星になったアタシ…天国から愛を込めて

ブログの調子が悪く、メッセージを下さっている方、未だに読めませんm(_ _)m

エッセイ『アタシの愛した飼い主』

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残された命があと1年、と言われたのが今年の正月。その時から、書きためてました。
半年しか飼い主のそばにいられなかったけど……
これは飼い主への置き土産ってとこかしらね
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            ※

  季節が冬から春になり、雛節句が終ったある日、たった一度だけ、
 飼い主が電話で死後の世界の話をしているのを聞いたことがある。
 だから相手がチエコさんだとすぐにわかって、
 アタシはばれないように近付くと伏せをして聞耳を立てた。
  飼い主は、オトウサンが逝ってしまったことを報告していた。
 難病にかかったことがわかってから僅か3ヶ月、
 しんどいと言って入院してから1ヶ月もたたないうちに、逝ってしまったのだ。
  そんな話しをしているのに、ふたりの間に暗い空気はまるでなかった。
 ちょっと遠くへ引っ越したわ、位の軽いのりすらあった。
 チエコさんは
  「お父さんがいらっしゃるならあちらに行くのも悪くないわね」
 と言っていた。
 飼い主も
  「父をお願いね」
 と答えていた。

  オトウサンが雛節句に逝き、それから4ヶ月後の七夕に、チエコさんが旅立った。
  夏が過ぎる頃、晴れ渡った青空を見上げながら、飼い主はポツンと一言
  「チエコ姉さんはきっともう逝っちゃったんだね」と言った。
 知らせはまだ何も来ていないのに、彼女はアタシを抱き締めると、
 空を見上げたままじっと動かなかった。
 あとからあとからこぼれ落ちる涙でアタシの頭がびしゃびしゃになっても、
 なお溢れる涙を拭おうとはせず 声もたてずに動かなかった。
  アタシはどうしていいかわからずに、
 少し伸び上がるといつものように滴を舐めた。
 普段だったらすぐにくすぐったいと言って笑い出すのに、
 どれだけ舐めても何も言ってはくれなかった。
  どの位そうしていただろう。
 気が付くと辺りはもう真っ暗で、昼間鳴いていた蝉は陰をひそめ、
 かぼそい蟲の声が聞えてきた。
 いつの間にか真っ暗になってしまった部屋の電気もつけずに
 彼女はオトウサンの位牌のある仏間に入っていくとお線香をあげた。

  チエコさんのお通夜は、
 チエコさんの家族の全く預かり知らぬ所でも密かにとり行われた。
 列席者は飼い主とアタシだけだったけど。
 正式な知らせが息子の太郎さんから届いたのは12月に入ってから。
 喪中の知らせだった。
 彼女は何事もなかったかのように葉書を受け取ると、状差しに入れた。

  あれから7年、
 今でも部屋にはチエコさんが自ら注射の日を書き込んだピカソのカレンダーが
 めくられることもなく飾られている。
 そこだけ時が止まっているのかもしれない。
 過去に固執しているわけではない。
 未練でもない。ただ、
 何かある度に彼女が数字の下に引かれた線を見ては
 自分に呪文をかけているのをアタシだけが知っている。
 それは儀式なのだ。くじけない為の。
 そう、飼い主がめげなくなったのは、あの時からだったような気がする。

  アタシの写真を見て
  「この子の為に生きてあげなさい」
 と言ってくれたチエコさん。
 同じ七夕に旅立つなんて、ほんとに縁があったんだわ。


(続く)

