という印象でした。

昭和59年4月4日、第888回「あゝ十手ひとすじ・八百八十八番大手柄」をもって、18年間続いた『銭形平次』は終了します。「888」という数字は、番組の放送が水曜夜8時だったこととフジテレビの「8」チャンネルに合わせたものだそうです。それからわずか8ヶ月後の昭和59年12月7日、大川橋蔵は55歳の若さで世を去り、結果的に『銭形平次』は文字通りのライフワークとなりました。告別式の際、彼の棺には平次が使っていた十手と投げ銭が入れられたそうです。
テレビに留まらず舞台でも平次役を演じ、最後に出演した映画も昭和42年公開の『銭形平次』だった大川橋蔵。まさに一代の「平次役者」でした。

閉じる コメント(4)

大川さんは「柳生一族の陰謀」の成功を見てご自分も映画出演に熱意を示していましたが実現せずに亡くなられたのが残念でした。
「銭平」終了後「時代劇スペシャル」枠で主演があったのがせめても慰めだった気がします。

2007/11/18(日) 午後 5:24 [ - ]

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晩年の橋蔵さんは、『銭形平次』と舞台に専念していた印象が強いので、映画への思いを抱き続けていたという話を聞くと、早死にしてしまったことが余計に惜しまれます。
「時代劇スペシャル」で橋蔵さんが演じた沓掛時次郎や荒木又右衛門などは、後年再放送で見たことがあります。まだまだ演じたい役が沢山あったんでしょうね。

2007/11/19(月) 午後 8:56 [ mannennetaro2005 ]

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端正な顔立ちなのに、セリフをいう時は意外と男っぽい自然なしゃべり方なのが好きでした。同時期のほかの役者さんたちとは一味違う人でした。

2007/11/20(火) 午後 2:23 [ くるくる ]

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共に東映時代劇で人気を博した錦之介さんが見るからに男っぽい雰囲気だったのに対して、橋蔵さんは仰る通り、端正な顔立ちの人でした。「男っぽいしゃべり方」とは江戸っ子の口調のことを指しているのでしょうが、確かに良かったですね。

2007/11/20(火) 午後 10:39 [ mannennetaro2005 ]


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