満天の星Lovelyのブログ

新橋演舞場シアターコンサートで55周年がスタート!

熟女のお話

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

〜昔の男〜 林真理子

                       〜昔の男〜 林真理子
 
 
                      週間文春「今夜も思い出し笑い」第397回
                      「嫌いじゃないの」(文春文庫)収録
 
 
         内館牧子さん、阿川佐和子さんと舟木さんの対談を確認したあとは、林真理子さんのこと
         だって素通りするわけにはいかないだろう。
         黒柳徹子さん以上に、舟木さんのことを”いい男”といって下さっているのだもの。
 
         お若いときから数多くの対談もこなされているマリコさんは、週間誌上で舟木さんと対談を
         されたことはあるのだろうか?、現在も「週刊朝日」誌上で、「マリコのゲストコレクション」と
         いう連載対談のページをお持ちのマリコさんであるが、他の週刊誌も含め探し出せなかった。
                 
     イメージ 1                                      
       雑誌に載った対談はあるのだが、私自身の手元にはない。
       そこで林真理子さんには、人気エッセイの「思い出し笑い」
       シリーズ9冊目のお世話になることとした。              
 イメージ 2                                                      
                          ”舟木一夫の青春賛歌”(大倉明
       著 産経新聞出版)P214にも、
       ”今夜も思い出し笑い” 第397回
   のことが紹介されている。
 
 
   アイエスの伊藤社長は、
   マリコさんのこの第397回を
   読むなりコピーして、舟木さんへ
   はもちろん、関係者へメールした
   ということだ。 
 
 
 
 
 
      林真理子さんの週刊文春のエッセイシリーズは、もう開始して20年の長期連載になるのではない
            だろうか?  ” 今夜も思い出し笑い ”から始まって、今のタイトルは” 夜ふけのなわとび ”である。
      相も変わらず繰り返される美食とダイエット、 観劇、 ひと頃の着物道楽の趣味、有名人との交流
            など締め切りに追われる流行作家マリコさんの日常が手に取るようにわかる。
      マリコさんのミーハー振りは相当なものだ。読者は自ら省みても、マリコさんに比べれば安心する。
 
 
      この回でマリコさんは、ホテル地下の喫茶店でガラス越しに見た、一人座っている舟木さんがあまり
      にかっこよく素敵だった、と書いている。
 
                ”私たちの青春を彩った大スター”
                ”TVよりも100倍カッコイイ”
 
 
      舟木さんのデビューは、マリコさんが小学生の時で、その頃からのファンだったらしい。
      この時は30周年で復活された頃だろうか、目の前の舟木さんは、
 
 
       ” 男盛りの明るさと力強さに溢れている。しかも清潔な雰囲気は昔と同じで、
                                  〜 〜 八重歯の辺りがとても少年っぽかった。”
       ” 私と友人は二人同時に「ああ・・・」と息をもらした。” 
 
 
       マリコさんは、”昔好きだった男の人が、今もちゃんと素敵でいてくれることが嬉しい” のだし、、
       ” 純粋にスターを好きだった自分がとてもいとおしい。” のだと、、。
 
 
       そのマリコさんが、新橋演舞場の「舟木一夫35周年特別リサイタル」にご招待された。  
       
            イメージ 3      
     〜 舟木一夫リサイタル 〜
 
    「踊って歌って大合戦 」(文春文庫収録)
 
 
    プログラムに祝辞を書いたご縁でのご招待とかで、「青春賛歌」P215
   には、寄稿された文の一部紹介がある。
   
 
   舟木さんとの直接の繋がりは、 
      マリコさんの第397回目”今夜も思い出し笑い”が発端のようであるが、
   内館牧子さんとマリコさんが新幹線の車内で舟木さんに出会う偶然
       もあり、舟木さんはお二人をコンサートにお誘いした。 その後も幾度
       かコンサートに出掛けられた様である。
 
     
     (文春文庫)                マリコさんは、〜舟木一夫リサイタル〜 の中で
 「思い出し笑い」シリーズ12冊目      ” 舟木さんのファンは情の濃い人たちが多い ” とか、
                            ” 律儀でやさしい舟木さん ”      と書かれている。
                                                                 
