万年寝太郎徒然日記

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溝口健二と言えば、黒澤明・小津安二郎などと並んで世界的にも評価の高い日本を代表する映画監督の1人です。今年は溝口が亡くなってちょうど50年という節目の年にあたり、5月にはこのブログでも取り上げたことがありますが、その時も書いたように、黒澤・小津と比較すると今日ではスポットライトを浴びることが少ないように思われます。

ところで、溝口健二を「師」と仰ぐ映画人の1人に、現在94歳で現役最年長の映画監督である新藤兼人監督がいます。この新藤監督が監督・製作し、昭和50年に公開された『ある映画監督の生涯』は、溝口の生涯を追ったドキュメンタリー映画です。ずっと観たかった映画の1つでしたが、先日NHK−BS2で放送され、録画したものを漸く観ることが出来ました。新藤監督は、昭和9年に当時の新興キネマ京都撮影所に入所。現像部のフィルム乾燥作業から映画人生をスタートさせました。その後美術助手として美術デザインを手がけながら脚本を書きますが、なかなか映画化までには至りません。その時に出会ったのが溝口健二で、溝口作品の『元禄忠臣蔵』(昭和16年)で建築監督に任じられる一方で、脚本の指導を受けました。そうした事情から、溝口の人となりや業績を1つの記録としてまとめておこうという思いが、新藤監督の心の中に強くあったことは間違いないでしょう。

『ある映画監督の生涯』は、昭和31年8月24日に溝口が亡くなった京都府立病院への取材シーンから始まり、新藤監督自身による溝口ゆかりの土地の取材と、生前の溝口と関係が深かった人々へのインタビュー、そして新藤監督のナレーションによって、彼の知られざる実像や貴重なエピソードが明かされ、58年の生涯が浮き彫りにされる構成になっています。溝口の足跡を追うドキュメンタリー映画と言っても、彼の一生に起こった様々な出来事の中で、新藤監督が個人的に興味を持った事柄について追いかける部分が多く、単なる「伝記映画」ではなく、新藤兼人という1人の映画人の視点から観た「ある映画監督の生涯」であるという見方も出来ます。

この映画の魅力は、無論溝口健二という映画監督の人物像にスポットが当てられている点にありますが、それとは別に、溝口について語る「取材協力者」として、錚々たる人たちが次々と登場する所にもあります。女優では、溝口との恋愛関係が噂された田中絹代を始め、山田五十鈴・京マチ子・若尾文子・入江たか子・木暮実千代・乙羽信子・香川京子・浦辺粂子、俳優では先代中村鴈治郎・柳永二郎・進藤英太郎・小沢栄太郎、その他、小説家・劇作家で大映重役も務めた川口松太郎、「ラッパ」の異名で知られる大映社長・永田雅一、名キャメラマンとして名を馳せた宮川一夫、多くの溝口作品を手がけた脚本家・依田義賢、溝口の助監督を務め、後に監督となった増村保造、日本映画史上初の女性監督となった坂根田鶴子など、いずれも日本映画黄金時代を支えてきた人ばかりです。当時、溝口が亡くなって既に20年近い歳月が流れていましたが、それでも関係者の殆どは健在で、別な言い方をすれば、だからこそ作ることが出来た映画であると言えます。事実、ここに登場する人たちは、それから順を追うように世を去っており、もしもこの映画の製作時期が遅れていたら、作品全体の厚みも全く異なるものになっていたことでしょう。だから、一番良いタイミングで作られた映画だったのかもしれません。