No.7-3 … 18匹の蛍

            ※

  もし、相手がチエコさんでなかったら…、
 飼い主だってこれから話すプレゼントは決して思い付かなかっただろう。
 出会った翌年の夏のある日、
 飼い主は少し大きなムシ籠に入った18匹の蛍を、
 当時チエコさんが入院していた大塚のガンセンターに持ち込んだ。
  蛍の命は一夏しかもたない。
  だが、そのプレゼントを飼い主が思い付いた時、
 彼女は命の短さをチエコさんが気にするとは決して思わなかった。
 蛍狩りに行けないチエコさんに、せめて病室で蛍を見せたい一心で、
 手に入れる算段をした。
 それがあげる側の自己満足に終らなかったのは、
 貰う側のチエコさんの懐が深かったからだ。
  病院の早い消灯後、真っ暗な闇の中で、18匹の小さなお尻が、
 オレンジとイエローの少し混じり合ったような明るい光を放ちながら、
 ムシ籠の中を元気に飛び回わる。
 そのさまを
  「どれだけ眺めていても見飽きないわ」と、
 病室の公衆電話から、子供のようにはしゃいだ声で報告してきてくれた。
  看護師さんたちが うらやましがって代わりばんこに覗きにくると、
 その度に
  「友達に貰ったのよ。蛍をくれる友達なんてちょっといいでしょ〜!」
 と自慢したらしい。



(続く)

            ※

  出会ってから約2年、話せる時間はいつも限りなく少なかったが、
 かわされた会話は、世間の人がたまに会って互いの近況を報告しあうより
 よほど密で内容が濃かった。
 ふたりはある意味どちらもが役者だった。
 やがて訪れる別れを双方が理解していたのだから当然のことなのだが、
 それはいつ?
 そんな懸念はおくびにも出さず、
 芝居や役者や絵画の話しに花が咲いた。
 今にして思えばその手の話しに花が咲くのは当たり前だったのだ。
 かたやプロの脚本家、かたや元舞台女優になりたかったごジンだったのだから(笑)
  チエコさんが、昭和の脚本家として
 業界では名の通った人だったのを飼い主が知ったのは、
 実はチエコさんが逝ってしまってからかなりの月日がたってからだ。
  今、飼い主が覚えているのは
 チエコさんの顔や姿といったソトミの形ではない。
 人間の記憶はだんだん薄れていくのが当たり前なのだから
 ソトミはそんなにしっかり覚えていなくてもいいのよ、
 というのが飼い主の口癖だったので、
 記憶にあるのはチエコさんの残した言葉や、
 些細なことで喜んでくれた笑顔というより声の波長なんだそうだ。

  飼い主がチエコさんから譲り受けようとしたのは、
 生きていくことへのパワーそのものかもしれない。
 凄い精神力の持ち主だったチエコさんは、
 副作用にかなり強い吐気を伴う注射を定期的に打たねばならず、
 当時1本2万円もする金額もさることながら、
 吐気のひどさにドクターは毎回どうしますか?
 と必ず念押しする治療を受けていた。
 あまりの吐気から注射を拒み、
 家族に説得され続ける患者も少なくない中で、
 チエコさんの場合は一言
  「吐気は起こしませんから大丈夫です」
 と言ったらしい。
  「自分で起こさないと決めたので起きません」と。
 週1の投与を8回繰り返すサイクルで、
 実際、吐気に襲われると申告するのはたいがい8回目だった。
 こんな人はあなたぐらいだと医者の方が感心するよりあきれ返ったという。
 8回が終るとしばらく休憩を入れ、また開始する。
 回を重ねる毎に吐気に襲われるタイミングは少しずつ早まっていった。

  生きていくことへのパワー、
 それは飼い主が人より弱かったわけでは決してないと思う。
 ただ、あの頃、飼い主は本当に疲れていたのだ。
 バッテリーが切れる寸前だった。
 ぐっすり眠りたかっただけだと思う。
 だから常用していたハルシオンを大量に飲んでしまっただけなのだ。
 眠りたい一心で…。
  もしあの薬が初めてで、山積みの薬を全て飲み込んでいたら、
 飼い主は永遠に眠りについていただろう。
 だが肉体はかなり慣れていた。
 それに全てを飲み込む前に倒れてしまっていた。
  死神に見放された彼女は、2日後に目覚めた。
 チエコさんに電話を入れた飼い主が、何を言われたのか、
 あるいは怒られたのか、詳しいことは教えて貰えなかったけれど、
 アタシの元へ帰ってきた彼女は一言
  「ゴメンネ」と言って強く強く抱き締めてくれた。
 そりゃそうだ!
 飼い犬があとに残される程、悲劇なことはないのだから。


(続き)

             ※


  ウチの飼い主の知り合いは多彩な顔ぶれが多いが、
 そのひとりに脚本家のチエコさんがいる。本当は過去型が正しい。
 というのはもう亡くなっているからだ。
 七夕の夜に星になりに旅立ってしまった。
  (命日がいっしょだなんて光栄だわ!)

