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今年もまた4月19日がやって来ました。桂枝雀さんがこの世から旅立った日です。 我々が枝雀さんとお別れしたのが平成11年のこの日。あれから早いものでもう9年が経った訳で、月日の流れの速さというものを改めて思い知らされると共に、いまだに根強い人気を誇る枝雀さんの凄さを再認識する、今日この頃でございます。 「宿替え」「代書」に代表される十八番ネタ、「貧乏神」「幽霊の辻」などの新作落語、SFと落語を融合した「SR」(ショート・ラクゴ)など、枝雀さんの築いた笑いの世界は多彩であり、また枝雀さんほど落語の持つ様々な可能性を追求し続けた落語家は古今東西を通じていませんでした。そんな「枝雀落語」の中でも一際異彩を放ち、また忘れてはならない代表作が「英語落語」です。 少年時代から語学、特に英語に高い関心を持っていたという枝雀さんは、いくつかの英語学校に通いますが、自分の思いとは合わず、何度か出席した後、月謝の振込みだけで終わってしまうという繰り返しだったそうです。そんな枝雀さんが英語で落語を演じることになったのは、昭和58年、大阪・平野町の英語学校「HOEインターナショナル」に通い始めたことがきっかけでした。「言葉は頭だけでは駄目。気が入らないと上手く伝わらない」という同校の山本正昭校長の言葉に、「落語と一緒」と共感した枝雀さんは、これまでと違い、殆ど欠席することなく授業に打ち込みます。授業の1つにアメリカ人講師との「フリートーキング」、つまり自由に会話をする時間があり、枝雀さんの相手となったのは、二十歳過ぎの美人講師・アン=グラブさん。元々恥ずかしがり屋の上に若い女性を前にして、更に普通英会話教室のレッスンで交わされる「私の名前は○○です。趣味は…」などといった会話は白々しくて出来ないと考えていた枝雀さんが、「何か気持ちを入れて喋れることはありませんか?」という山本先生の問いかけに、「やっぱり落語ですね」と答えた所、「それなら英語で落語を喋ってみたら如何ですか?」。この山本先生の一言が、「英語落語」誕生の第一歩となったのでした。 「英語落語」の最初の題材に選ばれたのは、「SR」の中の1作「犬とおじさん」(http://blogs.yahoo.co.jp/mannennetaro2005/23440274.htmlを参照)。これを枝雀さん、山本先生、アンさんの3人で英語に変えて行きます。枝雀さんはこの噺に出てくる「陰になって寒い」という表現を、「block the sun」と言うとアンさんから聞いて大喜びしたそうです。完成した噺をアンさんたちの前で英語で喋った所、これが大受け。遂に、持ちネタの1つである古典落語「夏の医者」の英語版「Summer Doctor」を完成させます。 アンさんが故郷のペンシルバニア州スクラントンに帰った後、昭和59年夏、枝雀さんは山本先生やお弟子さんたちと共にスクラントンを訪問。数日間の滞在が終わりに近付いた頃、アンさんから「今夜、うちで落語をやってもらえないか」と頼まれます。大草原にマットレスを何段も重ねた急ごしらえの高座で「Summer Doctor」を演じ、約40人集まった観客は初めて見聞きする「RAKUGO」という芸に大爆笑。終わった後、枝雀さんに挙って握手やサインを求めてきたそうです。 昭和61年には、落語作家・小佐田定雄さんの作である「ロボットしずかちゃん」が、落語の歴史が始まって以来初めて英語で初演されます。大阪・サンケイホールや東京・歌舞伎座で英語落語の公演が行なわれる一方、昭和62年からは本格的な海外公演が始まり、アメリカ、カナダ、オーストラリアから、平成6年にはシンガポール、平成7年にはイギリスでも公演が行なわれ、平成8年まで続いた海外公演はどこも笑いと喝采に包まれました。 ところで、落語という芸が何故日本だけに生まれて、海外では生まれなかったのか? 小佐田定雄著「上方落語・米朝一門おさだまり噺」(弘文出版)によると、枝雀さんの回答は「正座」という型が大きな影響を与えたに違いないというものだったそうです。日本人特有の座り方である「正座」は、座った場所に下半身は固定されているが、上半身は自由に動き回れるという強味があり、下半身が固定されていることで観客の視線を長い時間一点に集中することが出来、腰から上が自由自在に動くという利点と組み合わさった結果、落語という座ったままで演じる芸能が発生したのではないか、というのが、枝雀さん流の「落語発生論」だそうです。非常に鋭い指摘であり、これも「英語落語」が世に出てこなければ気が付かないままだったかもしれません。 枝雀さんが平成11年に亡くなり、「英語落語」のもう1人の「生みの親」である「HOEインターナショナル」の山本正昭校長も平成17年に亡くなり、「HOEインターナショナル」は閉校となったそうです。しかし、「英語落語」は枝雀一門以外の落語家の他、枝雀さんに刺激を受けたイギリス・リバプール出身のダイアン・オレットさん(芸名・ダイアン吉日)らによって演じられ、また素人の英語落語同好会も活動しています。 http://www1.odn.ne.jp/ado-rakugo http://ofuku.wisnet.ne.jp/index.htm 桂枝雀という偉大な天才落語家が蒔いた「RAKUGO」という種は、枝雀さんのいない今日もしっかりとその実を結んでいます。
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2008年04月19日
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