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日本の歴史の中で最も人気の高い時代と言えば、恐らく戦国時代でしょう。 そして日本史上に登場する多くの人物の中でも、「戦国大名」と呼ばれる多くの人物が、今日まで根強い人気を維持しています。 戦国大名の人気にも2通りあって、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康のいわゆる「戦国三英雄」のような全国区のものと、「郷土の英雄」として讃えられている各地の武将たちのようなローカル性の強いものとに分けることが出来ます。この2つのうちでも、「郷土の英雄」たちの人気こそが現在に至る戦国時代の人気を支えているように思います。 北から順に見ていくと、先ず東北では、宮城県を中心に伊達政宗が高い人気を得ています。関東・甲信越を見ると、神奈川県には北条早雲とその孫の北条氏康、山梨県には武田信玄、新潟県には上杉謙信、長野県には真田昌幸とその息子の信之(信幸)・幸村兄弟がいます。特に武田信玄の場合、地元では絶対的な存在で「信玄公」と尊称するのが常識とも言われています。中国地方では、広島県の毛利元就や、島根県の尼子経久とその武将であった山中鹿之介が挙げられ、四国には高知県の長宗我部元親がいます。そして九州には、大分県の大友宗麟、それに鹿児島県の島津義久・義弘兄弟がおり、鹿児島では戦前までは「義久」「義弘」と呼び捨てにすることは許されなかったという逸話が残っているそうです。 ところで、戦国時代以前にも日本各地から多くの英雄や豪傑が輩出しているのに、なぜ戦国大名が「郷土の英雄」として位置付けられたのか。その理由として、「郷土」とは「お国自慢」という言葉の「国」のことで、その国に住む人々に、潜在的ではあるが「郷土」=「国」の基を作り上げた人物として戦国大名が意識されたという説があります。そして、彼らの事跡が美化され、増幅されて語り継がれていったことに、戦国大名が今日まで「郷土の英雄」として人気を得ている秘密の一端があるのだそうです。 『司馬遼太郎の「戦国時代」』(河出書房新社)という本の中で、歴史小説の大家であった司馬遼太郎・海音寺潮五郎両氏の対談を読んだのですが、その中に面白い話題があって、それは有名な戦国大名を輩出した土地からは、必ず有力な地方新聞が出ているというものです。司馬氏は「この理由が解明できれば、面白いと思う」と言い、海音寺氏は「かつてそういう英雄がいたことによって、その土地の人間が気分的に統一されているということが考えられる」と述べています。「郷土の英雄」と新聞との関係というのはなかなか興味深いものであり、それに注目した司馬・海音寺両氏は流石だと思いました。 戦国時代は「群雄割拠」と言われるように、各地で様々な戦国大名が活躍した時代でした。そして、長い戦乱の時代を経て、それまでの古い秩序が破壊されて、新しい体制や秩序が生まれていきました。戦国大名が、今でも「郷土の英雄」として讃えられるのはこのような背景もあるのではないでしょうか。
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戦国武将
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