     舟木さんへのプレゼントが多いということについて書いた数行の後、持ちきれないプレゼントが、
     ステージ上に1個だけ残った時のことである。
 
    イメージ 4
                         
   「舟木さんはとっさにすばやく紙袋の取っ手の
    中にマイクを通し、肘で持ち上げたのである。
    しかも全くメロディやリズムを崩すことなくだ。  
    これには凄い拍手が起こった。
    こういうところにも   〜  〜  〜
    きちんと復活を果たした舟木さんの人柄が表
    れている。」
  
 
   すばやく取っ手にマイクを通してプレゼント
  (の紙袋) を肘で持ち上げる・・・
  どういうふうにされたことなのか、しばらく見当が
  付かなかった。
 
 
   舟木さんはいつも左手にマイクを持ち、プレゼント
     は右手で受けとられる。
   それなら、マイクを持った左手ごと、取っ手に手を
   くぐらせた、ということなのか?
 
 
 
 
            35周年のビデオなら捨てずにそのままにしてある。
            このビデオはおそらく、新橋演舞場に「夢二恋歌」を見に行ったときに買ったものだ。
            自分で見た後、「御覧なさい、舟木一夫はこんなに立派に復活しているのよ」とばかりに
           友人を呼んできて、二人でじっくり見た事を憶えている。
           舟木さんは、歌いながらプレゼントの台までしきりに行き来されていたような・・・
           指揮者の松本文男さんが、代わりに受け取りましょうかといわれていたような・・・
           しかし、凄い拍手が起こったというシーンは全く記憶にない。
           (全収録の中から、24曲に編集したということなので、入っていない可能性はあるが)
 
 イメージ 5
  
         しかも、曲目を見れば
 
            「みんな旅人」
            「糸車」
            「End・Love」
            「そして未来」
  
       など「WHITE」系が4曲、その上
       「蜃気楼」まである。
 
       それなのに、これらの曲を全く憶えて
                いない。
       友人を呼んで来てまで見たのに、
       憶えていない。
 
 
       35周年記念リサイタルも、素晴らしい
       曲が並んでいる。
       あまりに素晴らしい選曲の前に、
       舟木さんの「WHITE」は全く
       私に届いていなかった。
 
       
      その頃の私は、やはりまだ、舟木さんそのものを受け取ってはいなかった。
 
 
      ビデオ表紙の舟木さんは、左手にマイクとプレゼントの品々を持ち、 高々と右手に花束を掲げて
      いる。にこやかな、若々しい笑顔。 35周年のステージをもう一度見てみたい。
 
      今なら、舟木さんのことをもっともっと深く受け入れられるだろう。
      しかし、もうビデオが見られる器機もなく、テープも劣化しているに違いない。
      残念であるが、それでも手元にだけは残しておこう。
 
      
      50周年記念のパーティに、内館牧子さんと同じく、林真理子さんもきっとご招待されたと思っている。
      折々に時流に乗った話題作を発表されているマリコさんは、そのほか、いくつもの締め切りを抱え、
      ご都合が付かなかったのに違いない、そしてお祝いのパーティ欠席を大変に残念がっておられること
      だろうと、勝手に想像し、解釈している。
 
 
      恥も、見栄も、嫉妬も、、、、マイナスの感情も隠さず文字にしてきたマリコさんが、純な少女時代に
      一瞬にして帰るには、「舟木一夫」 が絶対に必要なのだから。
      そして何より、これまた一瞬のうちに ”ミーハー” になれる ”ときめき” が、若さと美貌の源である
      ことを、よ〜くご存知のはずだからである。
               


この記事に

開く コメント(8)

                     阿川佐和子のこの人に会いたい
 
 
                第770回  〜 歌手 舟木一夫 〜
 
 
イメージ 1
                                                                    「 週間文春 」
         2009.3.19                         
           創刊50周年特別号
 
   
     特集記事を除けば、週刊誌には、
     看板ともいえる連載対談や、
     エッセイ、名物コラムがあり、それぞ
     れにお目当ての読者を獲得している
 
     林真理子さんや、内館牧子さんらは
     もちろん売れっ子熟女として、とっく 
     にこれらのコーナーを持ち、毎週読 
     者を楽しませている。
 
 
 
