万年寝太郎徒然日記

世のため人のためになることは一切書きません。

徒然

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期間限定1人暮らし

この連休の間、私、万年寝太郎は「1人暮らし」を送っております。
と言うのは、昨日7月14日、横浜にいる父方の従兄弟が結婚式を挙げることになりまして、それへの出席と親戚、知人への訪問のため、両親が13日の夜から東京に出かけていて、そのため、私1人が「お留守番」という楽しくも寂しい上に忙しい日々を送る仕儀に相成ったという訳です。

齢三十二の男が、いきなり「1人暮らし」をするにあたって一番困ること。それはズバリ「食生活」です。
何しろ大学を卒業して大阪から尾道に帰って来て以来、料理らしい料理というものを作った経験が殆どない。もっとも、「皆無」という訳でもなく、これも両親が旅行で2〜3日程家を空けた時、つまり、過去何度かあった「期間限定1人暮らし」の際には、外食をする昼はともかく、朝は冷凍庫の「冷や御飯」をレンジで温め、味噌汁は朝食だけに「あさげ」。夜はスーパーで売っている「魚屋の寿司」なるものを買って、それをつまみながらビールを飲むといった風で、とにかく「厨房に入らぬ食生活」という、大学時代よりも悲惨じゃないかと、思わず自分にツッコミを入れてしまう(誰もいないからではありません)ようなものでした。
今回もその習慣には殆ど変化はなかったのですが、1つだけ激変したことがありました。老人ホームに入居している母方の祖母の様子を観るため、月2回大阪から尾道に帰ってくる叔父が昨日やって来るということで、昨夜はその叔父と近所の焼肉屋へ赴き、差し向かいで焼肉を堪能しました。この店、肉も良い肉を使っていて、その上ビールはキンキンに冷やしたジョッキに入れて持って来るという見事な心配り。食べ物も飲み物も「良い事づくめ」でした。

食事も大変ですが、この度それ以上に困ったのが洗濯。
広島ではここ数日晴れらしい晴れというのが殆どない上に、台風4号の接近もあって、この週末もあまりいい天気は望めないという状況。溜まりに溜まった洗濯物を洗濯して、それを風呂場に移して乾燥機で乾かすというのは、雨の多い梅雨時にはよくある光景でしょうが、一番苦労するのが、「乾いた洗濯物を畳む」という作業。これも大学時代にはよくやったものですが、なかなか母親がやるように上手くは行きません。大体、乾いた洗濯物を取り込むこと自体が簡単なようで実に面倒なものなんです。天候次第では加十分に乾き切っていないこともあって、それをしっかりと見極めるというのが大変です。

今日は、朝食を済ませてすぐに件の叔父を尾道行きの渡し場まで送って、昼は私用でちょっと外出して(そう言えば、今日は昼食を忘れていた)、夜はビールのつまみにもご飯のおかずにもなるようなものをスーパーで買って、テレビを見ながら早めに夕食を済ませました。「1人暮らし」ですから、自分のやりたいように(と言い聞かせる)1日を過ごしました。

と言う訳で、私、万年寝太郎の「期間限定1人暮らし」。実は今頃は既に終わっている筈だったんですが、今朝、東京にいる母から電話がありました。
「台風が接近して交通がどうなるか分からないから、今日もう1日泊まって明日帰ります」―。

今、引き続き「1人暮らし」をする中で、この記事を書き込んでおります。
明日は祝日だから、今夜は夜明かしでもするか…。

半年末のご挨拶

拝啓

 梅雨の候、皆様方におかれましては、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
 平素は格別のお引き立てを賜り、ありがたく厚く御礼申し上げます。

 さて、月日の経つのも早いもので、今年平成十九年も前半の半年が終わろうとしております。
 わずか半年の間にも、我が国の内外では様々な出来事がございました。
 不穏さを孕んだ国際情勢、混迷を深める政局、解決の糸口さえ見えない年金問題、深刻さを増す感のある世界的な異常気象、各界での企業の不祥事、兇悪且つ異常な犯罪の増加…など、何月何日にどんな出来事があったのかが思い出せないほど色々な出来事があり過ぎて、時の流れの速さが年々加速していることも痛感してしまいますが、この半年の間で見聞きしたニュースの殆どは、思わず「この国の行方」を案じずにはいられなくなるものであったように思います。 
 私の身の周りでも、この半年間様々なことが起こりましたが、それでも大過なく何とか無事に半年を終えることが出来そうです。これも偏に皆様方が支えて下さったお陰であると、重ねて厚く御礼申し上げます。

 私にとってのこの半年間の大きな出来事の1つに、当ブログ「万年寝太郎徒然日記」がこの五月十九日に、無事開始二周年を迎えたことがありました。
 今年に入ってからは、日々の生活に追われるなどして、新しい記事を投稿する回数が減ってしまいましたが、それでも皆様方の格別のお引き立てのお陰を持ちまして、何とか二年間続けることが出来ました。更にありがたく厚く御礼申し上げます。
 このブログも、間もなく通算投稿が四百本に達しようとしております。七月以降も世のため人のためにならず、しかし皆様方に喜んで頂けるブログとして続けて参りたいと考えておりますので、何卒宜しくお願い致します。

