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全書 殺報転輪記 荒木又右衛門36人切り(1)



全書殺報転輪記

■解読文■

●1P●

抑小牧長久手の陣といふハ、豊臣秀吉」

公亡君の仇明智光秀を打亡し給ひしより」

おのつから天下の諸候帰伏して権勢つよく」

さしもの柴田勝家も一戦に亡ひ神戸信孝も」

御生害なれは北畠信雄(織田信雄)の家老津川玄蕃」

吉田長門の守、浅井田宮丸秀吉公へ」

■読み下し文■

●1P●

そもそも小牧長久手の陣と言うは、豊臣秀吉」

公亡君の仇明智光秀を討ち滅ぼし給いしより」

自ずから天下の諸候帰伏して権勢強く」

然しもの(流石の)柴田勝家も一戦に亡び神戸信孝(織田信孝)も」

御生害(自殺する)なれは北畠信雄(織田信雄)の家老津田雄春、」

岡田重孝、浅井田宮丸(ら)秀吉公へ」

■解読文■

●2P●

心をよせ謀反の聞へありし故、三人を召寄」

討取給ひしにより、夫より無楯に相成信雄」

卿徳川家をたのミ給ひし処、信長公御入魂のちなミ」

なれハおん見継申へしと御同心有り、尤池田」」

勝入、森武蔵守、堀久太郎へも御頼ありけれ共」

承知なく皆々太閤の御味方ニ参られ先手え」

すすんて尾州表江攻かかり中にも池田勝入」

犬山の城を乗取しかは信雄卿急ニ用意を」

なし徳川家を招き給ふ、家康公宣ふハ小」

牧山ハ尾張の国真中にて要地也、是へ打て出」

 

■読み下し文■

●2P●

心を寄せ謀判の聞こえ有りし故、三人を召し寄せ」

討ち取り給いしにより、夫より無楯にあい成り信雄」

卿、徳川家を頼み給いし処、信長公御入魂の因み」

なれば御見継(を)申すべしと御同心有り、尤も池田」

勝入、森武蔵、堀久太郎へも御頼み有りけれども」

承知なく皆々太閤の御味方に参られ先手へ」

進んで尾州表へ攻かかり、中にも池田勝入」

犬山の城を乗っ取りしかは、信雄卿急ぎに用意を」

なし徳川家を招き給う、家康公(が)のたまわくは小」

牧山は尾張の真中にて要地なり、ここへ打つて出」

■解読文■

●3P●

城を構ひ秀吉下向せは対陣すへしと小牧山」

備ひ給ふ、此時秀吉公十二万の大軍ニ而天正十二」

年三月廿一日大阪表御出馬にて同廿七日犬山」

へ着陣なり、爰において池田勝入此時秀吉」

公へ申上けるは徳川勢数を尽して小牧山に」

出張いたし候へハ、三河国無勢成へし不意に」

三州江おしよせ岡崎を乗取らは小まき勢」

敗軍すへしと手立を申上其上篠木」

柏井のものどもを一味のむね内通仕ると申」

上れハ、秀吉公聞し召れ其謀よしと」 

 