     「週間文春」看板の連載対談は、” 阿川佐和子の この人に会いたい ” シリーズ。
      (林真理子さんはエッセイ”夜ふけのなわとび”を連載)
      週刊文春創刊50周年特別号の、しかも第770回目の記念すべき対談相手に舟木さんが
      選ばれている。 大勢の読者の目に触れる特別の回に選ばれたのかと思うと、こんなこと
      さえも嬉しくなってくる
 
     実は、2009.3.12発売のこの号の対談を、一度は目にして確かに読んでいた。
      しかし3月では、舟木さんは私にとって今ほど近い存在ではなかった。
      ” 舟木さんが佐和子さんと対談してる。ふ〜ん、なるほど、そうだったんだんだ ”
      とさらりと流してしまい、あえなく回収車の荷台に乗せてしまった。
 
      2009年12月の中野サンプラザファイナルで、舟木さん熱に火がついて以来2年余。
      しまった!と思ってももう遅い。
 
      対談の名手と言われている佐和子さんを前にして、舟木さんは何を語っているか。
      佐和子さんは舟木さんに何を語らせているか。
     内館牧子さんとの対談内容を知ってみれば、阿川さんとの対談の中身を知らずに済ま
             せるわけには行かない。
      牧子さんは、”男は逃げ傷が大事”と舟木さんに語らせた。
      佐和子さんはいかに?
 
      悔しい思いを飲み込んで、「週刊文春」3月19日号を再び手に入れた。
      この対談の取材写真は、最初の写真集「瞬」(マガジンランド)P93に掲載されているが、
      背筋を伸ばした佐和子さんの強い視線が、舟木さんに真っ直ぐ向けられている。
      何としてもこの対談をものにしなければ、という佐和子さんの意気込みの表れだろうか。
      
      意外にも、舟木さんと佐和子さんは”初めまして”のご挨拶から始まる、初対面だった。
      それにしては、舟木さんのお話は、滑らかに次々と展開していく。
      もちろん、芸能人としてのサービス精神もあってのことだろう。
      しかし5ページにわたるこの対談のうち、ざっと4分の3は舟木さんがお話されている。
 
      佐和子さんは、たとえば ” どんな? ”
                      ” いつ頃ですか? ”
                      ” へえ・・・ ”
                      ” そうしたら? ”
                      ” そうだ そうだ! ”
      などを間に挟むだけで、舟木さんのお話がどんどん進んでいく。
 
 
                      時代劇一人稽古
 
      21歳で大阪新歌舞伎座、22歳で明治座の1ヶ月公園の座長を勤めた時のこと。
      マネージャーに「この仕事はレギュラー?イレギュラー?」と聞いた時の答えが
      「レギュラーと考えていただかないと」というものだった。
      それから舟木さんの猛勉強。  家での一人稽古。
      舟木さんが時代劇の猛勉強をされてNHK大河ドラマや舞台に臨まれたことは、著書などで
      お馴染みのことであるが、お家での一人稽古については、初めて聴くお話である。
                                            (読んでいるはずの内容も、すっかり忘れていた)
 
      畳屋さんに半畳の畳を作って貰い、夜、浴衣に着替えて練習していた。
      小道具さんから買った、古い大小を抜いたり回したり、斬ったり突いたり収めたり。
      次は、屏風を二つ横に立て、屏風に一切触れないで、同じように刀をさばいていく。
 
      この練習をずーっと続けていくうちに、明治座で沖田総司役のとき、信頼する殺陣師の方に
      「舟木さん、やっと膝が割れてくれましたね」と言ってもらえた。
 
 
 
               義経役者の椅子が一つだけ空いていた
 
 
    デビュー30周年に差し掛かり、アイエスの伊藤社長の下で復活プロジェクトを組む時、
      舟木さんは、「コンサートというスタイルではなく、芝居と歌が一緒になった椅子を取りに
     行きたいんです」(風来坊P211)と、「舞台の時代劇を含む1ヶ月公演」を目標にされた。
     だから、 お芝居と歌の椅子を取りに行かれたのは知っていたが、、、
 
       ”その時、義経役者の席がちょこんと一つ空いていた”・・・
 
       舟木一夫が新たに息を吹き返すために目指したのは、義経役者だって・・・!? 
 
