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季節が冬から春になり、雛節句が終ったある日、たった一度だけ、
飼い主が電話で死後の世界の話をしているのを聞いたことがある。
だから相手がチエコさんだとすぐにわかって、
アタシはばれないように近付くと伏せをして聞耳を立てた。
飼い主は、オトウサンが逝ってしまったことを報告していた。
難病にかかったことがわかってから僅か3ヶ月、
しんどいと言って入院してから1ヶ月もたたないうちに、逝ってしまったのだ。
そんな話しをしているのに、ふたりの間に暗い空気はまるでなかった。
ちょっと遠くへ引っ越したわ、位の軽いのりすらあった。
チエコさんは
「お父さんがいらっしゃるならあちらに行くのも悪くないわね」
と言っていた。
飼い主も
「父をお願いね」
と答えていた。
オトウサンが雛節句に逝き、それから4ヶ月後の七夕に、チエコさんが旅立った。
夏が過ぎる頃、晴れ渡った青空を見上げながら、飼い主はポツンと一言
「チエコ姉さんはきっともう逝っちゃったんだね」と言った。
知らせはまだ何も来ていないのに、彼女はアタシを抱き締めると、
空を見上げたままじっと動かなかった。
あとからあとからこぼれ落ちる涙でアタシの頭がびしゃびしゃになっても、
なお溢れる涙を拭おうとはせず 声もたてずに動かなかった。
アタシはどうしていいかわからずに、
少し伸び上がるといつものように滴を舐めた。
普段だったらすぐにくすぐったいと言って笑い出すのに、
どれだけ舐めても何も言ってはくれなかった。
どの位そうしていただろう。
気が付くと辺りはもう真っ暗で、昼間鳴いていた蝉は陰をひそめ、
かぼそい蟲の声が聞えてきた。
いつの間にか真っ暗になってしまった部屋の電気もつけずに
彼女はオトウサンの位牌のある仏間に入っていくとお線香をあげた。
チエコさんのお通夜は、
チエコさんの家族の全く預かり知らぬ所でも密かにとり行われた。
列席者は飼い主とアタシだけだったけど。
正式な知らせが息子の太郎さんから届いたのは12月に入ってから。
喪中の知らせだった。
彼女は何事もなかったかのように葉書を受け取ると、状差しに入れた。
あれから7年、
今でも部屋にはチエコさんが自ら注射の日を書き込んだピカソのカレンダーが
めくられることもなく飾られている。
そこだけ時が止まっているのかもしれない。
過去に固執しているわけではない。
未練でもない。ただ、
何かある度に彼女が数字の下に引かれた線を見ては
自分に呪文をかけているのをアタシだけが知っている。
それは儀式なのだ。くじけない為の。
そう、飼い主がめげなくなったのは、あの時からだったような気がする。
アタシの写真を見て
「この子の為に生きてあげなさい」
と言ってくれたチエコさん。
同じ七夕に旅立つなんて、ほんとに縁があったんだわ。
(続く)
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