万年寝太郎徒然日記

世のため人のためになることは一切書きません。

落語

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猪と落語

今年の干支は「猪」。
落語の中にも猪が登場する噺がいくつかあります。今日は、干支に因んで猪が出てくる噺を紹介してみたいと思います。

猪が出てくる噺の中でも代表的なものと言えるのが、上方落語の「池田の猪(しし)買い」。桂米朝、桂枝雀、笑福亭仁鶴といった人たちを始め、多くの上方の落語家によって演じられています。
体が冷えて困るという男が、新しい猪の肉が体を温めるには一番と聞き、大阪の北方・池田に住む山猟師で、猪撃ちの名人・六太夫さんの元を訪ねます。「古いのでは効き目がない。新しい撃ちたての肉が欲しい」と、男と六太夫さんは雪の降りしきる中、山へと出かけます。ちょうど現われた雄と雌の2匹の猪のどちらを撃つか男が決めかねているうち、痺れを切らした六太夫さんは雄の猪を撃ちます。倒れた猪を見て、「新しいか?」と男が疑うのにあきれた六太夫さんが、鉄砲の台尻で猪を叩くと、鉄砲の音に驚いて気を失っていただけだった猪は起き上がってトコトコトコと走り出し、それを見た六太夫さん、「それ客人、あの通り新しい」―。猪の肉は「薬食い」という言い方もあるように、昔は滋養強壮の食材とされていました。今では、このように体が冷えて困る男が新しい猪を買うために池田へ行く噺となっていますが、元々は性病の一種である「淋病」の治療のために猪を買う噺なのだそうです。男と猪の肉を勧める甚兵衛さんとのやり取りや、通りがかりの人に池田までの道のりを尋ねる件、池田へ着いてからの六太夫さんとのやり取りと、全編を通じて笑いの連続で、僕の好きな噺の1つです。

これも冬の噺である「二番煎じ」。町内の旦那衆が二組交代で「火の用心」の夜回りをすることになります。一の組の面々は慣れないこととあって売り声になったり、口三味線が入ったりと変な「火の用心」になるが、無事に一回りして番小屋へ戻ります。一人が酒を出した所、それを叱った月番が酒を土瓶に入れ、「酒はいけないが、土瓶から出る煎じ薬なら構わない。実は私も持って来た」。猪の肉に鍋まで持って来た人がいて、早速猪鍋を肴に酒盛を始めた所、見回りの役人がやって来て…。東京・大阪両方で演じられている噺ですが、「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があったこともあり、やはりこの落語は江戸が似合うような気がします。

法螺を吹く男が主人公の噺、東京では「弥次郎」、上方では「鉄砲勇助」。隠居を相手に旅をした時の法螺話が繰り広げるのですが、その最大の聞き所(?)は猪を相手にした武勇伝。猪に馬乗りになって急所を握り潰して殺した途端、腹から子供が飛び出し、その数「シシの十六匹」。「急所を握ったというなら、その猪は雄だろ。どうして雄の腹から子供が生まれるんだ?」と隠居が問うと、男は平然と「そこが畜生の浅ましさ」…。

猪の肉は、皿に盛った様子が牡丹の花に似ている所から「牡丹」、または「山鯨」と言う呼び方もあり、猪鍋は別名「牡丹鍋」と言います。以前、桂米朝師がテレビで「池田の猪買い」を演じた時、落語の後、実際に「牡丹鍋」を食べている様子が紹介されたことがあり、見るからに美味しそうだったことを今でも覚えています。「池田の猪買い」や「二番煎じ」を聴く度に、いつかは猪の肉を食べてみたいと思うのですが、いまだに実現していません。