溝口健二が日本映画の全盛期の真っ只中で世を去ったのに対して、新藤兼人監督は、日本映画が頂点から衰退へと進んで行った過程も目の当たりにしています。新藤監督はこの映画を製作するにあたって、溝口健二という1人の偉大な映画監督の足跡を辿りながら、日本映画の歴史そのものを辿る作業を行なったとも言えます。『ある映画監督の生涯』は、見応えのあるドキュメンタリー映画であると同時に、貴重な映像資料でもあります。ビデオ・DVDにもなっているとのことで、未見の方は是非一度御覧になって下さい。
この冬公開の日本映画の中でも話題作の1つが、12月16日から公開されている、市川崑監督・石坂浩二主演で30年ぶりにリメイクされた『犬神家の一族』でしょう。
今年91歳になる市川監督が、自らの代表作をリメイクするのも驚きですが、主人公の金田一耕助を、これまた30年前と同じく石坂浩二が演じているのも、「金田一」ファンにとっては堪らないことでしょう。

さて、今から30年前、つまり昭和51年に公開された『犬神家の一族』は、あらゆる面において、日本映画史上に残る画期的な作品だと言えます。
先ずこの作品は、前にも紹介しましたが、あの角川春樹事務所が最初に手掛けた、所謂「角川映画」第一作にあたります。そして意外なことに、主人公・金田一耕助が原作通り着物姿で登場した最初の映像作品でもあります。大野雄二作曲のメインテーマ「愛のバラード」も名曲と言って良いでしょう。この作品の影響力は多大なもので、映画では市川・石坂コンビによって、『悪魔の手毬唄』『獄門島』(昭和52年)『女王蜂』(昭和53年)『病院坂の首縊りの家』(昭和54年)の合わせて5本が制作、東宝系で公開され、テレビでも「横溝正史シリーズ」(昭和52年〜53年)で、古谷一行演じる金田一が登場し、石坂・古谷の両人によって金田一耕助のイメージは完全に定着します。因みに「横溝正史シリーズ」第一弾も、映画と同じく『犬神家の一族』でした。

「石坂金田一」シリーズに話を戻すと、このシリーズの特徴として3つ挙げられると思います。1つ目は市川崑監督による映像の美しさ。映像が綺麗である分、例えば『犬神家の一族』での代表的シーンである「2本足」や、生首などの凄惨な描写がより際立ったものになっていたと言えます。2つ目は、大物女優が毎回犯人役を演じていること。そして3つ目は、犯人役の女優を含めて出演者が豪華で、しかも常連俳優も多いことが挙げられます。例えば、大滝秀治、加藤武、草笛光子、三木のり平、小林昭二といった人たちは、『犬神家の一族』から『病院坂の首縊りの家』までの5作品全てに登場していて、『獄門島』から登場した加藤武演じる等々力(とどろき)警部は、シリーズの名物キャラとなりました。
今回のリメイク版『犬神家の一族』も、今までの5作品を遥かに超えるであろう豪華キャストの中で、大滝秀治が前回と同じ大山神官、加藤武はその名もズバリ等々力署長役で出演。また、前回犬神家の三女・梅子と二女・竹子をそれぞれ演じた草笛光子と三条美紀も、それぞれ違う役で再び登場しているそうで、キャスティングの面からも、市川監督独特の凝った趣向とサービス精神が感じられます。

余談ですが、「金田一映画」で忘れられないもう一つの作品が、「石坂金田一」シリーズが作られていた同時期にあたる昭和52年に松竹系で公開された野村芳太郎監督『八つ墓村』。この作品の金田一は渥美清。麦藁帽子に腰手拭い姿という「田舎のおじさん」風の金田一でした。村人たちに自分の推理の説明する場面の演技は、渥美清にしか出せない味わいも感じられるのですが、「違和感」が拭えなかったことも事実です。石坂版と差別化するためか、実現していたら似合っていたであろう原作通りの着物姿でなかったことも致命的だったのかもしれません。原作者の横溝正史は、生前金田一の役に渥美清を強く推していたと言われ、また渥美清本人も長くこの役を続けたかったそうですが、結局この『八つ墓村』1作だけとなってしまいました。

