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先週末は、土曜日に発表会、日曜日にコンサートと本番が続き、
昨日月曜日はその疲れを癒そうと、温浴施設に行ってきました。 平日の夜というのに家族連れでとても賑わっていました。 春休みだし、翌日の学校に差し支えないからというのが理由でしょうか。 さて、私は食事もその施設内で済ませて、入浴前にマッサージを予約。 はじめはリンパマッサージにしようと思ったのですが、 予約がいっぱいで叶わず。 『揉みほぐし』をお願いすることにしました。 学生の頃、カイロプラクティックや鍼灸へは通院していましたし、 最近はリンパマッサージにはたまに行くことはありますが、 考えてみたら、『揉みほぐし』は初体験。 家族を待たせていることもあって、30分コースを希望。 どこが一番凝りを感じるかと聞かれたので、 「首から肩、背中にかけて」を希望し、まずは首から揉みほぐし開始。 一発目から「ぐいっ」といい感じでツボにハマり、 「いかがでしょうか?」との問いかけに 「大丈夫です。」と答えたわたし。 「もう少し強めでも大丈夫ですか?」との更なる問いかけに 「はい。大丈夫です。」と答えたわたし。 これが過ちだったようで・・・・・・http://blog-imgs-1.fc2.com/image/i/230.gif その後、「ぐいっ」「めりめりっ」とかなりきつめに揉まれるも、 「ここで痛い顔したら私の負け」http://blog-imgs-1.fc2.com/image/i/201.gifhttp://blog-imgs-1.fc2.com/image/i/201.gifhttp://blog-imgs-1.fc2.com/image/i/201.gif みたいな変なド根性がメラメラしてきて、 我慢して「平気なフリ」で耐えてたわたし。http://blog-imgs-1.fc2.com/image/i/202.gif 闘いの終盤、「きいてますかね?」との問いに、 「え、ええ。」とひきつりながら答えるわたしに、 「よかったです。これ以上ないぐらい強めにしてみましたが、 平気な顔をされているのできいていなかったらどうしようかと。 それにしても、相当凝りは酷かったです。 できる限り短時間でほぐしてみましたが、 お客様は初めてのことですので明日は揉み返しは来るかと思います。」 とマッサージ師さん。 いやいや、明日まで待たずとも、 すでに来てます。揉み返し・・・・・ しかし、我慢大会の闘いには勝ったような気がして、 ひきつりながらも笑顔で店を後にしてしまいました。 揉み返しが来ている肩で風を切りながら?・・・http://blog-imgs-1.fc2.com/image/i/229.gif 今朝、起き上がれないほどの揉み返しがやってきたことは 言うまでもありません。http://blog-imgs-1.fc2.com/image/i/282.gifhttp://blog-imgs-1.fc2.com/image/i/282.gifhttp://blog-imgs-1.fc2.com/image/i/282.gif マッサージはソフトにゆっくり受けるのがいいそうで・・・・ 今日はオフでよかった。とてもとてもピアノどころじゃないですから。 |
That's DAN
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雑談です
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通知表ネタに続き、高校受験の想い出ネタを・・・・って
思い出すのは、これしかない。 【地元集中】との闘い。。。。。。 (長文につき、時間と興味のある方のみおつきあいくださいませ) 私が中学生当時、大阪府の府立高校の通学区域は、9つの学区に分かれていました。(現在4学区) 第2次ベビーブームの時期を迎えるにあたり、どんどん学校が新設され、 各学区には10〜20校ぐらいありました。 ですが、一部を除き、新設校の人気は低く、 各学区内には伝統校をトップ校とする偏差値による格差が生まれることとなったのです。 ちなみに自分の住んでいる学区内であれば、どの高校を受験をしていいというシステムでした。 そのはずでした。 しかし、私の通っていた中学校では教職員による【地元集中】という運動が盛んで 自由に行きたい高校を受験するということが【悪】とされる偏った教育がなされました。 【地元集中】とは、まず【偏差値による輪切り】と題した絵が配られ、 「偏差値によって学校に格差が生まれることは【みなが平等】に教育を受ける権利を奪うものだ。 人間を偏差値で【差別】していいと思うのか。」 と、HRを何時間も割いての地元集中教育が行われたものです。 さて、地元以外の府立高校を希望していた私。 中3になって初めての3者懇談でこのことを私が口にしたのですが、そしたら担任の先生、 すごい剣幕で 私に「お前はHRで何を聞いてたんだよ!」 母に「お母さん、この子には人を差別するような人間になって欲しいと思いますか?」 と、怒鳴り散らしました。 母は「いえ、うちは子供の自主性に任せていますので。 即座に担任は、「あ!お母さんは子供さんの意思に任せるということですね!わかりました。」 