       ”義経役者”が、どういう役者さんを指すのか皆目わからなかったが、例えば
       高橋英樹さん、杉良太郎さんなどは弁慶役者
       舞台の常打ちはしていなかったが、田村正和さんが当時ただ一人の義経役者
       大川橋蔵さんが最後の義経役者だそうである。
 
       このように舟木さんが解説されたことから考えて行くと、義経役者というのは
       愁いを帯びた役を演じる(若き)二枚目の、静の佇まいの役者  
       ということになるのであろうか。
                                                           イメージ 2
 
      そう考えると、舟木さんが「薄桜記」という作品や、
      主人公の丹下典膳に寄せる深い思いも頷けると
      いうものだ。
      義経役者でなければ演じられない役であろうから。
                                                                                                              
      しかし30周年の全国公演は、 『銭形平次』で回った。
      義経役者演じる定番娯楽時代劇と、コンサートの組み
      合わせは大成功。   
      このプロデュースの成功が、今に続く道なのである。       
イメージ 3   
       
      
     「  このデビュー30周年の記念ツアーが、
      僕の第三打席でしたね。 」
 
    第1打席は、本人も気づかぬうちの場外ホームラン
    第2打席は見送り
    30周年の復活プロジェクトが第3打席
 
 
    塁に出て、50周年の今も走り続ける。
    観客は、舟木選手と青春をともにした私たち。
    まだホームベースには帰ってほしくないと、
    声援を送り続ける。
 
 
    舟木選手には、観客席や景色を楽しみながら、 
    ゆっくりホームベースを踏んでほしい。   
 
 
 
    この対談は、2時間を越えて行われ、 
     ” 流行歌手をやるためだけに生まれてきた。その思いは、年々強くなっています ”
    と見出しが付けられた。
 
    デビューのいきさつから、寒い時代の話あれこれ、自ら復活シミレーションを描いて、そのとおりに
    復活した30周年復活プロジェクトのこと。
    自分を客観的に、かつ芸能界を俯瞰で見られる舟木さんの名プロデューサー振り。
     舞台での立ち姿、立ち回りの華麗さは、若き日の精進、努力の賜物であること。
    単に娯楽時代劇の役者の椅子を取りに行ったのではなく、取りに行ったのは義経役者の椅子だったこと。
 
     ・・・佐和子さんの”へえ〜!” ”それで?” のお陰で、舟木さんは今までメディアに出ていること
     以上の話を次々にしてくださった。
                                                                  イメージ 4
      
 
     なるほど、対談の名手に成長された佐和子さん
     だけのことはある。 
     『聞く力』 心をひらく35のヒント  (文春新書) が、
     ベストセラーになるはずである。
 
 
     35のヒントのうち、6番めのヒントに
     「あれ?」と思ったことを聞く   とあった。
 
     インタビューの基本は、やはり相手との会話を楽し 
     み、会話に集中し、「しっかりお話を聞いていますよ」
     という誠実さであるらしい。
     ”あなたのことが知りたいのです、という好奇心”
     すなわちヒント6が、誠実さの上に乗っているからこそ、
     魅力的な本音の話が聞け、対談の名手ともなる。            (文春新書)
 
       舟木さんとの対談後、佐和子さんは
      ” 長い年月、時間を掛けてじっくりご自分と向き会った方の言葉は一つ一つ、説得力満載です。 ”  
      と、書いておられる。 
      じっくり自分と向き合う真摯な舟木さんの姿が、ファンには堪らないのですよ、佐和子さん!!
 
