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しばらくの間お休みしておりました「万年寝太郎徒然日記」。本日より再開致します。 これまでと同様、何卒宜しくお願い致します。 落語界を舞台にした宮藤官九郎脚本のドラマ『タイガー&ドラゴン』が放送されたのが昨年の4月から6月にかけてのことでした。落語をテーマにした連続ドラマがこれまで殆ど無かったこともあって、これをきっかけにして落語という芸能に注目が集まったのは記憶に新しい所です。 その影響はかなり強力だったようで、ドラマ終了後、落語や落語家についてのガイド本や薀蓄本が続々と発売され、落語への注目により拍車がかかったようです。 しかし、落語というものが一体どのような芸能なのかを知るためには、やはり実際に落語家によって演じられているものを見たり聴いたりするのが一番ですが、寄席や落語会へ行くには時間的にも経済的にも苦しいという方は、CDや本などで楽しむことをお薦め致します。 CDでは、昨年秋にこのブログでも紹介した、「五代目古今亭志ん生名演大全集」全48巻がポニーキャニオンから発売されました。多くの落語家の中で、没後30年以上経った現在でも圧倒的な人気を誇る志ん生ですが、戦後の人気絶頂期にニッポン放送の専属だった縁で、現在でもポニーキャニオンには膨大な数の志ん生の高座の録音が残されているそうです。今回はニッポン放送の音源の他にNHKなどに残る音源も追加して、まさに現存する志ん生の落語の全てを網羅したと言っても良いほどの落語全集となっています。 この評判が良かったのか、ポニーキャニオンでは、今月中旬には五代目柳家小さん、来月には六代目三遊亭圓生の「名演集」が、それぞれ全15巻、全16巻で発売予定だそうです。また、コロムビアでもこの3人に加えて、八代目桂文楽、十代目金原亭馬生など、昭和を代表する落語家たちの十八番や名演を収録した「落語名演ガイド集」全10巻が昨年発売されました。この他にも落語のCDが続々発売、または発売予定とのことで、CD市場では落語関係の商品が活気付いていると言えます。 一方、本の分野では、以前から個人の落語全集を積極的に発売しているのが筑摩書房。筑摩書房はかつて、志ん生・文楽・圓生らの高座を収録した「古典落語」というシリーズを出版した実績があります。近年ではその復刻版の他に、志ん生の高座を落語のジャンルごとに分けた落語全集「志ん生長屋ばなし」「志ん生廓ばなし」「志ん生滑稽ばなし」「志ん生艶ばなし」「志ん生人情ばなし」、その息子の古今亭志ん朝の在りし日の高座を収録した「志ん朝の落語」(全5巻)、上方落語では「上方落語 桂米朝コレクション」(全8巻)がそれぞれ文庫で発売されており、現在では、上方落語の爆笑王・桂枝雀の高座を収録した「上方落語 桂枝雀爆笑コレクション」が毎月1巻ずつ発売されています。これも、最近落語に興味を持ち始めたという人にお薦めです。 ここで紹介したものは、殆どが故人となった落語家たちのものばかりです。しかし、亡くなった後でも、音で聴いたり活字で読むことによって、その人たちの芸に触れられるのは幸せなことだと思います。
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落語
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落語の持つ様々な可能性を生涯にわたって追求し続けて来た落語家に、桂枝雀さんがいます。 従来の古典落語に加えて、新作落語でも今日他の落語家によって演じられている作品が多くありますが、「枝雀落語」の中でも「英語落語」と並ぶ隠れた代表作と言えるのが、ショート・ラクゴ、略して「SR」です。 「SR」の「S」には「SHORT」の他に、「SF」の「S」の意味が込められているそうです。枝雀さんがまだ「桂小米」と名乗っていた時代に、マニアックなファンに熱狂的な支持を受けた新しいタイプの落語です。当時ラジオのDJとしても活躍していた枝雀さんは、自分が担当する深夜番組で「SR」の作品を一般募集したこともありました。 それでは、「SR」の中でも代表的なものを何篇か紹介しましょう(題名は私が付けました)。 「犬とおじさん」 「おっちゃん、そこ退いてんか?」 