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小津安二郎監督の『東京物語』(昭和28年)や、『転校生』(昭和57年)をはじめとする大林宣彦監督の一連の作品など、日本映画を代表する名作の舞台となり、映画とは切っても切れない関係にある我が町尾道。 しかしその一方で、「映画館のない町」であるという「映画の町」に相応しくない悲しい現実が存在していました。 日本映画が全盛期だった昭和30年代には島嶼部を合わせて14館もあり、市内の至る所にあった尾道の映画館も、映画界の斜陽と共に1軒、また1軒と減少して行きます。そんな中で最後まで残っていたのが、松竹の撤退後、当時の社員が昭和48年に引き継いだ「尾道駅前松竹」。名前の通り、JR尾道駅のちょうど真向かいにあり、年号が平成に変わって以降はその時代ごとの大作、話題作と「ピンク映画」を交互に上映するという、何とも不思議な映画館ではありましたが、それでも「映画の町」の唯一の映画館であることには違いはありませんでした。 しかし、その「尾道駅前松竹」も平成12年夏に「休館」。尾道で映画を観る場所がなくなってしまいます。 尾道が「映画館のない映画の町」となって4年経った平成16年9月、ある団体が発足します。NPO法人シネマ尾道、通称「尾道に映画館をつくる会」。地元在住の河本清順さんを中心に、尾道市内外に住む映画ファンの様々なメンバーが尾道に映画館を復活させるために集まり、「毎日映画を見に行ける場所が町にあるということが絶対に必要」という考えの下、資金集めや映画館の場所探しに奔走する一方、尾道駅の側にある広域交流施設「しまなみ交流館」での映画会や毎週末に往年の日本映画を上映する「おのみち週末映画館」、2ヶ月に1回ペースでの「特別映画会」を開催するなど、地道な活動を続けます。 こうした努力が実を結び、「尾道最後の映画館」となった「尾道駅前松竹」の建物の持ち主から建物を借り受け、平成20年4月の開館を目指しますが、ここで思いがけないアクシデントやトラブルに見舞われます。平成20年の元日、新しい映画館のために購入した映写機やアンプ、スピーカーを保管していた倉庫が全焼。更に建物に関して現行の消防法や建築基準法の問題が浮上し、4月の開館は不可能となってしまいます。念願が叶う目前に訪れた最大の危機。しかし、代わりの映写機などを閉館した別の映画館から格安で譲り受け、法律上の問題も改修工事によってクリア。当初の予定より半年遅れの10月18日、漸く新しい映画館「シネマ尾道」が開館。尾道に7年ぶりに映画館が復活しました。 去年、「シネマ尾道」が開館して間もなく、地元ケーブルテレビで開館までの軌跡を追った10分間のドキュメンタリー番組が放送されました。この番組でBGMとして流れたのが、かまやつひろしが歌う「やつらの足音のバラード」(※、作詞・園山俊二、作曲・かまやつひろし)。 ♪ 何にもない 何にもない 全く何にもない 生まれた 生まれた 何が生まれた 星が一つ 暗い宇宙に生まれた… 考えてみれば、「シネマ尾道」という映画館は、「映画館のない映画の町」に生まれた一つの「星」。そして、「何にもない」ところから映画館を復活させた人々のエネルギーをも象徴しているのかもしれません。そうだとすると、「やつらの足音のバラード」は、「シネマ尾道」の全てを言い表している歌であるような気がします。 開館以来、予想以上の盛況を見せている「シネマ尾道」。今年1月には地元出身の大林宣彦監督が訪問し、2月には大林監督の最新作『その日のまえに』が上映され、公開期間中の2月11日には、大林監督などによる舞台挨拶も予定されています。 「映画の町」尾道に久しぶりに帰ってきた映画館。その一大シンボルとして末永く続くことを願うと共に、自分もそのために役に立てたらと思っています。 (平成21年1月7日起稿のものを加筆・修正)
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