年の始めの噺あれこれ

皆様、新年明けましておめでとうございます。
当「万年寝太郎徒然日記」は本日が「仕事始め」となります。本年も何卒御贔屓・御引き立ての程、宜しくお願い致します。

さて、今年も正月三が日があっという間に過ぎて行きましたが、テレビやラジオで寄席中継や演芸番組を楽しんだり、また寄席や落語会へ足を運んで「初笑い」をしてきたという方も多いことでしょう。我が家が購読している新聞にも、落語についての特集記事が載っていました。
誰でも年の始めは笑って機嫌良くありたい、笑うことで「福」を招きたいという思いは一緒で、お正月の寄席や落語会にはいつもに増して大勢のお客様が訪れ、また迎える側も、入口を飾ったり酒を振る舞ったりして、派手で陽気でおめでたい気分も盛り上げるようです。

落語の中にもお正月ならではという噺がいくつかあって、その代表的な噺が「御慶」(ぎょけい)です。
この噺については前にも一度紹介したことがありますが、改めて粗筋を説明すると、鶴が梯子に止まって羽を広げた夢を見た八五郎。おかみさんの着物を質屋で一分に替えて、「鶴は千年」と梯子を「八四五」に引っ掛けて、「鶴の千八百四十五番」の富札を買おうとするも既に売り切れ。がっくりしていた所を易者に呼び止められ、梯子は上るものだから「鶴の千五百四十八番」が良いと勧められてこの富札を買うと、これが千両富の大当たり。明けて元日。裃に刀の大小を買い込んで、年始回りの挨拶として大家さんから「御慶」という言葉を教わると、早速これを連発して歩きます。いきなり大声で「御慶、御慶、御慶」とやるものだから、仲間からは「鶏の鳴き声みたいだ」と言われる始末。「分かんねえ野郎だなあ、御慶つったんでえ」と八五郎が言うと、「どこへ行ったんでえ」と聞き間違えた仲間は「ああ、恵方詣りに行ったんだ」―。サゲに出てくる「恵方詣り」とは、正月に神様が来臨する方角である「恵方」に当たる神社に参詣に行くことで、サゲ自体には無理がありますが、最後までお正月の陽気さやめでたさを感じることが出来る噺です。この噺は、五代目柳家小さん、古今亭志ん朝といった人たちが演じており、特に志ん朝さんの「御慶」は、当人の明るく歯切れの良い語り口と相まって楽しい一席となっています。

正月をただ「めでたい」と喜ぶだけでなく、反対にそのめでたさを皮肉った噺もあって、例えば「かつぎや」(上方では「正月丁稚」)という噺では、元日、縁起を担ぐ旦那に対して、店の者がわざと縁起でもない言葉を並べ立てて旦那を困らせてしまいます。また、初春の色街が舞台の上方落語「けんげしゃ茶屋」は、「けんげしゃ」、つまりゲンを気にする芸妓を、皮肉屋の旦那がからかって遊ぶという噺で、桂米朝師などが演じています。落語が持つ「天邪鬼」な視点や精神が、これらの噺の中にも反映されているように思います。

めでたい噺であろうと、そのめでたさを皮肉った噺であろうと、どちらも明るく笑い飛ばしてしまうのが、落語のお正月の描き方であり、それがそのまま落語という芸そのものの魅力へとつながっているのかもしれません。
落語に出てくる正月の風景のように、この1年が笑いの多い1年となることを期待しましょう。

桂枝雀と新作落語

桂枝雀さんの芸風や人となりについては、このブログでも度々書いたことがありますが、落語、そして笑いの持つ可能性を生涯にわたって追求し続けた点において、枝雀さんの右に出る落語家はこれからも出て来ないのではないかと思っています。