「あっ、この犬物言うてる。そんな訳ないわな。犬が人間の言葉喋るわけないわな」 「おっちゃん、そこ日陰になって寒いちゅうねん」 「あっ、この犬物言うてる!」 「お父さん、さっきから何ワンワンワンワン言うてんの?」 「落し物」 「あっ、こんな所に定期券が落ちてる。誰が落としたんやろ?ん、名前も何も書いてへんがな。分かった。これは期限が切れて捨てたんやな。期限…、期限も何も書いてへんなあ。これ、何で定期券やと分かったんやろ?」 「流れ星」 「あっ。お母さん、流れ星」 「さあ、何か願い事をなさい」 「一日も早くお父さんに会えますように」 「そんなことを言ってはいけません。お父さんには私たちの分も長生きして頂かなくっちゃ…」 「兄弟ゲンカ」 「兄ちゃん、堪忍して。兄ちゃんのカメラ落としてしもうた」 「おい、何でそんなことすんねん。『落とした』と言うてから落としたやろ」 「そんなことあらへん。兄ちゃんのカメラ落としてしもうた」 「いや、言うてから落とした。まあええわい。こんな道の真ん中でケンカも出来へん。その代わり、家へ帰ったら覚えとれよ」 「兄ちゃん、車や、危ない!」 「もう一眠り」 「ああ、よう寝た。おい、今、何年や?」 「今?2006年ですよ」 「そう。じゃあ、もう一眠りするわ…」 枝雀さんは、日頃から「笑いとは緊張の緩和である」と提言し、いわゆる「緊張と緩和の法則」を確立しました。「SR」は、「緩和」の中に「緊張」の部分があり、枝雀さんの言を借りると、「甘いぜんざいの中に塩昆布を混ぜたような感じ」の、不思議な雰囲気が漂っています。
とにかく、「SR」の面白さを存分に味わうには、実際に枝雀さんが演じたものを聴くのが一番です。『枝雀落語大全』(東芝EMI)のCDでは第10集と第36集、ビデオでは第10集、DVDでは第28集に収録されていますので、興味のある方は是非一度お楽しみ下さい。 |
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いきなり私事ですが、生まれてから1度も「宝くじ」なるものを買ったことがありません。 たとえ買った所でどうせ当たらないと思っているのが、一番の大きな理由なんですが、こんな私は夢のない人間なんでしょうか。 現在でも「宝くじ」があるように、江戸時代には「富くじ」が庶民の娯楽の1つでした。そしてそれをテーマにした古典落語も多くあります。 落語でもお馴染みの人物、八五郎が主人公の「御慶」。富くじに凝った八五郎がおかみさんの着物を質屋で一分に替えて、「鶴の千八百四十五番」の富札を買おうとするも既に売り切れ。易者の勧めで「鶴の千五百四十八番」の富札を買った所、これが千両富の大当たり。裃に刀の大小を買い込んで、年始回りの挨拶として、大家さんから「御慶」という言葉を教わり、これを連発して歩くという、正月のおめでたい気分に相応しい楽しい噺です。 上方落語の「高津の富」を、三代目の柳家小さんが東京へ移植したのが「宿屋の富」。とある宿屋に泊まりに来たみすぼらしい姿の客。宿屋の主人が話を聞くと、「この間泥棒が入ったが千両箱がたったの八十ほどしか減っていなかった」など、口から出任せに大きなことを言います。実はこの客は一文無しだったのですが、話を真に受けた主人に富札を買わされて、なけなしの一分を取られてしまいます。「千両富があたったら半分やろう」と言って、富を突く神社へ行った所、無理やり買わされた「子の千三百六十五番」が千両富に当たっていました。思いがけない大金が手に入った客や主人夫婦の大慌て振りは、いつ聴いても笑ってしまいます。 「富久」は、幇間の久蔵が主人公。酒の上で失敗を重ねた久蔵が、冬のある日富札を買います。直後に火事騒ぎに巻き込まれ、かつて贔屓にしていた旦那の元を訪ねた久蔵は出入りを許され、酒や肴を御馳走になって眠っていた所、今度は自分の家が火事で焼けてしまいます。富の当日、自分の買った富札が千両富を当てたことを知るものの、札が焼けてしまった以上どうにもならないと聞かされてがっかりするのですが…。落語界の巨人・三遊亭圓朝が実話を基にして作った噺と言われていますが、『圓朝全集』には収められていないそうです。 どちらかと言えば、笑い沢山のハッピーエンドのものが多い富の噺の中で、異色と言えるのが「水屋の富」。