 ともあれ、この半年間、本当にお世話になりました。ここに改めて御礼申し上げると共に、七月からの残り半年間の皆様方の益々の御健康と御活躍を心より御祈り申し上げます。


                                             敬具

                                          平成十九年六月三十日                                                                 
                                                 万年寝太郎 

「言葉」というもの

5月18日は「ことばの日」なんだそうです。
「こ(5)とば(18)」の語呂合わせで「ことばの日」となったそうで、かなり強引といえば強引ですが、しかし5月18日がそのような日に認定されていたとは、今の今まで知りませんでした。

「言葉」というものはデリケートなもので、使いようによっては、同じ言葉でも不思議な重みを持つ場合があるかと思えば、軽いものとなってしまうこともあります。
「言霊」(ことだま)というものが古来から日本にはあります。「ある」というよりも「あると思われている」と言った方が正しいかもしれません。言葉に宿ると信じられてきた力のことで、声に出した言葉が現実の出来事に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉が出ると良い事が起こり、悪い言葉を口にすると不吉なことが起こるとされてきました。これは、古代には「言」(こと)と「事」(こと)、つまり言葉と事象が同じ概念だったことによります。もっと言えば、言葉は「生き物」として捉えられていたということです。所謂「忌み言葉」は、「言霊」が今以上に信じられてきた時代の名残といえます。

話はいきなり飛んで、最近の日常会話の中でずっと前から気になっていた言葉があります。それは、自分のことを話している時によく使われている「僕(私)は○○が○○な人なんですけど…」という表現。日常会話で「人」という言葉を使う場合、普通は自分ではなく他人を指すもののはずなのですが、最近では自分のことを言う場合でも使われています。この場合は「○○な人間なんですが…」というのが正しいと認識しているのですが、もし間違っていたらお許し下さい。

更に話が飛びますが、当「万年寝太郎徒然日記」は勿論、ブログの世界も「言葉」を必要不可欠な要素として成り立っていることは、今更言うまでもありません。「言霊」とまでは言いませんが、不特定多数の読み手への影響力や、自分の主張や記事の内容をより正確に理解して頂きたいと、自分のブログの文章や他のブログヘ書き込んだコメントでの表現にはそれぞれ気を配っているつもりです。先日、僕も時々訪問していたブログの1つが、ある記事の「炎上」が原因で「自主閉鎖」へと追い込まれてしまいました。御当人は記事の内容や自分の主張を自分なりにブログへ書き込んだのでしょうが、どうもそれを理解出来ないばかりか、「攻撃」をした人物もいたらしくて本当に残念に思いました。これも言葉の持つ力の大きさや重みを示す一例だと言えるのではないでしょうか。

人間は昔から様々な道具を使って生活してきましたが、もしかすると一番扱うことが難しい道具は「言葉」なのかもしれません。使い方次第で、「人助け」に役立つこともあれば「人殺し」の凶器となってしまうこともあります。だからこそ、我々は「言葉」というものを大切にしなければならないと思います。

…と、ここまで書いてきた今回の記事、皆さんには果たしてその「言葉」の一つ一つがしっかりと伝わったでしょうか。
例えば、僕とほぼ同世代の30代の人たちの中で、川内康範という名前を聞いても、「どこの誰だか知らない」という人が現在では大半だと思います。
しかし、我々の「誰もが皆知っている」、あのヒーローや人気番組にも大いに関わりを持っていると言えば、「なるほど」と思うのではないでしょうか。

大正9年、北海道函館市で日蓮宗の寺の子として生まれた川内康範さんは、小学校を卒業して様々な職業を転々とした後、独学で文学の修業を重ね、昭和16年に東宝の演劇部に入社。映画・テレビの脚本家、浅草軽演劇の劇作家として活動をする一方、第二次世界大戦の兵士の遺骨引き揚げ活動や海外抑留日本人の帰国運動を行なう活動家としての顔も持つようになります。
しかし、川内康範の名を世間に知らしめたのは、何と言っても昭和33年に始まった日本初の連続テレビ映画『月光仮面』でしょう。これは、広告代理店の宣弘社のプロデューサーだった小林利雄氏が時代劇「鞍馬天狗」をベースにした活劇を企画し、その原作を川内さんに依頼。川内さんが先ず人々の危機に颯爽と現われる「踊る仮面」を提案し、小林氏による「人々の苦難を救済する」=菩薩をイメージしたネーミングから月光菩薩(がっこうぼさつ)の名を取って、「月光仮面」となったそうです。「憎むな、殺すな、赦しましょう」の理念を持ち、額に描かれている三日月は、月の満ち欠けを人の心になぞらえ、「今は欠けていても(不完全)、やがて満ちること(完全)を願う」という理想が込められていて、この正義観は日蓮宗の寺を実家に持つ川内さんの意思が反映されていると言われています。因みに、川内さん自身は、後に月光仮面のモデルは、戦後の闇市で横暴を極める在日米軍の兵士に既に敢然と立ち向かった空手家の大山倍達(おおやま・ますたつ)であったと告白しています。

