万年寝太郎徒然日記

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カープ坊や代々

この7月に『ヴィクトリー・カープ』というCDが発売されました。
今年、平成21年が広島カープ球団創立60周年にあたり、本拠地も広島市民球場から新たにマツダスタジアムに変わるという2つの節目を迎えたこともあって、長らく廃盤となっていた「それ行けカープ(若き鯉たち)」をはじめ、「勝て勝てカープ」「燃える赤ヘル僕らのカープ」「ヴィクトリー・カープ」「CARP讃歌」といったカープ応援歌を一堂に集めたものです。
収録されている全曲がカープファンにとっては堪らないであろうことは言うまでもありませんが、このCDにそれ以外にも圧巻というべきものがあります。
それは、ケース裏面に勢揃いした6人のカープ坊や―。

カープのマスコット・マークであるカープ坊やが登場したのは、昭和50年6月のこと。マスコット・マークのコンペから広島市在住のデザイナーの作品が採用され、カープ坊やは誕生しました。
この年、チームは球界初の外国人監督・ジョー=ルーツによって「赤ヘル」を採用。開幕わずか1ヶ月で退団したルーツの後を継いだ古葉竹識監督の下、「赤ヘル旋風」と呼ばれる快進撃を見せ、10月15日、後楽園球場で巨人を破り悲願の初優勝を果たします。つまり、カープにとって歴史の一大転換点となった同じ年にカープ坊やは誕生したのです。
さて、その「初代・カープ坊や」ですが、赤いのは帽子の色のみで、ユニフォームの文字やアンダーシャツは、元来のチームカラーである紺がメイン。赤は文字の縁取りと襟や袖、それに当時「ベルトレス」だった腰の部分に使われただけでした。使用期間は昭和50年6月のデビューから翌昭和51年までのわずか2年間。「初代」は意外と短命でした。

「2代目」は昭和52年に登場。昭和50年の「赤ヘル旋風」で一世を風靡したカープは、この年から更に「赤」のイメージを前面に押し出したユニフォームにモデルチェンジします。紺に赤い縁取りだった胸マークや背番号は赤一色となり、アンダーシャツも紺から赤へ変更。襟と袖のラインと腰の部分の赤と紺の配色も逆転します。昭和54年、チームは4年ぶりにリーグ優勝を果たし、初の日本一に。翌昭和55年もリーグ連覇、2年連続日本一と「赤ヘル黄金時代」を迎えます。その後、昭和59年には4年ぶりのリーグ優勝と日本一に返り咲き、古葉監督から阿南準郎監督へバトンタッチされた昭和61年には5度目のリーグ制覇と、チームの4度のリーグ優勝と3度の日本一を「2代目」は見届けたことになります。阿南監督が退陣した昭和63年、「2代目」も役割を終えますが、その期間は実に12年。歴代の中では現在一番の長寿になります。

「ミスター赤ヘル」山本浩二が監督に就任し、年号が「昭和」から「平成」に変わった、カープにとってもこの国にとっても大きな転機を迎えた平成元年、カープ坊やも「3代目」に変わります。一番大きく変わったのは、それまで帽子の「C」のマークやユニフォームのラインなどに使用されていた紺が完全に消えて赤一色となったことで、ユニフォームも左胸に「C」のマークという、メジャーリーグのシンシナティ・レッズを思わせるデザインとなりました。「3代目」は平成7年まで7年間使用されましたが、3年目の平成3年、チームは5年ぶりにリーグ優勝。これが現在では「最後の」優勝となっています。
「4代目」は、山本監督から三村敏之監督へ交代して3年目の平成8年に登場。当時、日本球界で流行り始めていた「ラケットライン」入りのユニフォームとなります。カープの歴代ユニフォームには、往年の花文字ロゴの影響もあって読売ジャイアンツとよく似た雰囲気のものがいくつかありますが、この時のユニフォームはまさにその代表的なものでした。「4代目」最初の年の平成8年は、あの「メーク・ドラマ」の“犠牲”となった年。チームが段々厳しい時代へと向かう中で、21世紀最初の年である平成13年までの6年間使用されました。

その平成13年に山本浩二監督が復帰し、翌平成14年にカープ坊やは「5代目」となります。長年慣れ親しまれてきた花文字の「CARP」のロゴが筆記体になった上に、赤いストライプの入ったユニフォームの採用と、今までにない大幅なモデルチェンジが行なわれ、それは「5代目」にも大きく影響しています。「5代目」の大きな特徴は、それまで輪郭の色が紺だったのが黒に変更したことで、歴代の中でも異色の雰囲気が感じられます。広島市民球場が51年の役目を終えた去年までの7年間にわたって使用されましたが、個人的にはユニフォームにも「5代目・カープ坊や」にも最後まで馴染めませんでした。
そして、今年から登場の「6代目」。平成になってからの20年間、赤一色だった帽子やユニフォームに久々に紺色が入り、カープ坊やの輪郭も再び黒から紺に戻りました。果たしてこれから何年にわたってその役割を果たすことになりますか…?

初めに紹介したCD『ヴィクトリー・カープ』に収録されている「ヴィクトリー・カープ」の3番まである歌詞は、いずれも「我らが勇士に栄光あれ」と締め括られています。
昭和50年のデビュー以来、カープの栄光と苦難を「6代」にわたって見続けてきたカープ坊や。
我らがカープ坊やに、再び栄光あれ!

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