  人なつこい性格の飼い主は、どこに行っても誰にでもすぐ馴染むので、
 友達知り合いは実に多いが、
 チエコさんとはなんと入院先で知り合ってきた。
  彼女のように直感で生きているタイプにとって、
 初めて話す相手に惹かれてしまうことは多々あるらしい。
 相手の吸引力の赴くままに近寄ったら、
 生涯付き合っていきたい人に到達してしまうんだと。
 チエコさんもそんなひとりだった。
  チエコさんは、飼い主が2日後には退院という日に転院してきて、
 個室が満員だったので臨時に6人部屋にやってきた方だ。
 病室に入るとすぐ、ベッドの回りをカーテンで囲われたから
 (陽の光が駄目だった)話す機会は全くないまま別れるはずだった。
  それが後日、通院した飼い主と廊下に出てきたチエコさんは
 鉢合わせになり、改めて挨拶をかわしたのだ。
  何の話しから、互いの掘り下げた話しをするに至ったのかは知らないが、
 魂が呼び合う相手は確かにいるんだな、と思う。
 もっともそれは人間の男女に限ったことではないんだけどね。
 年齢はひとまわり以上チエコさんが上だったし、
 出会った時は職業なんぞは全く知らなかったから
 もちろんファンでもなかったし、でも、
 友達になるのに時間はかからなかった。
  いくらその日、チエコさんの気分がよいとは言え、
 病状は一般のそれとは訳が違っていたので、
 凝縮された短い時間はあっと言う間に過ぎた。

  チエコさんはセン癌の末期だったのだ。
 告知も受けていたし、
 自分に残された時間をとてもよく承知している方だったから、
 それを知ってしまった年若い者が絶句して
 表情に困るなんぞという無様な姿を見せなくて済む相手だった。
 抗癌剤の副作用で頭に巻いたネッカチーフですら
 とてもお洒落だったので、
 若いときはさぞかしカッコがよくて人目を惹いただろうと思わせた。
  互いの趣味や生活レベルの情報交換は
 何もしていなかったにも関わらず、
 ふたりが感動したモノは申し合わせたように一致した。
 真ん中に鏡が存在して、
 自分の姿が写っていたのか、
 はたまた鋭い嗅覚を持っていて自分と同じ臭いをかぎ分けたのか、
 恐らく両方だったのだろう。


(続く)

            ※


  アタシが飼い主に出会った時、家にはそれこそ山のような蔵書があった。 純文学からサスペンス、果ては漫画に至るまでありとありゆる書物が溢れていた。
 それは、のちに居を移す度ごとに必ず、
 段ボール何十箱分に相当するのか分からない紙の山となって、
 いっしょに移動されてきたのだが、
 飼い主がプー太郎時代、
 アタシを養う為に、次々とそれは「Book off」行きになった。
  最後に残ったモノは、心底お気に入りとして登録でもされているようなモノばかりで、
 その中には今でもひっそりと『星の王子様』が挟まっている。
  さすがのアタシもあれには手出しはしなかった。
 だって、あれはアタシにとってもバイブルだもの。
 何の?と聞かれると、ちょっと返答に困るけどね(^_^;)


  注)アタシの手だしとは…?
     本棚からハードカバーのタイプを引きづりだし、まず表紙を外す。
     次にベッドまで持っていき、一枚一枚、ビリビリと破き、
    布団の上にばら蒔く。
     更に時間が余った時は、その上で昼寝をして飼い主の帰りを待つ。


  アタシも飼い主同様、本は大好きなのだ。
 但しアタシの場合は、枕としての有効活用だけどね…(^_^;)


(続く)

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