今年、平成18年は、前回の『犬神家の一族』が公開されてちょうど30年という節目の年にあたります。今回のリメイク版は、ただ単に30年前と同じ市川崑・石坂浩二コンビで復活したというだけでなく、金田一耕助という存在とイメージをスクリーンだけでなく一般にも定着させたこの2人にとっても、またファンにとっても、いわば「集大成」と言える作品になるのではないでしょうか。
世界的にも著名な日本の映画監督の一人・小津安二郎。
家族や庶民の生活に終始スポットを当てた作風や、ローアングルで人物を見据える構図と、ゆったりとしたリズムによる独自のスタイルで知られる小津監督は、戦前のサイレント(無声映画)の時代から映画史上に残る名作を発表し、早くから高い評価を得ていました。

家族や親子、夫婦、兄弟などをテーマにした所謂「ホームドラマ」を作り続けた小津監督ですが、その監督デビュー作は、最初で最後の唯一の時代劇映画となった『懺悔の刃』(昭和2年)であり、またアメリカ映画の影響を受けた作品や「蒲田ナンセンス」と呼ばれる一連の喜劇映画を手掛けたり、一方では不況や戦争へと近付いていた当時の暗い世相を背景にした作品を撮るなど、サイレント時代は後年よりも作品のジャンルが多彩であり、実験精神や試行錯誤をも窺い知ることが出来ます。しかし、現存する小津作品の中で最古の作品は8作目にあたる『学生ロマンス・若き日』(昭和4年)であり、それ以前の作品とトーキー第1作である『一人息子』(昭和11年)までのいくつかの作品はフィルムが発見されていないということです。

ジャンルが多彩だったサイレント時代ですが、その中でも戦前の代表作である「学生もの」や「喜八もの」と呼ばれるシリーズを発表します。「学生もの」は、当時まだ大学進学率が5%に満たなかったという昭和初期の大学生の生態をユーモアとペーソスを取り混ぜて描いたもので、前記の『学生ロマンス・若き日』や、『落第はしたけれど』(昭和5年)『青春の夢いまいづこ』(昭和7年)といった作品が現存しています。自らは大学へは行っていない小津は、「学生もの」の舞台として早稲田大学をよく選んでいたと言われ、特に昭和初期に建てられたゴシック様式の「大隈講堂」を、学生たちがいる風景として頻繁に登場させていたといいます。「喜八もの」は、主に東京の下町を舞台にした人情喜劇作品群のことで、それぞれ異なる設定でありながら、主人公の名前がいつも「喜八」であるところからこう呼ばれています。『出来ごころ』(昭和8年)『浮草物語』(昭和9年)『箱入娘』『東京の宿』(昭和10年)などの作品があり、小津が少年時代と青年時代の約20年間を過ごした東京・深川の風景や人情がベースになっていたそうです。

サイレントの小津作品には、『突貫小僧』(昭和4年)に『生れてはみたけれど』(昭和7年)と、子供の存在や視点を効果的に用いて成功した作品もあります。『突貫小僧』は、ある映画の制作が中止となりそれに代わる作品として、加えてドイツからの輸入ビール飲みたさに、わずか3日で撮影したというまさに「突貫作業」で作った映画でした。主演の青木富夫は、映画界に入ったきっかけが、たまたま撮影所で遊んでいた時に小津が子役と間違えて自分の作品に出演させたことだったという嘘のようないきさつの持ち主で、映画のヒットで芸名も「突貫小僧」と改めました。『生れてはみたけれど』は、子供の視点から大人の社会を見つめた一種の風刺喜劇で、この作品にも「突貫小僧」こと青木富夫が重要な役柄で出演しています。生涯に54本の映画を作った小津の代表作の1つに数えられるだけでなく、日本の無声映画史上でも屈指の名作として語り継がれています。子供の描写の絶妙さにも定評のあった小津ですが、それはこの2作品で既に確立していたと言えるのかもしれません。

早くから監督としての才能を高く評価されていた小津ですが、映画がサイレントからトーキーへと移行する中でも、『一人息子』で漸くトーキー映画を手掛けるまで、一貫してサイレント作品を撮り続けました。これは、長年小津作品の撮影を担当していた茂原英雄が独自のトーキーシステムを完成させるのを待っていたからだそうで、友情を重んじる一面を垣間見ると同時に、フィルムの色彩表現の不十分さからなかなかカラー映画を作らなかったというエピソードと並んで、小津の映画作りに対するこだわりの深さを示しているとも言えます。

