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今回は、マリの家について紹介します。特に文化人類学的な訓練を積んでいるわけではありませんので、誤認していることもあるかもしれませんが、ご了承ください。
マリの村落は、十数の共住集合体(家長を頂点とし、3世代程が一緒に住む家屋敷、フランス語ではconcessionと呼んでいますが、なかなか日本語にしにくいです)から成る小さな集落、更には百を越える共住集合体による大きな集落からなっています。 下図の様な土塀で囲まれた家屋敷をバンバラ語では、『ドゥ』と呼んでいます。このようなドゥが複数集まり、村落(ドゥグ)を構成しているわけです。
ドゥには、日陰を与えてくれる大きな木が植えられており、穀物倉庫、鶏小屋、隅には家畜小屋などもあります。
右写真は穀物倉庫です。
家の造りは、以前は円形でしたが、近年は四角形が多くなってきました。
家を作る材料は、泥に藁や家畜糞などを混ぜた日干しレンガです。 屋根も梁に草木などによる藁ぶきでしたが、現在では少しずつトタン屋根に変わってきています。
上の写真が日干しレンガを作っているところです。下がドゥの中の様子です。この家族は、かなり大きなドゥです。
生活の基礎単位となるのは夫婦と子供ですが、ドゥは数世代の親族集団が同居する父系(男系)血縁集団です。 ドゥでは、家長(バンバラ語でドゥ・ティギと言います)が絶対的な権限を有していて、例えば息子や孫がここから出て行こうとする時など、家長の許しがなければ他へ移ることができません。 家長の指示に従わなければ、日本的に言えば勘当に当たるようです。この他、収穫物の分配や管理、家計など全て家長が権利と義務を有しています。そして家長が亡くなった場合など、この権利は年齢の順に継承されます。家長の弟、長男などの順です。
成員が結婚しても同じドゥ内に居住しますが、このドゥが手狭になると長男以外の家族が近くに独立し、生活します。しかし、食事は必ず家長の居るドゥで行い、穀物倉庫も家長のドゥにしかありません。
兄弟姉妹の序列は、性別に関係なく年齢順です。また、母親が異なっても同様です。マリでは、複数婚が認められています。
また近頃、法律が改正され、非嫡出子の権利も認められるようになり、相続権があります。非嫡出子は宗教上も認められていないのでこの法律に際しては、イスラム教指導者からも猛反対がありましたが、最終的に法律化されました。
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マリの習わし・社会
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今日は朝から湿度が高いなと思っていたのですが、雨は降らないと思っていましたが。
どうでしょうか。
今急に、雷が鳴り出し、あわてています。
というのも、停電の危険があるからです。
今回は、礼儀的なものに関する習わしです。
・人と道ですれ違う時にタバコやコーラの実を先に出す人は高い教養の持ち主の証となります。
・同じ道を歩いている時は、老人を追い越さないように歩調を老人に合わせることも同じく教養の高さを表します。
・道で出会わした老人に道をあけるために立ち止まり、脇によることも高く評価されます。老人に対する親切、尊敬する行為だからです。
・誰かと話をする時、口の中にあるものを吐き出すことは許されますが、唾を吐くことは時として人を侮辱することになるので差し控えなければなりません。
・訪問者が帰る時は家の敷居まで送らなければならなりません。
この時は、主人が出口まで訪問者の前を歩かなければなりません。 また、家の門から数歩訪問者と一緒に歩くのは、訪問者に対する友情の証でもあります。 (訪問者の帰宅に関する習慣の起源はかなり昔にさかのぼっているようです。ある民族において、有力者はそのボディーガードに玄関を任せており、好ましからぬ訪問客が玄関を出ようとすると、ボディーガードが滅多打ちにしたようである。また、何らかの理由でその訪問客を暗殺したい時は、訪問客を自分の前を歩かせ、ボディーガードに暗殺するようにサインを送ったとの話もある。)