枝雀さんは、古典落語だけでなく新作落語にも積極的に取り組んでおられました。
枝雀さんと新作落語との関係を語る時に欠かすことが出来ないのが、現在でも「落語作家」として活躍中の小佐田定雄さんの存在です。その小佐田さんの著書「上方落語・米朝一門・おさだまり噺」(弘文出版)によると、枝雀さんが新作落語に取り組み始めたのは昭和52年頃からで、自身の落語会で自ら創作した新作落語を発表するようになりました。第1作にあたる「戻り井戸」は、酔っ払って古井戸に落ちた男がお百姓に助けられ、初めはお礼を言っていたものの酒を勧められるうちにまた酔っ払ってしまい、終いにはお百姓の悪口を言った挙句、怒ったお百姓に井戸の底へ突き落とされるという噺で、元の状況に戻ってしまうので演題が「戻り井戸」という訳です。当時、新作落語を毛嫌いしていたという小佐田さんですが、「これなら良い」と思い、その後の会にも出席して、枝雀さん自作の新作落語を聞いているうちに、枝雀さんの「産みの苦しみ」を感じるようになったといいます。そこで、大学時代に落語研究会に所属していた小佐田さんは枝雀さんのために新作落語を書き、それが認められたことから、枝雀さんの新作落語の創作を担当するようになったことが、小佐田さんが「落語作家」となるきっかけになりました。

小佐田定雄・作による枝雀さんの新作落語は、「新作」とは言っても必ずしも現代を舞台にした噺という訳ではなく、「幽霊(ゆうれん)の辻」「茶漬えんま」「貧乏神」「雨乞い源兵衛」といった、長屋が舞台であったり民話的世界をテーマにしながら、どこか「シュール」な雰囲気も持った独特の世界を持ったものでした。「幽霊の辻」は、ある村へ手紙を届けに行く男が、茶店の婆さんに道を聞き、「水子池」「首なし地蔵」「首括りの松」などの薄気味悪い目印を恐る恐る辿り、「幽霊の辻」に到着すると、女が首を吊ったと言われる松の木から女が現われて…という噺。「茶漬えんま」は、枝雀落語ではお馴染みの人物・松本留五郎が閻魔さんの家に行くと、昨日キリストさんの所で肉を御馳走になった閻魔さんが茶漬を食べていた所から始まり、この後、閻魔様と留五郎、キリストさん、お釈迦さんの掛け合いが繰り広げられます。「貧乏神」は、女房に逃げられた怠け者の主人公が貧乏神に取り付かれながら、すぐにその貧乏神と仲良くなってしまう、笑いの中にも心温まる噺。「雨乞い源兵衛」は、日照り続きのある村を舞台に、5代前の先祖が雨を降らせたことがあったばかりに庄屋から「雨乞い」をさせられる主人公・源兵衛の悲喜劇が描かれています。

枝雀さんは、平成5、6年頃から再び自作の新作落語を量産し始めます。「夢たまご」「山の彼方」「いたりきたり」「生き通し玉屋」などの作品群がそれで、枝雀さんが晩年思い至った「『あるようなないような、ないようなあるような』というところが落語の落語たる所以ではないか。『夢の世界』というのが落語の落語たるところではないか」という、新発見の理論に基づいて作られたものでした。小佐田作品とも共通することですが、「シュール」な中にも優しさや心温まる雰囲気が溢れていて、これは枝雀さん自身の優しさが反映されていたともいいます。枝雀さんが健在であったなら、今頃は「夢の世界」を描いた新しい落語の世界が確立されていたはずで、落語ファン、そして枝雀ファンとして残念でなりません。

枝雀さんは、自分の持ちネタを60に限定していましたが、「幽霊の辻」などの新作4席は常に持ちネタとなっていて、枝雀さん自身これらの噺に愛着を持っていたことが伺えます。現在では枝雀さんのお弟子さん達ばかりでなく、東京の落語家の間で上演されている噺もあり、これらの噺を通して桂枝雀という落語家の影響力を知ることが出来ます。いずれは新しい「古典落語」として定着するかもしれません。
最近、落語に関する著書や文章を頻繁に発表している、京須偕充(きょうす・ともみつ)さんという方がいらっしゃいます。
元々、ソニー・ミュージックのプロデューサーとして、主に落語のレコードやCDを長年手掛けて方で、特に、生前自分の落語の録音を渋っていた古今亭志ん朝さんが、唯一その高座の録音を許した方でも知られています。いわば「音」の世界を通じて落語と関わりを持っている人ですが、御自身も幼い頃から落語や寄席に親しんできた人で、「趣味と実益を兼ねた」生活を送ってきた、僕から見ると羨ましくも思える方でもあります。