映画人・角川春樹

角川春樹と言えば、かつての角川書店社長としては勿論、俳人、そして、何よりも出版界から映画に進出して数多くの大作・話題作を世に送り出したことで知られています。
最近では、僕が住んでいる広島県尾道市でもロケが行なわれ、昨年公開された『男たちの大和』(佐藤純彌監督)の製作にも携わりました。
1970年代後半から80年代にかけての日本映画を語る上で、角川春樹の存在は欠かすことが出来ません。

昭和39年に國學院大学文学部を卒業後、修業期間を経て、昭和40年に父・角川源義(げんよし)が社長を務める角川書店に入社した角川春樹が、映画と関わりを持ち始めたのは、映画『ある愛の詩』『いちご白書』の原作本を始めとして、洋画の原作やいわゆる「ノベライゼーション」を次々と刊行した、昭和40年代後半のことでした。
父・源義が急逝した昭和50年、角川書店社長に就任した角川は、自社が発行する書籍の売り上げ向上のために、それらを原作とした映画の製作を行なう「角川春樹事務所」を翌昭和51年に設立。本格的に映画界へ進出します。「角川映画」第一作は、横溝正史原作・市川崑監督の『犬神家の一族』。この作品は、石坂浩二演じる主人公・金田一耕助が初めて原作通りの着物姿で登場させた作品でもあり、公開直後から大ヒットを記録した上、その後の爆発的な横溝作品ブームのきっかけにもなりました。

『犬神家の一族』で成功を収めた角川春樹は、以後、森村誠一原作の『人間の証明』(昭和52年)『野性の証明』(昭和53年)、『戦国自衛隊』(昭和54年)『復活の日』(昭和54年)『ねらわれた学園』『セーラー服と機関銃』(昭和56年)『時をかける少女』(昭和58年)など、停滞気味だった日本映画界にあって、大作・話題作を次々と世に送り出し、ヒットを連発して映画界の「寵児」となります。話題先行と映画評論家からは冷ややかに見られていましたが、昭和57年の『蒲田行進曲』や昭和59年の『Wの悲劇』『麻雀放浪記』が映画賞を受賞したり、年間ベストテンに入賞されたことで、内容も認められるようになりました。映画プロデュースを積極的に行なう一方で、『汚れた英雄』(昭和57年)で監督デビューを果たした角川は、以後『天と地と』(平成2年)などを手がけ、また、『犬神家の一族』を始めとして、俳優としても多くの映画に出演しています。

「角川映画」については賛否両論がありますが、日本映画界に残した功績を挙げてみると、先ずコンテストで発掘した薬師丸ひろ子、渡辺典子、原田知世の3人の新人女優を一躍スターダムに押し上げ、若い観客を映画館に呼び戻すことに貢献したことがあります。また、市川崑、深作欣二、大林宣彦などの実力者だけでなく、当時新進の映画監督だった相米慎二、森田芳光、井筒和幸などを起用。彼らの名や実力を世に知らしめる上でも重要な役割を果たしました。一方で、作品の出来不出来や興行成績のムラも激しく、また「話題先行」やら「金の使い方を間違えている」という批判があったことも事実です。

映画製作から離れざるを得なかった時期を経て、昨年、『男たちの大和』で映画界復帰を果たした角川春樹。現在は、チンギス・ハーンを主人公にした井上靖原作の『蒼き狼』の映画化や、森田芳光監督で黒澤明監督の代表作『椿三十郎』をリメイクするなど、再び映画製作に積極的に取り組んでいるそうです。
映画人・角川春樹は、まだまだ日本映画界に「波瀾」や「嵐」を巻き起こしそうです。
もはや忘れられているのかもしれませんが、今日6月18日は、年に1度の「父の日」でございます。
「母の日」に比べると認知度が薄いのに加えて、今年の場合は、サッカー・ワールドカップの日本戦と重なってしまい、余計にその影が薄くなったように思います。