水屋とは、まだ水道が発達していない時代に天秤の両端に桶を提げて得意先に水を運ぶ職業のことです。その水屋が千両富を当てたのですが、持って歩く訳にも行かず、自分の住む長屋の縁の下に隠します。しかし、朝起きては千両があるのを確かめ、商売から帰っては、また縁の下に千両があるのを確かめて安心するという日々を送ることになります。大金を手に入れたこと人間が、それが原因で逆に苦しみへと追い詰められていく姿を描いた、いわば「心理落語」というべき噺で、隠れた名作落語だと思います。 落語の題材を見ると、特に江戸時代の娯楽や風俗が色濃く描かれていることが分かります。「富くじ」をテーマにした噺が多いということも、当時の庶民の間で高い人気を誇っていたことの表れだと思います。
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古典落語の題名を見てみると、それだけを見ると果たしてどんな内容の噺なのか、或いはなぜこんな題名が付いているのか、すぐには分からないようなものが多くあります。 それらの題名と内容を一つ一つ紹介して行きたいのですが、それをやり始めると何日かかるのかそれこそ見当が付かなくなるので、ここではごく代表的なものをいくつか紹介します。 極めて即物的ともいうべき妙な省略法が用いてあるものとしては、「船徳」「妾馬」「富久」「夢金」「茶金」「笠碁」「猫久」などがあり、落語の題名の中でも多数を占めています。 「船徳」は夏の噺で、元々は「お初徳兵衛浮名桟橋」という人情噺の一部を滑稽噺として独立させたもので、馴染みの船宿に居候する若旦那の徳さんが船頭になることを志願することから巻き起こる騒動が描かれています。「妾馬」は別名「八五郎出世」といい、殿様に見初められて側室となり男子を生んだ妹に会うために屋敷に招かれた職人の八五郎が、殿様に気に入られて武士に取り立てられ馬に乗れる身分となるという噺。「富久」は、しがない幇間の久蔵が度重なる火事騒ぎに巻き込まれた後、千両富を当てるまでの噺。「夢金」は、熊蔵という強欲な船頭が、冬の夜にひょんなことからとある商家の娘を無頼浪人から助け、その礼として大金を手に入れるも、それは全て夢だった、というものです。 京都を舞台に、ひびも何もないのに水が漏るという不思議な茶碗が発端で巻き起こる騒動を描いた噺が「茶金」。これは、この噺の主人公である茶道具屋・茶屋金兵衛のことを指していますが、もう1つの題名である「はてなの茶碗」も落語らしい雰囲気があって、どちらも捨て難い題名です。「笠碁」は、普段は仲のいい2人の男が主人公。「待ったなし」の約束で始めた碁の対局の最中に「待つ」「待たない」で喧嘩別れ。数日経った雨の日に、傘の代わりに被り笠を被って出かけるが照れ臭くてなかなか相手の家に入れず、一方の相手も気にしながら声を掛けられないという、互いの意地の張り合いから仲直りに至るまでを描いた噺です。「猫久」は、猫のように大人しいと言われている久六という人物から題名が来ているのですが、この人物は噺の冒頭に登場するのみで、実際の主人公はその様子を伺っている熊公というのが凝っています。 省略法を用いたもの以外では、いわゆる「擬態語」がそのまま題名となっているものもいくつかあり、「つるつる」「だくだく」「ぞろぞろ」などがそれにあたります。 「つるつる」は幇間の一八が片思いする芸者の部屋を訪ねようとして、裸で天井の明り取り(光を取り入れる窓)から「つるつる」と下に降りる、という所からこの題名が付けられています。「だくだく」は、引っ越したばかりの八五郎が、絵描きに頼んで家財道具を書き込んでもらったその夜に眼の悪い泥棒が入ってきて、「盗んだつもり」「風呂敷を担いだつもり」とやっているうちに八五郎が目を覚まし、「槍を泥棒の脇腹めがけて突いたつもり」とやると、泥棒が「血がだくだくっと出たつもり」と返し、これが「サゲ」になるという噺。「ぞろぞろ」は、お稲荷さんの近くに茶店を出す老夫婦が、御利益があるようにお稲荷さんへ願をかけた途端、草鞋が売れ始め、一足売れるごとに新しい草鞋が「ぞろぞろ」と出てきて茶店は大繁盛。これを見た床屋の親方が、自分もあやかろうと願をかけると新しい客が「ぞろぞろ」。早速剃刀を研いで客の髭を剃ると、新しい髭が「ぞろぞろ」という噺です。 このように落語の題名には不思議な省略を用いたり、かなり安直なものが多いのですが、元々落語は「話芸」や噺の内容が先行しており、題名は後から便宜上付けられたというケースが普通のようです。だから、噺の内容を手っ取り早く説明した符丁的な題名が極めて多い訳で、そこから落語特有の自由さや大らかさも感じられます。
