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明日7月28日は「土用の丑」。土用の丑と言えば鰻を食べることが習慣になっていますが、これは江戸時代の発明家・平賀源内が、売れない鰻屋に客を呼ぶために「本日は土用の丑の日」と宣伝したのが始まりと言われています。奇才として名高い源内が宣伝したために、たちまち店には行列が出来、大いに繁盛したのだそうです。 落語にも、鰻が登場する噺が多くあります。それらの噺を紹介してみましょう。 先ずは「素人鰻」。明治時代のいわゆる「士族の商法」を皮肉ったものです。元武士の旦那が汁粉屋を始めようと思っていた所、「神田川の金」という鰻裂きの職人に勧められて鰻屋を開業。金は腕は良いが酒癖が悪く、何度も酔って騒ぎを起こした挙句、店を飛び出してしまいます。旦那が自ら料理することになりますが、鰻を捕まえるのに悪戦苦闘。手の中の鰻に合わせて右往左往する旦那に奥方が、「一体どちらへ行かれるのですか」と尋ねると、旦那は「前に回って、鰻に聞いてくれ」。八代目桂文楽の十八番で、昭和29年にこの噺で芸術祭賞を受賞しています。これに似た噺に「うなぎや」という噺もあり、タダで酒が飲めるとやって来た二人連れが鰻を注文し、主人に掴ませるというもので、東京では五代目古今亭志ん生、六代目三遊亭圓生などが演じ、また上方では初代桂春團治が演じていた他、近年では桂枝雀の十八番の1つでした。 これも八代目文楽の十八番だった「鰻の幇間(たいこ)」。しがない幇間(たいこもち)の一八が、顔に見覚えのある浴衣姿の男と出会い、上手く取り入って鰻屋に案内してもらうことに成功するものの、男にまんまと一杯食わされるという噺です。この鰻屋というのが、2階へ上がると子供が勉強机を持って出て行き、洗濯物を片付ける。場違いな掛け軸が掛かっている。猪口は2人のものが別々で違っている。出てきた鰻はとても食べられたものではない…と、とんでもない店で、しかも土産に買って帰ったという蒲焼の代金まで払わされた上に下駄まで履いて行かれ、まさに一八は踏んだり蹴ったりの目に遭うという訳です。 「後生鰻」は、信心深い隠居が鰻屋の前を通りかかると、主人が鰻を捌こうとしている場に出くわし、金を払って鰻を川へ逃がしたことからきっかけで起こる珍騒動を描いた噺で、オチの部分でブラックユーモアの要素が色濃く見られますが、最近ではその部分を薄めて演じることも多いようです。 この3つの噺に登場する鰻屋は、どの店もお世辞にも立派な店とは言えず、いずれも落語らしい雰囲気がよく出ていると思います。 この他にも、上方落語に「軒付け」という噺があって、浄瑠璃好きの町の衆が「軒付け」と称して人の家の軒先に立って語る中で、たっぷりと浄瑠璃を語った上に鰻の茶漬をご馳走になることがあると聞いたある男が、「鰻の茶漬」を目当てに仲間に加わるというものです。風変わりな人物ばかりが揃ったこの軒付け連中の中でも、何かにつけて「鰻のお茶漬…」と言い出すこの男の存在は、噺のおかしさを盛り上げ上でも絶大な効果を挙げていると言えます。 落語には色々な食べ物が登場しますが、その中でも鰻は人気の食材と言えるのではないでしょうか。
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2005年07月27日
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大江千里については前にも1度書きましたが、改めて彼の曲を聴いてみると、全体的に男の優しさや寂しさが漂っている作品が多いように思います。 曲の雰囲気は明るいものの、そこに描かれている世界には一種の「陰」が感じられて、この人の持つ世界の奥深さを感じることが出来ます。 CDのジャケットやコンサートなどの写真を見ると、デビュー当時の大江千里は、今よりも線が細く顔立ちも端整で、眼鏡を掛けている所為もあるでしょうが、ごく普通の「坊っちゃんタイプのインテリ青年」といった雰囲気があります。女性ファンの中には、このルックスに魅かれてファンになったという人も多いのではないでしょうか。 音楽性のセンスの良さは言うまでもありませんが、それ以外の分野でも優れたセンスを持っている人だと思います。映画やドラマ、バラエティー番組に積極的に出演したり、NHKの「トップランナー」(1997年〜2001年)のようなトーク番組の司会を務めたりしていたことに、この人の活動の幅広さをよく表われています。アーティストの中でも、これほど広範囲にわたって活動した人というのは珍しく、その意味では新しいタイプの存在だったのではないでしょうか。 彼の欠点は、作詞・作曲、それにピアノの腕前も優れていながら、歌声にやや問題があったことでしょう。初期から中期の頃はさほど気にはならなかったのですが、いつの頃からか喉を潰したような声を出すようになりました。この欠点さえなければ、もっと人気が出ていただろうと思っています。 2003年にEPICソニーから発売された「THE LEGEND―大江千里」は、1983年のデビューから93年までの約10年間に発表された作品から代表的な曲を選りすぐったベストアルバムですが、作品全体から切なさやほろ苦さ、それに一種の陰影が感じられるような気がします。
今、大江千里の曲を聴いていると「懐かしさ」というものを強く感じるのですが、それは曲そのものに対する懐かしさ以上に、自分にとってのもう戻ることが出来ない時代に対する懐かしさなのかも知れません。この人の曲の魅力は、やはりある年齢を超えないと分からないのではないでしょうか。本当に奥が深いなあと思います。 |

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