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大河ドラマ『風林火山』もいよいよ大詰め。 最近は前半に比べるとややパワーダウンしている感も否めませんが、全49回の予定だったのが1回延長されることになり、ドラマの最後にして最大の山場と言える永禄4年(1561年)の「第四次川中島の合戦」がどのように描かれるのかが今から楽しみです。 昭和38年の『花の生涯』以来、40年以上の歴史を持つNHK大河ドラマですが、武田信玄は、今年の『風林火山』の市川亀治郎を含めて、これまでに都合8人の俳優が演じています。 最初に信玄が登場したのは第3作の『太閤記』(昭和40年)。但し、信玄が登場する回の映像は現存していません。この作品で信玄を演じた早川雪洲(せっしゅう)は、明治の末に単身アメリカへ渡り、まだ映画がサイレントだった時代にハリウッドでスターとなった、日本人で最初の国際派映画俳優。戦後のイギリス映画『戦場にかける橋』(1957年=昭和32年)で日本軍の収容所長・斎藤大佐を演じ、日本人で初めてアカデミー助演男優賞にノミネートされた人でもあります。 カラー放送第1作でもある第7作『天と地と』(昭和44年)では、石坂浩二演じる主人公・上杉謙信の宿敵として信玄が登場します。演じたのは、4年前の『太閤記』で織田信長を演じ、一躍人気を博した高橋幸治。『天と地と』の後、第10作『新・平家物語』(昭和47年)では源頼朝、第16作『黄金の日日』では再び信長を演じ、前期大河ドラマを代表する俳優の1人です。この作品の最大の見所は、やはり終盤の川中島での謙信と信玄の一騎打ちで、このシーンが登場する第50回「川中島の章・その四」は、『天と地と』全話の中で唯一映像が現存するものです。尚、『太閤記』には石坂浩二も石田三成役で出演しています。 第11作『国盗り物語』(昭和48年)では、時代劇のベテラン・大友柳太朗演じる信玄が登場。天下統一へと突き進む信長(高橋英樹)を脅かすも、病に倒れ無念の最期を遂げる晩年の信玄の姿が描かれていました。大友柳太朗は、『天と地と』では信玄の重臣・板垣信方役で出演していたそうです。 第16作『黄金の日日』(昭和53年)では信玄その人は姿を見せず、能楽師で俳優としても活躍した観世栄夫(ひでお)が、信玄の「声」を演じています。 第21作『徳川家康』(昭和58年)の信玄は、大河ドラマ常連俳優の1人・佐藤慶。青年時代の家康(滝田栄)の前に「壁」のように立ちはだかる人物として登場します。この作品での信玄の最期は、家康を完膚なきまでに叩きのめした直後、家康を陰で支える竹之内波太郎(石坂浩二)に狙撃され命を落とすというものでした。 そして、第26作『武田信玄』(昭和63年)で、遂に信玄は大河ドラマの主人公となります。この作品の信玄は、目的のためなら手段を選ばない謀略家である一方、情に厚く家臣への気配りも常に怠らない人物という設定で、武将としての成長、宿敵・上杉謙信(柴田恭兵)との対決、そして父を追放し息子を死に追いやるなど家族や肉親との関係に苦悩する姿まで描かれました。名を「武田晴信」から「信玄」に改めた後も終生髷を結っていたのも大きな特徴でした。演じたのは少年時代は真木蔵人(ドラマの終盤に諏訪四郎勝頼役で再登場)、そして青年期から晩年までは、大河ドラマ初出演だった中井貴一。元々信玄役には別の俳優が予定されており、中井貴一も最初は脇役として出演依頼を受けていたのが、主役に抜擢されたことに本人は驚き、また、前作『独眼竜政宗』(昭和62年)の大成功もあってプレッシャーが大きく、自分の顔と肖像画との顔が違うことには戸惑いを感じていたそうです。ドラマは最高視聴率49.2%を記録するなど、『政宗』に勝るとも劣らないヒット作となりました。因みにこの作品は、大河ドラマで山本勘助が初めて登場した作品でもあり、こちらは西田敏行が好演しました。 『武田信玄』以降、大河ドラマでは何度も戦国時代を舞台にした作品が作られましたが、劇中で武田信玄の名前が出ることはあっても、信玄その人が登場することはありませんでした。今年の『風林火山』は、大河ドラマでは実に19年ぶりに信玄が「姿を見せた」作品でもあるのです。
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