万年寝太郎徒然日記

世のため人のためになることは一切書きません。

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昨日、広島のRCCラジオの音楽番組で、午後2時台に「お昼の人気番組のテーマ音楽特集」というのをやっていました。
現在でも放送している『徹子の部屋』のプロデューサーの方へのインタビューや、『おもいっきりテレビ』のテーマのCDバージョンが聴くことが出来て、それぞれ面白かったのですが、このコーナーの1曲めとして流れたのが、『2時のワイドショー』のテーマ。
「浪花のモーツァルト」ことキダ・タロー作曲のこの曲を、10数年ぶりに聴くことが出来、思わず「懐かしい」と声を上げてしまいました。

ところで、『2時のワイドショー』は大阪のよみうりテレビの制作で全国ネットされていましたが、この番組が放送されていた当時の、平日の午後2時台は、僕の住んでいる広島では、大阪制作のワイドショー番組が挙って放送されていました。
『2時のワイドショー』は、昭和54年4月から平成4年9月までの13年半にわたって放送されていました。スタート当初は横山ノックと上沼恵美子の司会だったそうですが、これは全く記憶にありません。2年目から、神戸のラジオ関西で人気DJとして活躍した奥田博之がメイン司会者となり、個人的にはこの番組と言えば、奥田さんのイメージが一番記憶に残っています。「夫婦110番」や「神田川料理道場」、浜村淳の映画評論や「心霊写真」などの名物コーナーが各曜日ごとにラインナップされていました。この番組は、東京でも放送されていたので、御記憶の方も多いのではないでしょうか。

同じ午後2時台に放送されていた大阪発のワイドショーと言えば、他には先ず、朝日放送制作の『ワイドショー・プラスα』がありました。スタートは『2時のワイドショー』よりもはるかに早い昭和47年1月で、昭和57年12月までの約10年にわたって放送されていました。広島では、放送初期はTBS系列のRCCテレビで放送されていましたが、昭和50年4月からはテレビ朝日(当時はNET)系列の広島ホームテレビで放送されるようになりました。司会は朝日放送アナウンサーの乾浩明。関西弁を自由自在に操る司会ぶりが人気を博しました。乾アナは『世界一周双六ゲーム』というクイズ番組の司会も務め、全国的にはむしろこちらの方がお馴染みだったのではないでしょうか。レギュラー・コメンテーターとして、大阪の人気落語家だった桂春蝶などが出演していたように記憶しています。

TBS系列の毎日放送制作で放送されていたのが『スタジオ2時』。広島ではRCCテレビで放送されていました。司会は当時、関西の人気タレントとして活躍し、競馬中継の司会などでもお馴染みだった森乃福郎。いかにも芸人らしい軽妙な司会ぶりだったことを微かに記憶しています。この森乃福郎という人は、名前を見ただけではピンと来ないでしょうが、実は最初の芸名を「笑福亭福郎」といって、れっきとした上方の落語家でした。民間放送草創期からDJやタレントとして売れっ子となり、ドラマでも役者として活躍しました。年号が昭和から平成に改元する頃、糖尿病の影響でマスコミの第一線から早々と身を引き、平成10年12月27日に、63歳の若さで亡くなりました。この番組でも『2時のワイドショー』と同じく、「心霊写真」のコーナーがありました。

と言う訳で、僕が子供の頃、特に夏休みに観ていた大阪発のワイドショーについて書いて行きました。皆さんは、この中で記憶に残っている番組はあるでしょうか。

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