万年寝太郎徒然日記

世のため人のためになることは一切書きません。

音楽

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歌人・村下孝蔵

6月24日が命日の歌手が2人います。
一人は、1989年6月24日にこの世を去り、今でも「歌謡界の女王」として語り継がれている美空ひばり。
もう一人は、そのちょうど10年後に、46歳の若さで突然この世から旅立ってしまった「歌人」こと村下孝蔵です。

村下孝蔵、1953年の熊本県生まれ。家が映画館だったことから、映画の影響でギターに魅かれ、同時に加山雄三の影響も受けました。この人を語る上で、広島のことを抜きにすることは出来ません。郷里を離れて広島でピアノの調律師をする傍ら、自主製作アルバムのレコーディングをしていた時期を経て、1979年、CBSソニーのオーディションを受けて、最優秀アーティストに選ばれます。これがきっかけで、1980年に「月あかり」でメジャーデビュー。以後、「松山行フェリー」「ゆうこ」「初恋」「踊り子」「陽だまり」「アキナ」などの作品を発表。決して大ヒットを連発したという訳ではありませんが、切なくしみじみとした雰囲気の曲風で、心に残る作品を多く残しました。
今挙げた曲以外にも、「春雨」「少女」「夢のつづき」「丘の上から」「この国に生まれてよかった」「二人の午後」など、僕が好きな曲だけでも数え切れないほどあります。

自ら歌うだけでなく、他のアーティストへも楽曲を提供するなど作家としても活躍し、また毎年「七夕コンサート」を開催するなど、精力的に音楽活動を行なっていました。
ところが、1999年6月20日、その七夕コンサートのリハーサル中に脳内出血で倒れ、その4日後に亡くなってしまいました。
僕が村下孝蔵の死を知ったのは、ネットカフェでネットサーフィンをしていた時でした。あまりに突然の出来事で、暫くはその事実を信じられませんでした。その時の衝撃は今でも忘れることが出来ません。

昨日夜、広島のRCCラジオで、『村下孝蔵七回忌・夢のつづき』という3時間の特別番組が放送されました。広島の人気タレントで、生前の村下孝蔵とは兄弟のように仲が良かった西田篤史さんが司会を担当し、ゲストを交えての懐かしい思い出話やリスナーのリクエストなどで進行していきました。広島では村下孝蔵の死後、毎年6月末になると彼を偲ぶラジオ番組が放送されています。また、広島と愛媛の松山では、今年8月に村下孝蔵の7回忌を記念したコンサートが開かれるそうです。

僕も、時々カラオケに行くと村下孝蔵の曲をよく歌います。亡くなって6年が経ちましたが、今でも多くの人々の心の中に、曲も含めてこの人はずっと生きているんだと思います。

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「歌人」青春時代の哀愁が込み上げてくる、私はそんな感じのするこの歌が大好きです。
村下さんの詳しいお話参考になりました。

2011/5/23(月) 午後 6:40 [ tubuyakitony ]


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