万年寝太郎徒然日記

世のため人のためになることは一切書きません。

音楽

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ドラマでは『七人の刑事』『時間ですよ』『プレイガール』。
時代劇では『鬼平犯科帳』『大岡越前』『江戸を斬る・梓右近隠密帳』。
子供番組では『ジャイアントロボ』『悪魔くん』。
アニメでは『佐武と市捕物控』『ルパン三世』『ガンバの冒険』。
クイズ番組では『クイズ・タイムショック』『パネルクイズ・アタック25』『霊感ヤマカン第六感』。
これらのテレビ番組は、そのテーマ音楽が全て同じ作曲家によって作られました。
その人物の名は、山下毅雄。先日11月21日、脳血栓のため75歳で亡くなりました。

山下毅雄。昭和5年3月7日、神戸市の生まれ。少年時代からフルートに親しみ、独学でジャズやハワイアンの手法を学びます。
慶応義塾大学在学中に作曲を始め、学生時代にラジオ放送で賞を獲得し、その才能を発揮します。
その頃、影絵劇の第一人者である藤代清治氏と出会い、NHKの『学生の時間』の音楽を担当するようになります。後にビクターレコード専属となり、昭和35年に発表したLP『黒猫』がヒットします。
そして、作曲家・山下毅雄の名を世に知らしめたのが、昭和36年にスタートした『七人の刑事』(〜昭和44年)。ハミングと口笛で織りなす主題歌によって、刑事ドラマ音楽の基礎を築きます。ビクターレコードから離れた後は、テレビを中心にCMや映画・舞台の音楽も多数手掛けます。

山下毅雄という名前は聴いたことがなくても、この人が手掛けた音楽は馴染み深いものが数え切れないくらいあると思います。
例えば今挙げた『七人の刑事』のテーマは、作品自体は古いもので実際に見たことがない人でも、ハミングと口笛が印象的な独特の雰囲気を持つテーマ音楽は一度は聴いたことがあるのではないでしょうか。この曲と、『大岡越前』(昭和45年〜平成11年)、それに旧『ルパン三世』(昭和46年〜47年)のテーマは、作品のジャンルは異なりますが、よく聴き比べてみるとその曲調があまりにも似ていることが分かります。口笛を多用して、物悲しさや夜の暗さ、それに寒々とした雰囲気を醸し出す独特の曲風が印象的でした。

この他、『鬼平犯科帳』は、初代の先代松本幸四郎(白鸚)版(昭和44年〜47年)と2代目の丹波哲郎版(昭和50年)の音楽を担当。先代幸四郎版のテーマ音楽は淡々とした曲調ながら重厚は雰囲気が漂い、一方の丹波版は同じ曲ながら、女声コーラスが加わるなど華やかなアレンジが成されています。同じく時代劇では片岡千恵蔵・田村正和主演の『世なおし奉行』(昭和47年)、高橋英樹主演の『隼人が来る』(昭和47年〜48年)、竹脇無我主演の『江戸を斬る・梓右近隠密帳』(昭和48年〜49年)などを手掛けました。
一方、『時間ですよ』(昭和45年〜48年)のテーマは、ラジオの『オールナイト・ニッポン』のテーマ曲でも知られる「ビター・スイート・サンバ」をアレンジしたものであることは、マニアの間では有名な話となっています。また、『クイズ・タイムショック』(昭和44年〜60年)のテーマの中の「タイムショック!」の掛け声の主は、山下毅雄その人だそうです。そして、今でも毎週日曜日の午後に聴くことが出来るのが、『パネルクイズ・アタック25』(昭和50年〜)のテーマです。

膨大な数の楽曲を世に送り出したことから、「7千曲作った男」という異名も取り、最近では、『大岡越前』をはじめとする作品が次々とCD化されるなど、その作品についての再評価も高まっていました。
昭和50年代後半から急激に作品の数が減って行ったこともあってか、亡くなった時の新聞記事の扱いも、テレビ音楽史上に偉大な足跡を遺した人にもかかわらず、あまりにも小さいように思いました。
「ヤマタケワールド」の幅広さと奥深さを後世に伝えるためにも、いつの日かちゃんとした形の作品集が発表されることを願っています。

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再び大江千里のこと

大江千里については前にも1度書きましたが、改めて彼の曲を聴いてみると、全体的に男の優しさや寂しさが漂っている作品が多いように思います。
曲の雰囲気は明るいものの、そこに描かれている世界には一種の「陰」が感じられて、この人の持つ世界の奥深さを感じることが出来ます。

CDのジャケットやコンサートなどの写真を見ると、デビュー当時の大江千里は、今よりも線が細く顔立ちも端整で、眼鏡を掛けている所為もあるでしょうが、ごく普通の「坊っちゃんタイプのインテリ青年」といった雰囲気があります。女性ファンの中には、このルックスに魅かれてファンになったという人も多いのではないでしょうか。
音楽性のセンスの良さは言うまでもありませんが、それ以外の分野でも優れたセンスを持っている人だと思います。映画やドラマ、バラエティー番組に積極的に出演したり、NHKの「トップランナー」(1997年〜2001年)のようなトーク番組の司会を務めたりしていたことに、この人の活動の幅広さをよく表われています。アーティストの中でも、これほど広範囲にわたって活動した人というのは珍しく、その意味では新しいタイプの存在だったのではないでしょうか。
彼の欠点は、作詞・作曲、それにピアノの腕前も優れていながら、歌声にやや問題があったことでしょう。初期から中期の頃はさほど気にはならなかったのですが、いつの頃からか喉を潰したような声を出すようになりました。この欠点さえなければ、もっと人気が出ていただろうと思っています。

