万年寝太郎徒然日記

世のため人のためになることは一切書きません。

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ご挨拶

今年も一年間、当「万年寝太郎徒然日記」を御愛顧・御支援頂きまして、誠にありがとうございます。
お蔭様で、無事年を越すことが出来そうです。

昨年5月19日にこのブログを初めて以来、「好きなことを好きなだけ」「世のため人のためになることは一切書かない」をコンセプト(?)に、記事を書き続けて参りました。
今年は、個人的な諸事情もあって、昨年に比べると新しい記事を書くペースが落ちてしまい、特に10月には1ヶ月間記事の投稿がないということもありましたが、無事に1年を終えることが出来たのは、ひとえに日頃から御愛顧頂いている読者、特に常連の皆様のお蔭であると心から感謝しております。この場を借りて厚く御礼を申し上げます。

来年も今年同様のペースで記事を書き続けることになると思いますが、マイペースでこのブログを続けて行きたいと思っています。また、「お気に入り」に登録したものを中心に、面白いと思った他のブログや記事には積極的に参加し、コメントなどを入れたいとも思っています。

ともあれ、来年も皆様に取りまして良い1年となりますことを心からお祈りしております。
今年一年、本当にありがとうございました。
そして、来年もこの「万年寝太郎徒然日記」を、何卒御贔屓・御引き立ての程、宜しくお願い致します。

(追記)
 当ブログの「ゲストブック」欄に、日付が変わるごとに訪問されていた方。年明け以降は「非公開」というコソコソとした真似はやめて、どうぞ遠慮なく御訪問下さい。

平成十八年師走

×月○日
 図書館のCDコーナーから、八代目桂文楽の「明烏」と三代目桂三木助の「芝浜」のCDを借りる。
 2人とも僕が好きな往年の落語家である。文楽は「昭和の名人」と謳われた人だが、ライバルと称せられ今日でもカリスマ的人気を誇る五代目古今亭志ん生に比べると、現在語られることは少ないように思われる。
 文楽は昭和46年12月12日に没したが、その約4ヶ月前に8月31日、ある落語会で登場人物の名前を忘れてしまい、「勉強し直して参ります」と言って高座を降りてしまったのが最後となってしまった。登場人物の名前を忘れたのが原因で二度と落語を演じなかった落語家は桂文楽ただ1人であり、今後も恐らく出てこないであろう。
 一方の三木助は、先年自殺してしまった四代目三木助の実父である。若い頃は博打に凝って身を持ち崩したこともあったが、戦後は立ち直り、名人への道を着実に歩んでいる最中に、59歳の若さで惜しくも亡くなってしまった。この人の早過ぎる死が、その後の落語界、そして幼くして生き別れた息子のいずれにも大きな影を落としたような気がする。
 「明烏」と「芝浜」は、それぞれ両師の十八番だった噺である。夕食後、2席続けて聴いたが、名人の演じる噺はいつ聴いても、何度聴いても飽きることがない。

 ×月△日
 今日は、3人の訃報をニュースで知った。タレントの青島幸男、女優の岸田今日子(17日に死去)、それにお笑いコンビ・カンニングの中島忠幸の三氏である。
 青島さんは放送作家として出発し、作詞家・俳優・映画監督・作家・国会議員、そして東京都知事まで務めた、文字通り「才人」であった。と言っても、放送作家・作詞家としての青島さんよりも、僕にとっては、『お昼のワイドショー』の司会や『意地悪ばあさん』、それに東京都知事の印象が強い。様々なジャンルに進出してそれぞれ成功を収めたが、最後の東京都知事は大失敗で、これでまさしく「晩節を汚した」と思う。しかし、成功も失敗も、この人が類稀な才人であったことの証明であるとも思うのである。岸田さんを初めて知ったのは、アニメ『ムーミン』の声であった。この仕事を引き受けたのは、まだ幼かった娘さんに自分の仕事について理解して欲しかったからだそうだ。『ムーミン』のノンノンの声を務めていた声優の武藤礼子さんと、前夫の仲谷昇さんが続けて亡くなった直後だけに、何やら因縁めいたものを感じてしまう。
 この2人が70代半ばだったのに対して、カンニングの中島は35歳の若さで白血病で逝ってしまった。この「カンニング」をいうコンビを初めて見たのは、平成15年の5月、当時広島で深夜に放送されていたローカル番組『Ken―Jin』に出演した時である。この時はまだ無名であったが、まさかこの後すぐに売れっ子になるとは想像していなかった(因みにアンガールズを初めてテレビで観たのも、この『Ken−Jin』である)。公私共に軌道に乗った矢先に病に倒れ、そしてこの世を去らねばならなかったことの無念さは想像を絶するものであったろう。
 それにしても、今年1年を表わす漢字一文字は「命」ということだが、今年ほど、こうした有名人の訃報に連日のように接し、また様々な形で命が失われる出来事に接した年は記憶にない。

×月◎日
 年賀状を漸く書き上げる。年賀状の書き方も年を経るごとに変化しており、子供の頃は「プリントゴッコ」を使って裏面のデザインを作っていたものだが、ここ数年は、本屋の「パソコン書」コーナーで売られている素材集を基に、パソコンで裏面のデザインを作っている。この素材集のCD−ROMに収められているイラストの量が膨大で、毎年どのデザインを使うのかを決めるのに頭に悩ませる。しかし、その反面、楽しい作業でもあるのだ。あれこれ迷った末、今年も昨年同様6種類のデザインを選び出した。
 僕が年賀状を書くに当たって心掛けていることは、ただパソコンに頼るだけでなく、ちゃんと自筆で年始の挨拶や近況報告を書くようにしていることである。最近は宛名書きもパソコンを使っている人も多いようだが、それではあまり心がこもっていないような気がするのだ。いくら親しい仲でも年賀状には手書きが必要だと思う。
 最近では、メールが普及したこともあって、「年賀状」ならぬ「年賀メール」も浸透しているらしいが、やはり年始の挨拶は「年賀状」の方が相応しいと思うし、いつまでもこの習慣が続いて欲しいものである。 

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