『月光仮面』の他にも、『愛の戦士レインボーマン』(昭和47年)『光の戦士ダイヤモンド・アイ』(昭和48年)『正義のシンボル・コンドールマン』(昭和50年)といったヒーローものを手がけており、いずれも自身の思想や経歴を反映した作品とされています。中でも『レインボーマン』の「死ね死ね団」は名前も強烈ですが、日本という国家と日本人皆殺しを目的とする秘密結社で、大量の偽札をばら撒く「M作戦」などリアルな作品を用いるなど、他のヒーロー物に登場する悪の組織とは一線を画す存在でした。リーダー的人物の「ミスターK」の名前の由来は、脚本家たちがギャグのつもりで原作者の川内さんの頭文字を取ってプロットに書かれたものがそのまま正式設定となってしまったという、嘘のようなエピソードが残されています。
僕自身が川内康範という名前を知ったのは、土曜夜7時に放送されていた『まんが日本昔ばなし』でした。今でこそ「誰もが皆知っている」番組ですが、この番組が作られたきっかけは、監修である川内さんが海外在住の日本人に見てもらうためだったそうで、番組改編の都合で空いた枠の穴埋めとして放送された所、予想外の反響を集めてそのままレギュラー番組となり、長寿番組になって行きました。

こうして脚本家や子供番組の原作者として活躍しながら、「君こそ我が命」や「伊勢佐木町ブルース」、それに「おふくろさん」など作詞家としてもヒット曲を次々と発表します。「伊勢佐木町ブルース」などを歌った歌手・青江三奈の芸能界の育ての親であり名付け親で、この名前は川内さん自身の小説のヒロインの名前から取ったのだそうです。昭和59年に「グリコ・森永事件」が起こった際には、週刊誌上で犯人グループに私財の1億2千万円を提供する代わりに犯行をやめるように呼びかけたこともありました。

川内康範さんのプロフィールを見てみると、その多才ぶりに感心する一方、「筋は必ず通す」「金は貸しても借りない」「『喧嘩康範』の異名を取るほど、妥協しない性格で知られる」という記述が目に付きます。「大島紬を来た女性が出てくるわずか5、6行の場面」を書くために、わざわざ八丈島の泥染めをしている老婆に会ってきたというエピソードもあるそうで、そうした生真面目さや骨の硬さといったものが、最近ワイドショーを騒がせた一件でも如実に現われていると思いました。

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今日は久しぶりに肌寒さが戻ってきたようでしたが、今年は全国的に「暖冬」のようです。
そういえば、去年の冬は何度も見たのに、この冬は一度も目にしていないものがあります。雪です。これまでは、少なくとも一度は雪の日に遭遇したものですが、今年はいまだにありません。これは僕の住む広島県尾道市に限ったことではなく、雪国である北海道や東北・北陸でも、今年は例年にない雪不足に悩まされている地域が多いと聞いています。

ところで、この「暖冬」の影響で、去年よりも大幅に早く到来したものがあります。
それは「アレルギー性鼻炎」、つまり「花粉症」です。
普段なら、今の時期だとまだ「そろそろ『花粉症』対策を…」と思い立つ頃ですが、今年は、まだそれすら思い付いていなかったこの1週間の間に急に症状が出始めました。
僕の「花粉症」対策として、去年も一度書きましたが、「甜茶」(てんちゃ)の服用があります。この「甜茶」というのは中国で昔から健康に良いとして飲まれてきたもので、特にポリフェノールが含まれていることで、アレルギーの予防にも効果があると言われています。通常は朝と晩の1日2回飲んでいますが、それだけでは足りないと思って、今の段階で1日3〜4回は飲んでいる状態です。

昨日からは早くも鼻炎の予防薬を飲み始めました。「1日2回、朝食後と就寝前に2錠服用」というもので、寝る前の夜11時半頃に飲みました。お蔭でいつもよりも早く眠りにつくことが出来たのですが、問題は今朝。家の者に起こされて時計を見ると、何と7時55分。いつもよりも30分あまり余計に眠ってしまいました。尚、「朝食後」は、車を運転する際眠気に襲われるのを避けるため、大事をとって飲まないことにしております。

今日は、夜10時頃薬を服用しました。そのせいで、いつもよりも早く急激に眠気に襲われながら、この記事を書き込んでいます。
この春も、鼻のムズムズ、くしゃみ、目の痒みに悩まされながら過ごすことになる訳ですが、今年は例年よりも長引くかもしれません。

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