 
             阿川さんの楽しいエッセイもいいけれど、今回は舟木さん、彼女の誠実さの上に乗った好奇心で
      対談を楽しみ、読者に若き日の思わぬ話を披露してくれたようである。



  

この記事に

開く コメント(11)

おしゃれに。男

                       『  おしゃれに。男  』
 
                     内館牧子著
               2006.12.6  潮出版社発行
 
   「週刊朝日」のご自分のコラム(暖簾にひじ鉄)に、「舟木一夫という偶像」のタイトルで舟木さん
   のことを書いて下さった内館牧子さん。
 
   少女時代から熱烈な舟木さんファンであった内館さんは、林真理子さんを通じて舟木さんとは
   もう旧知の間柄であるし、今回の50周年記念パーティにもご招待されていた。
   舟木さんも、内館さんシナリオの大河ドラマ「毛利元就」や、他のテレビドラマにも出演されてい
   る。
 
   その内館さんと舟木さんとの対談がまとめられているのが、この本である。
 
 
イメージ 1
 
  第1章  
  逆境こそ、己を磨く ”チャンス”
 
  舟木一夫  歌手
   寒い時代を支えてくれたファンに感謝
 
  
   第1章は、この後、
    花田 勝 (若乃花)さん
    見城 徹 (幻冬舎社長)さん
    岩木山竜太(岩木山)さん     と続く。  
      第2章  夫の存在感
    第3章  伝統・文化-時代を先取る大人の
                         思考法
   第4章  男の気位、男の美学
                     
  
           対談は今から10年前の2002年、舟木さんが57歳の時。
             出版された2006年と4年の開きがあるから、雑誌連載の対談をまとめた本なのだろう。
 
              57歳の舟木さんは丁度 40周年の年で、 「 お客様と約束していた、 赤い詰襟の
           『高校三年生』の行方は如何に?」と、 3年後の還暦コンサートを、そろそろ思案されて
           いる頃のようであった。
 
         
                      第1章の最初から舟木さん登場。
           ということは、この本のトップバッターであり、しかもタイトルは”逆境”である。
           またまた、お父さんのこと、お母さんのこと、少年時代のお話からなのか?
    
            ところが、この対談で内館さんが舟木さんにお聞きしたいことは、
 
           ”不運だったときどういう心境だったのか、”
           ”そのとき、何を考えていたのか”
           ”なぜ復活できたのか”                                              ということ。
 
 
            舟木さんは、どなたかの対談で
            「信じられないような幸運があって、信じられないような不運があって、それが僕の人生
            だった」と語られたらしい。
 
            内館さんには、この言葉がたいそう印象的だったようである。
 
            これに対し、舟木さんがお話されたことを順にまとめると、
 
            「高校三年生」は一過性のヒット曲か
            「俺には歌っきゃ能がない」
            人生の「第三打席」に立つためにしたこと
            男は「向かい傷」より「逃げ傷」が大事
            ファンに恵まれた歌手・舟木一夫                                       となっていく。
 
 
 
                              「逃げ傷が大事」といい切った人生観
 
 
          舟木さんの半生は 舟木さんご自身の著書も出版されているし、連載インタビュー記事、
          取材記事、編集者のまとめた本、最近では「徹子の部屋」などで、ファンなら大抵知っている。
 
          イメージ 2
       「風来坊」
        1999(平成11)年8月3日発行 
        マガジンハウス
                 舟木さん54歳のとき

        イメージ 3
 
 
 
 
 
 
          
           
 
                         
                          「怪傑!!高校三年生」
       1992(平成4)年6月30日発行
       近代映画社
       舟木さん47歳のとき
 
 
      しかし内館さんが、この対談で初めて耳にして、感激した舟木さんの言葉は
 
     「僕が50歳を過ぎてからわかったことの一つは、男には『逃げ傷』が
    大事だということ。」                           
    
      「向かい傷」は結果しか残さない。
      「逃げ傷」(怖いと思って一瞬背中を向けたときにバサッとやられた傷)は、結果的にいろいろ
      なものを運んでくれる。いつまでたっても疼きやがって、後悔をずっと引きずらせる。
      一瞬だけ背中を向けたことが、その後10年の負けにつながったりする。         (P18)
 
 
       逃げないで向かって行くのが大事、という意味で「向かい傷」を沢山作れ、と普通は言われるだろう
       が、舟木さんは「逃げ傷」が大事、といわれる。
       そう語る舟木さんも凄いが、語りの中でその言葉を引き出した内館さんも偉いと思った。
 
        50歳を過ぎてわかった、といわれた舟木さんだが、「風来坊」にはそれらしき記述はなかった。
       あの「寒い時代」を乗り越えて、鮮烈な復活を遂げた後、じわじわとつかめていった心境だった
       のだろう。
 