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毎日暑い日が続いています。
5月のマリは1年のうちで最も暑いのです。日本の8月の最高気温が毎日続くと考えると理解しやすいかもしれません。乾燥していて湿度は低いのですが、さすがに体温を越える気温はきついです。
手に触れるものが熱いでのす。ゴザに寝転んでも体に触れるところが暑いのです。 扇風機などで風が来るとこの風も熱いのですが、体の汗が気化する時熱を奪うため涼しくなります。
また、足元にも濡れぞうきんを置いて、涼んでいます。 今日昼前に30分程雨が降りました。これで少し涼しくなるかもしれません。
南部の地方ではもうかなり降っていますが、セグーでは今月3度目です。 タイのバンコクのことが毎日ニュースに流れています。事態が最悪化しているようで心配です。 死傷者が300人を越えているようですね。
日本もこの事態の沈静化にもっと積極的に行動すべきではないでしょうか。 さて、今回は会話についての慣習です。 ・殆ど全ての民族で、貴方と私の様な丁寧な言葉づかいは、お互いの社会的地位がどうあれ2者間の会話の中では使われない。マリにおいても例外ではなく、全ての人は馴れ親しんだ調子でお前、私と呼び合う。
・老人たちの中に青年たちも居る場合では、青年は勧められるた時以外、発言することはできない。
・独身者の場合、彼らの出席を許可された時を除き、既婚者が招集され、重要な決定事項が行われる集会には参加することはできない。
・老人たちはその経験の豊富さから、彼らの持つ人生に関する知識をいつも他者に伝えている。この様な時でも、ある家族に関する問題が長老たちによって話し出された場合、若者たちは直ちにその場から離れなければならない。
・青年は老人の前で不作法な声を出してはならなし、老人たちの面前で大声を出さないように気を付けるべきである。さもないと共同体から排除されることになりかねない。
・老人に対して公然と反対意見を言うことは厳しく糾弾される。老人が間違っていると思った時は『我が父よ、お前の世代の者が持つ知識に間違いはありえないし、お前は正しい。が、事が正しいと思われようが、真実に反することを言ってはいけない。』そして、問題となっている話題についてその人の適正な意見を述べる。
マリ人は、皆の前で批判されることを嫌います。ですから集会などが終わってから本人のみと話をすることもあります。
・集会においてある事件に関する問題を解決しようとする時、通常最も若い者が最初に自分の意見を述べなくてはならない。若い順に全ての参加者が自分の意見を述べ、意見を締めくくる最終判断を下す時に、年長者は意見を述べ解決策を出す。
長者へのレスペクトが最も大切なことです。
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今回は、挨拶に関わる習わしについてです。
通常、如何なる場所でも如何なる時でも年齢の若い者は年長者より先に挨拶します。また握手の時、相手より先に手を出すことは高い教養の証である。
・相手に対して挨拶する時、その挨拶の長さと相手に対して行われる握手の数は尊敬の基準できまる。 ・集会などで数人と出会った時は、自分の年齢とか自分と同等の社会的地位の者に誰よりも先に挨拶する。挨拶された人たちは彼に返答しなければならない。
・朝、体や顔を洗った後、家族全員が、部屋で休息しているかまたは中庭の中央に陣取って座っている長老のところに順に出かけ、男性は体を傾け、女性は跪くか跪座して、長老がより長く生きて家族と一緒に居て下さるようにお願いし、挨拶する。
・自分より年配者に対し座っている席を譲るのは義務である。年配者の前とか年配者と同列で歩いてはならない。但し、年配者自身が呼んで座らせた場合はこの限りではない。同様に女性は、男性に座っている席を譲らなければならない。
・男性と女性が一緒に道を歩く場合、女性は絶えずその男性の後ろを歩くべきである。