■読み下し文■

●3P●

城を構え秀吉下向せば対陣しべしと小牧山」

備え給う、此の時秀吉公十二万の大軍にて天正十二」

年三月二十一日大阪表を御出馬にて同二十七日犬山」

へ着陣なり、爰において池田勝入此の時秀吉」

公へ申し上げるは徳川勢数を尽して小牧山に」

出張いたしそうらえば、三河の国無勢成るべし不意に」

三州へ押し寄せ岡崎を乗っ取らば小牧勢」

敗軍すべしと手立てを申し上げ其上篠木」

柏井の者共を一味の旨内通仕ると申し」

上げれば、秀吉公聞きし召され其謀よしと」

■解読文■

●4P●

いふとも家康公は若手の名将と信玄もほ」

やしほとのもの也、定而用心有るへし東三河」

を少々放火し軽く引取敵をあなとる事」

なかれ、尤間者を用ひる事を御下知有し事」

池田勝入はひとへに最上の謀なれハ自慢」

にて遠見間者の沙汰もなく聟なれば森」

武蔵守をともない池田勝入子息紀伊の守」

之助父子一万二千余騎也、三ばん堀久太郎」

秀政九千余騎、三好孫七郎、秀次三万六千」

騎都合四万五千騎にて七久手を打過おし」

■読み下し文■

●4P●

言えども家康公は若手の名将と信玄も褒めし」

程の者なり、定めて用心有るべし東三河」

を少々放火し軽く引き取り敵を侮る事」

なかれ、尤も間者(スパイ)を用いる事を御下知有りし事」

池田勝入は偏に最上の謀なれば自慢」

にて遠見間者の沙汰もなく聟なれば森」

武蔵守をともない池田勝入子息紀伊の守」

の助父子一万二千余騎なり、三番堀久太郎」

秀政九千余騎、三好孫七郎、秀次三万六千」

騎都合四万五千騎にて七久手を打過ぎおし」

■解読文■

●5P●

わける、徳川勢の遠見の者此よしを注進す」

家康公(は)謀をめくらし給ひ五千余騎にて密」

かに小牧山を出張あれハ大須賀五郎左衛門、榊原」

式部七頭の軍勢小畑の城を打て出上ミ方」

勢の後に付て押かける、是敵をやりすごし」

却而後より討の謀なり森、池田の両勢斯とハ」

しらす徳川の居城を乗取り功名をせんと」

道を急きけるに後陣に備ひたる三好秀」

次の勢、榊原、大須賀の二手におもひもよらす」

小畑村より打て出られ大におとろく所を此」

■読み下し文■

●5P●

わける、徳川勢の遠見の者このよしを注進す、」

家康公は謀をめぐらし給い五千余騎にて密」

かに小牧山を出張あれば、大須賀五郎左衛門、榊原」

式部七頭の軍勢(は)小畑の城を打ち出て上方」

勢の後ろに付いて押しかける、これ敵をやりすごし」

却って後より討つの謀なり、森、池田の両勢かくとは」

知らず徳川の居城を乗っ取り功名をせんと」

道を急ぎけるに、後陣に備えたる三好秀」

次の勢、榊原、大須賀の二手に思いもよらず」

小畑村より打ち出られ大いに驚く所を此」

■解読文■

●6P●

手の先勢坂部三十郎久世三四郎足軽を」

左右に立鉄砲をしきりに打かけれハ、」

秀次の備へみたれて一たまりもなく敗軍」

しければ徳川ぜいいさみほこりて長久手」

へ追行二手に別れて追討ける、堀久太郎」

秀政は三はん備へにて岩崎山に陣を立」

居ける所に後軍の秀次軍にまけたりと」

聞て池田、森方へ注進し備ひ堅めて」

敵をふせがんと下知をなし馬乗一人を」

打とりなハ加増百石出すぞと申渡しける故ニ」

■読み下し文■

●6P●

手の先勢坂部三十郎(横須賀衆)久世四郎(横須賀衆)足軽を」

左右に立て鉄砲をしきりに打ち懸ければ」

秀次の備え乱れて一たまりもなく敗軍」

しければ、徳川勢勇み誇りて長久手」

へ追い行き二手に分かれて追い討ちける、堀久太郎」

秀政は、三番備えにて岩崎山に陣を立て」

居ける所に後軍(の)秀次軍に負けたりと」

聞きて池田、森方へ注進し備え堅めて」

敵を防がんと下知を成し馬乗り一人を」

討ち取りなば加増百石出すぞと申し渡しける故に」

■解読文■

●7P●

足軽共いさみ進んで待所に勝ほこつたる徳川勢」

追討に進み来るを堀久太郎采配を取て五千」

騎一度にどづと討てかかり鉄砲雨ごとく」

打出しける、榊原式部馬上に長刀を持て返せ」

々々と呼はり防々戦ける、大須賀五郎左衛門大刀」

なれば大身の鑓をひらめかし大勢の中江欠」

入て戦ひしが徳川勢二百八拾人討れやうやう」

に引取る、堀勢備ひを乱し追かける跡へ」

井伊万千代思ひもよらぬ山のうらより鉄ほふを」

 

■読み下し文■

●7P●

足軽ども勇み進んで待ち所に勝ち誇りたる徳川勢」

追討ちに進み来るを堀久太郎采配を取りて五千」

騎一度にどっと打ちて懸かり鉄砲雨の如く」

打ち出しける、榊原式部馬上に長刀を持て返せ」

返せと呼びしが防ぎ防ぎ戦いける、大須賀五郎左衛門大刀」

なれば大身の鑓をひらめかし大勢の中へ欠け

入りて戦いしが徳川勢二百八拾人討たれやうやう」

に引き取る、堀勢備えを乱し追いかける後え」

井伊万千代思ひもよらぬ山のうらより鉄砲を」


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