              そして、復活に向かう中で何が一番支えになったか、と問われて、舟木さんは
 
       「舟木一夫」としては・・・「お客さま」の存在
       「上田成幸」としては・・・「どこまで耐えられるか、の確認が最低限出来て落ち着いたこと」
 
       と、きっちり分けて答えられる。
 
       この冷静な分析力と論理性が、溢れる感性を瑞々しく織り上げていく詩人の中に同居する。
       情緒を届ける人でありながら、失われない理詰めの説得力。
      
        あの十数年は、今では「愛しい時代」であり「心のふるさと」である、といわれる舟木さん。
       かつて山の頂上で見ていた景色は、谷底に落ちて何年も見ることは出来なかった。
       しかし、谷には谷の景色があり、咲く花があり、実る果実がある。
 
       舟木一夫の居場所はどこか、模索の日々は凄絶ではあっても、案外明るく過ごされていたの
       かも知れない。
       冷静に時を待ち、人生の第三打席に立つ日を見極めて、、。
 
 
       内館さんは、舟木さんが「寒い時代」の澱を全くつけずに復活したことに驚き、、哀感と清冽な
       雰囲気が漂う風貌からは想像もつかない「骨っぽい男」であると、対談後に綴っておられる。
       そして「逃げ傷が大事」といい切った人生観に、舟木一夫の「男」が香っている、と、、。
 
       
       舟木さんのシルエットになった背中に漂う、えもいわれぬ ”愁い”、 ”男” 、 ”少年” 、  
       それらをひっくるめた ”愛しさ” が、名だたる熟女も、無名の熟女も、心を捉えて離さない。
 
       ぶれることのない舟木さんは、今でも背中の「逃げ傷」の疼きを抱いて歌って下さっているの
       だろう。
       
       やっぱり、舟木さんは素適で凄い!!
       林真理子も、内館牧子も、阿川佐和子も、”熟女”がみんな、ぞっこん惚れ込む。
       私たちは名もない応援者でしかないが、舟木さんがステージで表してくださる、あの深ゝとした
       50年分の感謝の礼だけで、充分気持ちが満たされていく。
       (例え復活ファン新参組であったとしても、である。)
 
       まだまだ50周年は続いていく。 
       舟木さんには、元気でご機嫌よく、オンリーワンの歌と世界を届けてもらいたい。
 

この記事に

開く コメント(15)

                      「週刊朝日」に舟木さんが・・・
 
 
     「週刊朝日」連載の内館牧子さんのコラムに、舟木さんのことが載っている
     ということを知って、早速買い求めた。普段はセンセーショナルな見出しに      つられて「文春」、「新潮」をお馴染みにしているのだが、舟木さんの記事が      載っているとあらば特別だ。
 
  イメージ 1                    
                            「週刊朝日」  2012.7/13
                            
   大変なタイトルが大見出しで踊って    いるのに、可愛い笑顔のお嬢さん    がニッコリと微笑みかける表紙。
 
 
   いろいろと盛りだくさんの記事。
 
 
   古田新太さんの新連載コラムもあ    るらしい。
 
       芸達者な古田さんのコラムも読み    たいけれど、目指すは内館さんの
   コラム。    
 
     
                
                             内館牧子コラム
                                               「暖簾にひじ鉄」
 
               ”舟木一夫という偶像
 
    最初からいきなり直球が飛び込んできて、 ”おおっっ〜もう来たか!”という感じ。
 
    50周年記念パーティに出席されていた内館さんが、かねてから舟木さんのファンであることは
    知っていたが、こんなにも熱烈なファンであったことは知らなかった。
    舟木さんデビュー当時からの、可愛くも微笑ましい少女時代の応援と、その熱い打ち込みよう。
 
    週間「明星」や「平凡」などの芸能誌を自分で買うことなど、とてもじゃないができなかった田舎の
    中学生の私など、 買って貰えたのは、「中学時代」(旺文社)か、「中学コース」(学研)のみ。
    
     それでも芸能関係のほんのわずかな記事を見て、おずおずと都会に憬れたものだ。 
     東京は自分の行く先に関係なしの”花の都”のようなもの。
     スターはあくまで別世界に住む”憬れの花のスター”
 
     その当時、内館さんが舟木さんの写真を切り抜いたノートを何冊も作っていたなんて、
     とても、とても、かなわない!完敗である!!
 