ところで、「父の日」と言えば、「世のお父さん方への応援歌」という触れ込みで30年以上も続いているのが、ラジオの「小沢昭一的こころ」。
そこで今日は「父の日」に因んで(?)、「小沢昭一と映画について考える」というテーマで書いて行きたいと思います。

考えてみれば小沢昭一という人も不思議な人です。昭和4年に東京に生まれ、少年時代から落語をはじめとする寄席演芸に親しみ、早稲田大学文学部在学中に、寄席演芸に造詣の深かった作家・正岡容(まさおか・いるる)の知遇を得て、そこで知り合った桂米朝、俳優の加藤武、作家の大西信行といった人々と兄弟弟子となります。また日本で初めて学校に落語研究会を創設したのもこの人です。大学卒業後、俳優座養成所を経て俳優としての道を歩む一方で、日本各地に埋もれた「放浪芸」の発掘やラジオのパーソナリティー、文筆活動に永六輔・野坂昭如両氏と共に「中年御三家」と称して活動したりと、多方面で種々雑多な活動を展開し、最近では、愛知県犬山市の「明治村」の村長を務めたり、「老謡歌手」としても活動するなど、単なる俳優・芸能人とは一線を画した活動を繰り広げています。

そんな小沢昭一の「映画俳優」としてのキャリアですが、昭和30年に日活と本数契約を結んで以来、主に同社の作品に数多く出演しました。特に印象に残る演技を披露したのが、「カルト」の先駆けとして知られる川島雄三と、先月5月30日に亡くなった今村昌平の両監督作品です。
川島雄三作品では、先ず『幕末太陽傳』(昭和32年)での貸本屋の金蔵役が挙げられます。古典落語「居残り佐平次」「品川心中」などをモチーフにしたこの作品で、小沢昭一演じる金蔵は、品川遊廓の花魁から心中を持ち掛けられるが、自分だけが海へ身を投げてしまい…、という役所で登場しました。川島監督が日活を離れた後も、東宝で撮影した『貸間あり』(昭和34年)、大映で撮影した『しとやかな獣』(昭和37年)などの作品に出演しています。
一方の今村昌平作品は、初監督作品である『盗まれた欲情』(昭和33年)からの常連で、『果しなき欲望』(昭和33年)『にあんちゃん』(昭和34年)『豚と軍艦』(昭和36年)などを経て、『「エロ事師たち」より・人類学入門』(昭和41年)では、ブルーフィルム(知らない方は各自でお調べ下さい)製作に情熱を注ぐうちに、自分自身が甚大な被害を蒙ってしまう「スブやん」という役で堂々の主役を演じ、この年の映画賞を総なめにしました。この作品が「俳優・小沢昭一」最大の代表作と言って良いでしょう。

この他にも、競輪に病み付きになって全てを失ってしまう主人公を演じた『競輪上人行状記』(西村昭五郎監督・昭和38年)や、『越後つついし親不知』(水上勉原作・昭和39年)などの今井正監督作品、そして谷崎潤一郎原作の『痴人の愛』(増村保造監督・昭和42年)の譲二役などの代表作があり、また「男はつらいよ」シリーズでも、第28作『寅次郎紙風船』(昭和56年)で寅さんのテキヤ仲間の役で出演。重要な役所を演じています。
こうして見ると、権威・権力とは無縁で、独自の生き方を貫く人物という役柄が多く、また、日活の「無国籍アクションもの」では胡散臭い中国人をえんじるなど、小沢昭一という人は、俳優としてもユニークな存在であることが分かります。

と言う訳で、「小沢昭一と映画について考える」というテーマで書きましたが、書いている自分でも何が何だか分からないうちに終わってしまいました。
最後に「ガンバレ!ジーコジャパン」と一応応援の言葉を書き添えて、「万年寝太郎徒然日記」、次回のこころまで…。

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