・女性が道で他の男性とすれ違う場合、女性の方から挨拶すべきである。女性がかなりの年配者の場合はこの限りでなく、“お婆ちゃんを意味するバコロ”と呼びながら挨拶する。
・若者が老人の集会の前を通り過ぎる時、サンダル(村落では一般に履物と言えばサンダル履きである)が放つ土埃を避けるため、また尊敬の念を表すため、事前にサンダルを脱ぎ裸足になる。そして誰ともなく年配者に挨拶する。
・同様に女性の場合、その年齢に関係なく、サンダルを脱ぐだけでなく、謙遜と慎み深さを表すため跪き顔を隠さなければならない。
・家に入る時、履物を入口のドアの処に置かなければならない(都市では靴のまま家の中に入ってる)。しかし、被り物を取ることは義務ではなく、着けたままでも不敬とは見なされない。
・如何なる場合も義理の両親の世話をするのは、義務である。以前は義理の両親が現れるまで食事を取らなかった。この伝統はプール族にまだ残っている。
・働いている人に会った時は、年齢に関係なく“お疲れ様を意味するイニセ ゲンという言葉を短縮したイニセ”と挨拶する。
少し日本の昔の慣習を思い出させるものだあります。
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マリのバンバラ社会の習わしや文化について少しずつ書いていけたらと思います。
一つ基本的なことは、年齢が尊敬の基準となり全てに優先するようです。年長者に対する尊敬の念が強いようです。
まずはじめに、食事に関することから少し。
・食事は、基本的には男性と女性が別々な容器から取ります。イスラムの影響なのかそれ以前からかは不明ですが。現在でも村の場合は男女が分かれて食事をしますが、町に
右の写真にあるように、皆で一つの器から車座に容器を囲み、右手で食事をするのが一般の風景です。
・会食者のうち最年長者が容器の中に右手を最初に入れ、他の会食者もに「ビスミライ」と言って、食べるように促されるまで食事に手を付けることはできない。
・食事の間は、最も若い者は年長者に対する尊敬の意と容器のバランスを保つために、その容器の端に左手を置き動かないようにするのが良いようです。
・若者は、話しながら食事をしてはならず、他の会食者に視線をやってはならない。従って若者は、食事が終わるまで視線を容器の中に留めていることになります。また若者は、中央に置かれた肉料理に手を付けることを差し控えなければなりません。家族の長が若者の前にその肉料理を分け与えるのが礼儀なのです。
*肉に限らず、魚などメインのおかずは主人が分けるようである。しかし、現在では殆ど守られていないことが多いように思います。 ・容器の食事をきれいにたいらげない方がいい。そうしなければ手の小さい幼い者たちは、大人が大きな手で若者たちのことも考えずたらふく食べたので、自分達は食べることができなかったと思うからだそうです。
*我々の感覚では、食べ残すのは失礼にあたるのではないかと、最後まで食べてしまいそうであるが、残しておくことが大切なのです。 ・食事の終わりには食事の始めと同様に、会食者たちはその年齢順に手を洗います。食後に飲み物を出す時も同様。年長者が口をすすぎ最初に喉を潤します。飲み物は、年長者から若者へと回されます。
・各々は、家長にバンバラ(バマナン)語で『ア バリカ(感謝)』と告げ、これに対し家長は『ア バリカアレ(神への感謝)』、料理を作った女性へは『イニ グア(お前の料理は美味しかった)』と伝えるそうです。
これに対して彼女は、『ゴウアチグイ イェ アレ(それは神のおかげです)』、または『グア マ ディヤ(お粗末でした)』。とのことですが、バンバラ語が分からないせいか、殆ど聞いたことはありません。
大変おいしかったは、ア ディヤラ イェレデェだそうです。
・最後に、食後の「げっぷ」は美味しく一杯食べたという現れで不作法にならないようです。しかし食事とは関係ありませんが公衆の面前で「屁」をすることは人望をなくすほどの不作法に当たるので注意が必要とのことです。
以上
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