|
こんにちは 火はほんとうに魅力的です。 これは朝、法音寺さんの前を通ったらこんな準備がされていました。 ずっと道の両側にこんなふうに火が焚かれます。 これはお精霊(おしょらい)さんをこのお寺に導くためです。 本堂では、親火が焚かれ、護摩木が燃やされ、お経が読まれます。 まりもんちのすぐねきの法音寺さんに7時前に行ってみました。 まだ明いのに、人だかりができています。 あ、これは誰がどこの大文字の火床に、火をつけるか示した図ですね。 名前が書いたあります。 親子や家族も結構、やはるみたい。 火をつける人は、背中に「大」の白抜きの青いハッピ?を来ています。 暗くなり始めて、少年達が親火から火をもらい、道の薪につけていきます。 さて、みんな親火から火をもらい、おたいまつを持って、 いちばん大きなおたいまつが来るのを待っています。 しかしそれにしても、、、暑い!熱い! こんだけ火があったらもう、相当熱い。 おたいまつでもこれだけ熱いのに、真夏の燃え盛る火事は熱かろう、、、。 消防の人も来てますが、 火に近寄るなとか言いません。 みんな火から一切逃げません。 熱つうてしゃあなのに、よけようとしません。 やけとしそうや。。。。 これが大きなおたいまつです。 火の粉、いっぱい飛んでます。 みんなそんなん平気です。 さあ、お山に向って出発。 いま、私たちはおショライさんと一緒にいます。 おたいまつの火と一緒に大文字まで歩きましょう。 約300メートルほどかな、、、山の入り口まで。 マラソンみたいに沿道の人がたくさんいます。 中には火に手を合わしたはる人もやはります。 まりもは沿道でなく、火と一緒に歩きます。 なにかこう、、、、興奮という、たかなりでもなく、 霊を送るという、湿っぽさもなく、、、 規則的になる先頭のドラの音が なんともいえない不思議な感じを増します。 少年達も何人かいます。 若いうちからお祭りや、このような行事に参加することは しっかりとしたアイデンティティ形成に役立つことでしょう。 さあ、山の入り口までで、一般のまりもたちはもうついて行けません。 大文字さんが見えるスポットを探しましょう。 そのへんの民家の間の通りです。 ほら、、、さっきの少年達がおたいまつを持って、 自分の担当の火床に歩いていますよ。 また、あのドラが、カ〜ン、カ〜ンと鳴って 「大」の文字に火がともりました。8時15分 20分ほど ともってるらしいです。 お盆に帰ってきゃはってたおショライさんは、 あの、まりもの見た火で、、お見送りされはりました。 ほんとうに火は魅了的です。 あんなに熱い。 あんなに明い。 体の中の何かに染み渡ります。 そして、みなさん、 あの火は、 電気もガスもいりません。 石や木をこすって火をおこせるのです。 私たち人間は、 その自然の火をまねして、 電気やガスを作ったんです。 この夏の熱さも、あの太陽の周りが 大文字にともった火と同じ、火の炎におおわれているからです。 私たちは太陽の周りを回る地球の火や水に、 霊を見、神さんを見ることができるのです。 大文字さん、、、、火はええもんどすな〜。 まりも
|
五山の送り火アラカルト
[ リスト | 詳細 ]
|
コンニチハ ようやく真夏らしくなっていますね。 今日はまりもの家のすぐねきにある、「法音寺(ほうおんじ)」を ご紹介します。 ここです。 西大路通りのもう一筋東の通りにあります。 もうすぐそこに大の字が見えます。 まりものバイクは右側のです。 ちらほらと、塔婆を書いてもろて奉納しに来たはる人らがやはりますね。 むむ、、、、なになに、、、 「本寺は左大文字の発祥地、旧大北山村の菩提樹寺でもある。 毎年8月16日の朝、本寺において「施餓鬼会(せがきえ)」が行われ そのとき焚かれた火が左大文字の親火となって点火される、、、、」 ふ〜ん。 ここは人が普通に住んだはるおうちでもあるみたいです。 表札が上がってますから。 ああ、あそこに大文字のポスターが貼ってありますね。 その右のほうには 「菩提樹山(ぼだいじゅざん)」 と掲げられた本堂があります。 もうそれ以上中にはよう入らんかったけど、 本堂の中の仏さんに手を合わせて お寺を後にしました。 また16日の夕方くらいからのぞきに来ましょ。 通りに薪がたかれますよ。 それもみたいしな。 またね! まりも
|
|
|
|
は〜、今さっき、左大文字の「護摩木」を書いてきましたー。 長年京都にいますが、生まれて初めてです。 最初、「舟山」(西加茂)のふもとにあります西方寺に行きましたが、 残念ながら護摩木の受付は終わっていまして、 観光客の大変多い、「金閣寺」の方へ行きました。 左大文字の護摩木は金閣寺門前で受け付けています。 あ、あれです、あれです、あのテント。 「左大文字保存会」って書いてます。 祇園さんもそうですが、京都のいろんな行事はそれぞれ保存会みたいな会があって、 私的なお金でまかなわれていますね。 それにボランティアなんて言葉がなかった昔々の頃からの、 ボランティア(志願するの意)の皆さんによるものです。 皆さんあれこれ書いてます。油性のマジックです。 なに書こっかなあ〜。 「祈願成就」です。 きっと成就すると思いますが、もう一度ここでお願いしょ。 皆さんが幸せになりますようにって、裏にも書きましたよー。 まりもの護摩木は、後ろにある白いトラックでいっぱいになるのを待って、 皆さんの護摩木と一緒に、山の上り口に運ばれます。 ほんで、護摩木は今晩、あそこで灯になって、煙になって、空に上がって、 まりもの願いはお精霊さん(おしょらいさん)と一緒に 天まで届きます。 まりも P.S. はい、これです。 去年は加茂川の北大路橋から右大文字を見ました。 今年は、家から少しだけ歩いた住宅街から左大文字です。(お昼に来たおんなじ場所) 大文字山がすぐそこなんで、なんか、下から見上げてるっていう「大」の字です。
|
|
みなさん もうじきまた大文字です。(五山の送り火) 実家からも、私の家からも、西側の大文字はよう見えます。 「金閣寺前」より西北を臨む(2006年8月11日撮影) この時期になると、大文字を見て、ああ、もうすぐやなア〜って思いますね。 なんで、「大」の字なんか、実ははっきりわかってへんらしいです。 他のんは「妙」、「法」、鳥居、なんですが、 これらは宗教っぽいっていうのはわかりますけどね。 「衣笠校前」西大路通りより北を臨む(2006年8月11日撮影) 昔、太平洋戦争中、物資不足で、送り火が中止の時があったんやて。 食べ物もないにゃさかい、大文字どころやないわなあ。 それでも、 京都の住民や子供たちが、みんな白い服を着て、 ぉ昼間に、大文字山に登らはったそうなん。 そう。 白い服で、「白い大文字」を作らはったんやて。 なんか、泣ける話しやなあ。 私が京都人やしかな? 戦争で中止になったけど、お精霊(しょらい)さんはお見送りせなあかん、という、想いやなあ。 ほんで、戦争が終わって、平和な時が来たら、 また、灯がともるほんまもんの大文字さんを、、、、。 っていう人々の平和の願いもあったんやろなあ。 そんなご時世やからこそ、 人々の心は、 何もせえへんわけには、いかへんかったんちゃうやろか? お祭りや、色んなイベントができるのは、平和の証です。 おセンチまりも
|




