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人間にとって人生最大のテーマ、それは恐らく「結婚」ではないでしょうか。 『男はつらいよ』全48作の中でも、車寅次郎がマドンナと結婚出来るかどうかが毎回最大のヤマ場であり、寅さんがいつも結婚を憧れを抱きながら失敗に終わるというパターンが繰り返されてきました。 シリーズ初期には、寅さんが一方的にマドンナとの結婚を思い描きながら、結局失恋に終わってしまうというパターンが多かったようです。 例えば、第1作(昭和44年)では、御前様(笠智衆)の娘・冬子(光本幸子)に恋心を抱くものの、大学教授の婚約者がいることを知って落胆し、柴又を旅立って行きました。第3作『フーテンの寅』(昭和45年・森崎東監督)では、タコ社長(太宰久雄)が見合い話を持ち込んでくるものの、これがとんだ訳ありで御破算。三重の湯の山温泉の旅館の女将で未亡人の志津(新珠三千代)に一目惚れして、その番頭になりますが、彼女にも再婚相手が決まっており、見事に振られてしまいます。第5作『望郷篇』(昭和45年)では、「額に汗して働くこと」に目覚めて浦安の豆腐屋に住み込みで働き始めた寅さんが、その娘・節子(長山藍子)との結婚を夢見るものの、彼女には既に鉄道員の婚約者がいたことで、恋と「額に汗して働く」という意欲が同時に破れてしまいます。 寅さんが女性からはっきりとプロポーズに近いことを言われたのは、第10作『寅次郎夢枕』(昭和47年)の千代(八千草薫)が最初と思われます。寅さんとは幼馴染の彼女は、本気で寅さんとの結婚を考えていましたが、結局成就せず、後に「とらや」でそのことを打ち明けても一笑に付されてしまいました。第28作『寅次郎紙風船』(昭和56年)では、昔のテキヤ仲間の妻であった光枝(音無美紀子)との結婚を考え、就職の面接を受けに行ったほどでした。第32作『口笛を吹く寅次郎』(昭和58年)に登場した、備中・高梁の寺の娘・朋子(竹下景子)は、「結婚するなら寅さんのような人が良い」と父親にも打ち明け、寅さん自身も大いに乗り気でしたが、結局これも幻に終わってしまいました。 この他にも、寅さんが結婚を夢見たり、逆に寅さんとの結婚を真剣に考えたマドンナが、次から次へと現れますが、その度に寅さんは振られたり敵前逃亡したりしたものでした。その中でも最も惜しかったのが、第11作『寅次郎忘れな草』(昭和48年)、第15作『寅次郎相合い傘』(昭和50年)、第25作『寅次郎ハイビスカスの花』(昭和55年)、そして最終作『寅次郎紅の花』(平成7年)の4回に渡って登場したリリー(浅丘ルリ子)であったことは間違いありません。第15作では、さくらからの申し入れを一旦はリリーが承諾したものの、寅さんの「冗談言うなよ」の一言で立ち消え。第25作では、沖縄で喧嘩別れした2人が柴又で再会を果たし、今度は寅さんがリリーに「俺と所帯を持つか?」と告白するも、「暑かったから俺もリリーも夢を見ていた」ということでこれまた立ち消え。最終作では、寅さんとリリーは奄美大島で共に暮らしながら、結局喧嘩の繰り返しで結婚までには至りませんでした。 結婚には人一倍憧れを抱きながら、いざそのチャンスが転がり込むと逃げてしまう。しがないテキヤ稼業の自分には、結婚して家庭を持つという「堅気」の生活は向いていないということを、寅さん自身が誰よりもよく分かっていたからではないでしょうか。そして、それは寅さんが持っている、心から相手を思う「優しさ」の裏返しであり、「ダンディズム」の表われではないかとも思ったりするのです。 「結婚しない男」である寅さんが、1度だけ花嫁を連れた紋付袴姿で「とらや」を訪れたことがあります。
第13作『寅次郎恋やつれ』(昭和49年)の冒頭の夢のシーンで、結婚の報告をするために「とらや」へ立ち寄ったところ、さくらと博から、おいちゃんとおばちゃんが去年の秋に亡くなったことを知らされるというものでした。 夢の中に留まらず、現実の世界でも寅さんが結婚することを願っているのは、さくらたち「とらや」や柴又の人たちだけでなく、我々もまた同じなのです。 |

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