その京須さんの近年の著書『落語名人会 夢の勢揃い』(文藝春秋・新書)の中で、自分と落語とのつながりについても書いていますが、その中で、戦後の東京落語の「ブーム」について書かれています。
京須さんによれば、戦後、東京落語には3回ブームがあったと言います。最初のブームは戦後間もない1950年代から10年ほど続きました。この頃の東京落語界を見渡してみると、落語協会には五代目古今亭志ん生、八代目桂文楽、六代目三遊亭圓生、八代目林家正蔵(彦六)、二代目三遊亭円歌、八代目春風亭柳枝、五代目柳家小さん、九代目桂文治、日本芸術協会(後の落語芸術協会)には、六代目春風亭柳橋、初代桂小文治、三代目春風亭柳好、五代目古今亭今輔、八代目三笑亭可楽、四代目三遊亭圓馬、四代目三遊亭圓遊、三代目桂三木助、それにフリーで三代目三遊亭金馬といった大看板たちがいて、更に林家三平などの人気者を輩出するなど、落語家の人材は多彩で豊富でした。加えて、民間放送の登場などによって落語が頻繁にラジオから流れるようになり、テレビにも落語家がタレントとして進出したことや、「ホール落語」という本格的に落語を「鑑賞」する場が生まれたことで「文化」指数が向上したこと、そして落語家の自伝や落語全集などが次々に刊行され、活字の世界でも落語が大きなウエイトを占めたことが大きかったと、京須さんは分析しています。

次のブームは1970年代に訪れます。志ん生、文楽など「第1次ブーム」の頃の大看板が減って行く中、六代目圓生がカリスマ的存在となり、古今亭志ん朝、三遊亭圓楽、立川談志という新しい世代が台頭。これに五代目春風亭柳朝、月の家圓鏡(現在の八代目橘家圓蔵)を加えた「四天王」説も、落語ファンの間を賑わせました。落語そのものに関しては、ラジオの落語が陰を潜めた代わりにレコードが進出し、落語全集を読む代わりにレコードで落語を聴く習慣、楽しみが生まれました(この部分についての京須さんの記述は「手前味噌」的な印象もあり)。ちょうど同じ頃、上方落語も復興を遂げており、東西の落語家同士の交流もこの頃から盛んに行なわれました。この「第二次ブーム」が終わりを迎えた頃に突如勃発したのが、昭和53年の「分裂騒動」。「真打ち昇進制度」を巡って、落語協会前会長である圓生が、当時の会長・柳家小さんらと対立した末に落語協会を脱退、「落語三遊協会」を旗揚げするという、落語界始まって以来とも言うべき大騒動となりました。因みに、野球界を騒がせたあの「江川問題」も同じ年の出来事でした。

第1次、第2次ときて、では「第3次ブーム」はいつなのかと言えば、それは21世紀に入ってからで、「ただいま進行中」なのだそうです。特定の中心人物はおらず、若手落語家に同年代の客層が定着し、しかも女性客が増加したことと、昨年放送されたドラマ『タイガー&ドラゴン』のヒットも大きかったと、京須さんは分析しています。そして、現在続く「第3次ブーム」の最大の特徴として「『名人』や『名人芸』が主導しないブーム」であることを挙げた上で、「『偶像崇拝』から解放された、このブームは、300年のキャリアで老化した落語の世界に新しい活力を注ぐことになるだろう」と結んでいます。

落語が好きな人間がこんなことをいうのはおかしなことですが、一昔前は落語という芸は、「メジャー」な芸能であり存在でありながら、それに親しむことは極めて「マニアック」であると思われていたような気がします。それがここ何年かの間に、落語は「メジャー」である上に、自然に親しめる芸能になったのではないでしょうか。今日のブームが、京須さんの言う「落語の世界に新しい活力を注ぐ」という見方は当たっていると思います。しかし、ずっと落語を見聞きしてきた身としては、「ブーム」という実感はなく、また関係ないというのが正直な気持ちなのです。
お笑いのメッカである大阪は、また東京と並ぶ「落語どころ」でもあります。
しかし、東京と明らかに違うものがありました。それは、常時落語を上演する定席、つまり寄席が長年なかったということです。
そんな大阪に、今年9月15日、待望の寄席が復活しました。それが「天満天神繁昌亭」(てんまてんじんはんじょうてい)です。