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このブログの「落語」のコーナーでは、古今亭志ん生について何度も書いています。 志ん生といえば、その八方破れな芸風や破天荒な生き方が今日では「伝説」と化していると言っても過言ではないのですが、膨大なレパートリーを持っていたことでも知られています。落とし噺から人情噺、怪談噺に音曲噺、男が主役のもの、女が主役のものと、ジャンルを問わず、およそ「落語」の範疇に入るものはなんでも演った人でした。 その豊富な演目の中で注目すべきなのが、夫婦が登場する噺が多くあるということです。 志ん生の代表的な演目の中から、それらの噺をいくつか紹介したいと思います。 志ん生十八番中の十八番「火焔太鼓」。この噺の主人公は、人の良い古道具屋の甚兵衛さんとしっかり者のおかみさんです。「かかあ天下」ぶりを窺い知ることが出来る2人の愉快なやり取りが噺の聴き所ですが、「どうしてお前さんは商売が下手なんだい?」「お前さんは人間が馬鹿なんだから…」と口では言いながら、おかみさんは心底甚兵衛さんのことを思っています。甚兵衛さんも同じ。「あのかかあは、生涯うちにいるかも知れねえ」とこぼしながら、どこかでおかみさんのことを頼もしく思っている様子が感じられます。 相州小田原が舞台の「抜け雀」という噺でも、旅籠を営む夫婦が重要な役割を果たします。どこか頼りない主人と亭主を尻に敷くおかみさんに、「火焔太鼓」の甚兵衛さん夫婦の姿を重ねることが出来ます。 高座の映像が残っている数少ない演目の1つである「風呂敷」。これは元々「間男」ものとして演じられていた噺を、志ん生は町内で起こった些細な騒動を解決するという筋立てに仕立て直しました。町内の若い女房が、亭主の留守中に訪ねて来た若い男と茶飲み話をしていると、帰って来ないはずの焼餅焼きの亭主が帰って来たことから、日頃世話になっている「兄ィ」と呼ばれる男に助けを求めるという噺ですが、トンチンカンな所のある兄ィとそのおかみさんのやり取りのおかしさも聴き所の1つで、志ん生はこの2組の夫婦の姿を、巧みに面白おかしく描いています。 酒にまつわる逸話の多い志ん生が好んで演じた酒の噺が「替り目」。酔っ払って帰って来た亭主とおかみさんのある夜の光景を描いた噺ですが、おかみさんの前では「亭主関白」ぶりを示す亭主が、おでんを買いに行かせた後、日頃は口に出せないであろうおかみさんの惚気を呟く場面が、おかしくも心温まるものとなっています。志ん生の十八番は「火焔太鼓」ですが、最も多く高座で演じた噺はこの「替り目」ではないかと言われています。志ん生は、昭和24年に公開された映画『銀座カンカン娘』(島耕二監督)に落語家の役で出演しましたが、この時劇中で演じたのも「替り目」でした。 志ん生は廓噺も多く演じていますが、中でも「お直し」は異色の作品。吉原を舞台に最下層の遊女屋に身を落とした夫婦が主人公の噺です。亭主が呼んできた客を女房に取らせ、そこから生活の糧を得ようとするという壮絶な夫婦愛が描かれています。これを志ん生が演じると、まさに「おかしくて余りにも哀しい物語」として聴くことが出来ます。志ん生は昭和31年12月の「三越落語会」でこの噺を演じ、その年の芸術祭賞を受賞したのですが、実はこの時の公演が芸術祭参加だったことを、志ん生本人は知らなかったとも伝えられているのが、いかにも志ん生らしくて面白く感じます。 志ん生は大正11年、32歳の時に生涯の伴侶となったりん夫人と結婚し、その夫婦生活の大半が苦労のかけ通しだったことで知られています。貧乏のどん底にあった時代でも落語の稽古だけは怠らなかった夫の姿を見て、りん夫人は「この人はいつか大成する」と信じて、終生支え続けたのだそうです。
志ん生は様々な夫婦の姿を描写した、いわば「夫婦落語」と言うべき世界を確立したと言えますが、その背景には、実人生がしっかりと投影されていたのでした。 |