     でもやはり同世代だ。
      いくつか年上の、素敵なお兄さんに憧れ続けた昔花咲く乙女たち。
      同じ空気はすぐに嗅ぎ分けられる。
 
      コラムの中で、舟木さんデビュー後の曲について
 
      その歌詞は、純粋で真っ直ぐ、青春期にある若者らしさが直球で表現されており、日本の青春期ともいえ     る時代に流れた、純粋でひたむきな詞を人々は自分に重ねた、と内館さんは書いておられる。
 
   
      そしてその後、彼女はこう続けるのだ。
 
        ”さらに、舟木一夫という天性の歌声を持った美しく清らかな青年がそれを歌ったことは、
        青春期にある日本の希望を象徴していたのではないか。” と。
    
       「アイドル」などという軽いものではなく、舟木一夫は「偶像」であった。
      「絶対的な権威としての崇拝」の念を持って、50年という長きに渡って思い続けられることの幸せ。
 
      最後の結びは、
 
         ”50年前と何ら変わらぬ声量と声の伸びに、人生の艶を加えて歌う舟木一夫を前にして、
         やはりこの人は稀代の偶像なのだと私は思っていた。
 
                                                            である。
 
      こんなふうに綴っていただけて、内館牧子さん、有難う!という気持ちである。
 
 
      舟木さんが「アイドル」であったか、「偶像」であるかは、私たち世代にしかわからない感覚だろう。
      だからこそ、舟木さんは同世代のみを向いて歩いて行く、と言って下さるのだ。
 
      半世紀の間の、山あり谷ありを今やっと乗り越えてきたと思える私たち。
      それぞれに山の険しさ、谷の深さは違うけれど、歌の神様にこよなく愛でられたとしか思えない
      舟木さん。”人生の艶を加えて歌う”舟木さんの、それゆえこその波乱万丈の半生を想う。
 
                                                                     イメージ 2
      さて、プロレスや相撲の格闘技をこよなく愛し、
      舟木さんとの対談もなさっている内館さん。
 
      ”強い女性”のイメージの牧子さんだが、やはり舟木         さんとともに過ごした時代の青春歌謡を今でも変わ        らず愛し、学園ソングを元気の源にしておられるのだ       ろうか。
 
 
      他の方たちとの対談ははしょって、舟木さんとの対談       のところだけ読んで見たい気がする。
    
        
 
 
イメージ 3
 
       TVドラマシナリオ、恋愛小説、エッセーで、
       現代の恋愛事情を辛口に描く牧子さん。
 
 
   
イメージ 4
                                
 
 
       舟木さんの”WHITE”シリーズのLOVE SONGなら、その湧き上がるイメージを
       どう表してくださるだろう?
                                                             イメージ 5
       「END-FIN-FINE(ラストシ−ン)」        
                 上田成幸作詩・作曲
            
       ♪  〜 〜 〜
          END-FIN-FINE(ラストシ−ン)は あざやかに
          けれどやっぱり ありふれて
 
           〜 〜 〜
          あなたのために 生きたこと
          生命(いのち)かけて 忘れない       ♪
 
 
 
     内館さんに限らず、        
     いかに恋愛小説の名手と言われる小説家であっても、舟木さんのLOVE STORY
     の世界には、手をつけず、そのままにしておいてほしい想いもある。
           思うが儘の、わがイメージを壊されないために。
     反対に、表現者ならではの極上のLOVE SONGを奏でてほしい、という想いもある。
 
     舟木ファンの、この複雑な心情がわかるだけに、内館さんなら、きっと
     ”舟木ワールドであなたの想像力を思う存分、自由に羽ばたかせてくださいな”
     といってくれそうである。
 
    「週間朝日」の読者がどのくらいなのか、わからないが、最近のTV出演にも加え、
     今週は、相当数の同世代の方に”舟木さんが元気に50周年を迎えて、現役バリバリの
     歌い手であること”が伝わったに違いないと、嬉しく思う記事であった。

この記事に

開く コメント(12)

全1ページ

[1]


.


みんなの更新記事