天満天神繁昌亭が誕生するきっかけは、大阪を代表する商店街の1つで、「日本一長い商店街」でも知られる天神橋筋商店街で落語会を開催しようとしたところ、打ち合わせが進んで行くうちに定席の寄席を作ろうと話が持ち上がったというものでした。戦後の上方落語は、戦前から台頭した「漫才」という新しい笑いの芸の影響を受けて徐々に衰退した上、落語家の数も減少し、さらにそれを引っ張っていくいわゆる「大御所」の師匠連が続々と世を去ってしまったこともあり、まさに「どん底」からの出発を余儀なくされ、そこから奇跡的な復興を果たすという歴史を辿りました。そうした事情もあって、落語会が各地で盛んになり、漫才や歌謡ショーなどと共に落語が上演される「演芸場」はあったものの、落語専門の定席は戦後60年もの間、現れませんでした。そんな中で、天満天神繁昌亭の開設は、落語ファンだけでなく上方の落語家たちにとっても念願であったという訳です。

この寄席の大きな特徴として、「赤い人力車」があります。この人力車は、今では伝説的存在となっている初代桂春團治が、多忙のために移動手段として使用したとされるものを復元したもので、破天荒な生き方を貫いた初代が多額の借金を抱えたことによる「火の車」という洒落にもなっているそうです。「劇場らしい雰囲気を作り、呼び物になるようなもので盛り上げたい」という桂三枝・上方落語協会会長の提案で、静岡の職人に製作を依頼、寄付したもので、9月15日の「杮落とし」には、当代の桂春團治師がこの人力車に乗り、三枝会長自らが車引きを務めて、天神橋筋商店街をパレードしました。この他にも、明治時代の様式による、黒い屋根付きの特殊郵便ポストが設置されています。

戦後、一時は「滅んだ」とさえ言われた上方落語は、その後、六代目笑福亭松鶴、三代目桂米朝、三代目桂春團治、五代目桂文枝(三代目桂小文枝)の、後に「上方落語四天王」と呼ばれる人たちが先頭に立ち、民間放送の開局なども追い風となって落語家の数も倍増し、「上方落語ブーム」が起こるまでの復興を遂げました。平成8年には、「四天王」の1人である桂米朝師が上方落語界初の「人間国宝」に認定され、今日では上方だけでなく、日本を代表する芸能の1つとして全国的に認知された感があります。その反面、その米朝師の愛弟子である桂枝雀師、枝雀師と同年代の桂春蝶師、「七代目笑福亭松鶴」襲名を控えていた笑福亭松葉師など、これからの上方落語を引っ張って行くべき人たちがそれぞれ早世してしまい、昨年は、「四天王」の1人・桂文枝師と、これも米朝師の愛弟子で、「上方落語界の次世代を担うホープ」と期待されていた桂吉朝師が世を去ってしまいました。天満天神繁昌亭の「杮落とし」に出演する予定だった米朝師も、自宅でのケガで出演を見合わせ、先日高座に復帰した際には、「そろそろ引退を考えている」という発言もあったそうです。そうした状況から考えて、今の上方落語界は大きな岐路に立っているのかもしれません。

上方落語界が大きな岐路に立っている時に、「天満天神繁昌亭」が開設したことは、これからの上方落語界にとって一大エポックであり、新時代のスタートを切ったとも言えるでしょう。六代目松鶴師の落語会から名付けられたという、大阪では60年ぶりに登場したこの新しい寄席が、その名の通り上方落語を「繁昌」させる切り札となるかどうか、しっかりと見守って行きたいと思っています。

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