2003年にEPICソニーから発売された「THE LEGEND―大江千里」は、1983年のデビューから93年までの約10年間に発表された作品から代表的な曲を選りすぐったベストアルバムですが、作品全体から切なさやほろ苦さ、それに一種の陰影が感じられるような気がします。
今、大江千里の曲を聴いていると「懐かしさ」というものを強く感じるのですが、それは曲そのものに対する懐かしさ以上に、自分にとってのもう戻ることが出来ない時代に対する懐かしさなのかも知れません。この人の曲の魅力は、やはりある年齢を超えないと分からないのではないでしょうか。本当に奥が深いなあと思います。

歌人・村下孝蔵

6月24日が命日の歌手が2人います。
一人は、1989年6月24日にこの世を去り、今でも「歌謡界の女王」として語り継がれている美空ひばり。
もう一人は、そのちょうど10年後に、46歳の若さで突然この世から旅立ってしまった「歌人」こと村下孝蔵です。

村下孝蔵、1953年の熊本県生まれ。家が映画館だったことから、映画の影響でギターに魅かれ、同時に加山雄三の影響も受けました。この人を語る上で、広島のことを抜きにすることは出来ません。郷里を離れて広島でピアノの調律師をする傍ら、自主製作アルバムのレコーディングをしていた時期を経て、1979年、CBSソニーのオーディションを受けて、最優秀アーティストに選ばれます。これがきっかけで、1980年に「月あかり」でメジャーデビュー。以後、「松山行フェリー」「ゆうこ」「初恋」「踊り子」「陽だまり」「アキナ」などの作品を発表。決して大ヒットを連発したという訳ではありませんが、切なくしみじみとした雰囲気の曲風で、心に残る作品を多く残しました。
今挙げた曲以外にも、「春雨」「少女」「夢のつづき」「丘の上から」「この国に生まれてよかった」「二人の午後」など、僕が好きな曲だけでも数え切れないほどあります。

自ら歌うだけでなく、他のアーティストへも楽曲を提供するなど作家としても活躍し、また毎年「七夕コンサート」を開催するなど、精力的に音楽活動を行なっていました。
ところが、1999年6月20日、その七夕コンサートのリハーサル中に脳内出血で倒れ、その4日後に亡くなってしまいました。
僕が村下孝蔵の死を知ったのは、ネットカフェでネットサーフィンをしていた時でした。あまりに突然の出来事で、暫くはその事実を信じられませんでした。その時の衝撃は今でも忘れることが出来ません。

昨日夜、広島のRCCラジオで、『村下孝蔵七回忌・夢のつづき』という3時間の特別番組が放送されました。広島の人気タレントで、生前の村下孝蔵とは兄弟のように仲が良かった西田篤史さんが司会を担当し、ゲストを交えての懐かしい思い出話やリスナーのリクエストなどで進行していきました。広島では村下孝蔵の死後、毎年6月末になると彼を偲ぶラジオ番組が放送されています。また、広島と愛媛の松山では、今年8月に村下孝蔵の7回忌を記念したコンサートが開かれるそうです。

僕も、時々カラオケに行くと村下孝蔵の曲をよく歌います。亡くなって6年が経ちましたが、今でも多くの人々の心の中に、曲も含めてこの人はずっと生きているんだと思います。

大江千里のこと

大江千里は、特に学生時代によく聴いていたアーティストです。
僕がこの人を知ったのは、小学校3年生か4年生の頃に、キャンディーのCMに出ていたのを観た時です。このとき流れていたのが『十人十色』という曲であることは、後になって知りました。
アーティストとして以上に俳優としてのイメージが強く、大森一樹監督の『法医学教室の午後』とか、トレンディー・ドラマの『君が嘘をついた』とかに出演していたのをよく覚えています。
曲そのものを本格的に聴くようになったのは、高校を卒業する頃でしたから、「遅れて来た大江千里ファン」なのかも知れません。

作品としては、アルバムで言えば2枚目の『Pleasure』(1984年)から『六甲おろし吹いた』(1992年)までが好きで、特に20代後半に発表した『未成年』(1985年)『乳房』(1985年)『AVEC』(1986年)『OLYMPIC』(1987年)『1234』(1988年)『redmonkey yellowfish』(1989年)に収録されている曲が好きですね。恐らく、この頃がアーティストとしても絶頂期だったのではないかと思います。
発売当時に買って聴いたのではなく、レンタルショップで借りたCDをカセットテープにダビングしたものを聴いていました。
ただ聴くだけでなく、カラオケでも『REAL』や『YOU』などをよく歌っていました。

大江千里の歌を聴いていると、心に突き刺さるような詞が出てきたり、今改めて聴くと自分の学生時代を不意に思い出すことがあって、結構深いものを感じます。
最近は、主にNHKでトーク番組のMCをやったり、『僕の家』(角川書店)という本を出したりして、アーティストとしてのイメージが段々薄くなっているようですが、もっと評価されても良いのではないかと思っています。

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