と、攻撃対象を私一人に絞ったようで、そこから私の【暗黒時代】が幕を開けたのでした。 学校を帰ろうとしても担任に捕まり、延々と平行線な話。 最初は他にも地元以外の公立学校を希望していた生徒がいたのですが、 みんな「私学」に変更したり、妥協して「地元」に変更したり・・・ 気がついたら餌食はクラスに私ひとり・・・・ 別に地元が悪いというわけではないんです。 ただ、本人が希望する学校をどうして受験できないのか・・・ ちなみに、私たちの中学が指定する地元校は新設校ながらも人気が出て来ていて、 偏差値もアップしているところでありました。 HRの時間、「私の志望高校」とかいうお題で書いた作文を皆の前で発表することに。 あるクラスメートが 「私はみんなと一緒に地元の高校に行きたかったけれど、勉強が嫌いで苦手なので 地元の高校は受験しても入れそうにないことが分かりました。 だから私学の○○高校を受験します。でも、決めたからにはここで頑張ります。」 というような作文を読んだとき、 担任は涙ぐみながら 「ちがうだろー!悪いのはお前じゃないんだよ!お前が勉強ができないからでもない! 地元に行きたくても行けなくなったのは、高校に格差ができてしまったからなんだよ! みんながみんな、地元に行けるように先生は頑張ってるんだよ。 それなのにそういう輪を乱すヤツがこのクラスにもいる。それがどんなに残念なことか。」 「聞いてるか!Maple!お前のことなんだよ。次、お前の作文読んでみろよ。」 どうでもいいけど、担任、関東出身でした。(笑) Maple作文 「私が○○高校を志望した理由は、まず、この高校を卒業した先輩たちから、 いかにこの学校が個人を尊重し、自由でみんな楽しく学べる場であるかということを聞き、 興味を持ったことがきっかけでした。 それから、文化祭にも行きましたが、生徒みんなで作っている手作りな文化祭が素晴らしく、 合唱コンクールも劇も本格的で感動しました。・・・・」 担任 「ちがうだろー!お前はちょっとでも偏差値がいい学校に行って優越感を味わいたいだけなんだよ。 それで、みんなを見下したいんだろ? だいたい、地元の高校の文化祭だって行ってみたのかよ?地元だって楽しいぞ。 みんな一生懸命やってるんだよ。」 終始この調子。。。。。 挙げ句の果てに、「地元集中」を推進する学年集会で、 後ろの子に「なぁなぁ。」と声をかけられ後ろを振り向いた瞬間、 担任がすっとんで来て私のセーラー服の襟を引っ張りながら引きずり出し、 500人近い学年全員の前で私一人前に立たせ、 「お前みたいなやつのためにやってる学年集会なんだよ。お前が聞いてなくてどうすんだよ。 みんなの前で謝れよ。」 と、【つるし上げ】をされたのをきっかけに、 次の日から学校行くの止めました。 ちょうど文化祭も終わっていたので、クラスの誰にも迷惑かけることないし、いいや、と。 内申書のこともあるので定期テストだけは、受けに行きましたけど。 周りの友達は、担任のやり方はあまりにも酷かったため、 本心はどうだったか分からないけれど、表向きは「担任と闘う私」を応援してくれてた子が多かったです。 地元以外の府立高校をあきらめちゃった子は特に、「頑張って。絶対曲げないで。」と。 「Mapleちゃんが先生に負けて地元に志望校変えちゃったら、誰か一人地元に行けなくなるし。」と 複雑な意見を言ってくれるクラスメートもいましたが。 さて、いよいよ願書を出す時になって・・・・ ツライことに、府立高校の願書は自分の中学校でしかもらえず、 中学校が封をして受験校に提出することになっています。 みんなは願書提出開始日に一斉に提出しに行ったようですが、私はその時はお呼びがかからず。 提出期限間際に、学校に電話して願書を書かせてください。と、久しぶりに登校しました。 職員室にて、しばらく不登校を続けている私に、 「まだ気持ちは変わらないのか。」と言ってくる担任。 「変わりません。」と私。 「お前、自分の内申の点数わかってんのか?受けてもどうせ受からないよ。」と脅迫してくる担任。 「落ちてもいいから自分の希望する高校を受験します。」と私。 それでも願書を出ししぶっている様子の担任を見かねてか、 数学の担当だった先生が 「××先生、もうええやないですか。Mapleの行きたい学校に願書出させてやりましょうや。」 と言ってくれて、願書を無事書き終えることができました。 その先生、 「いらん心配せんでええ。精一杯頑張ってこいよ。」と背中を押してくれたんです。 すべての先生が、みんな敵じゃなかったんだ、と思ったら、涙が止まりませんでした。 今も思い出したら泣けてきました・・・ 結果、私は自分の行きたかった高校に合格することができ、 ツラカッタ暗黒の【地元集中】の闘いの舞台から下りることができました。 結局、内申点ってどうだったんだろう? これだけ担任に嫌われて、いじめられて、不登校して・・・ もしそういうので内申点が本当に悪くなるのなら、 志望校には合格できてなかったと思うのですが・・・・未だ謎です。 そして【地元集中】自体、1990年代には父兄の反発がきつくなって衰退したようです。 学区が広範囲になり、より選ぶ学校の選択肢は広がった大阪府公立高校。 時にまだ「市内にもいい学校あるんだけどねぇ。」という先生の話は聞きますが、 【地元集中】という言葉自体、もう使われなくなっているようです。 できれば、親にも一緒に闘って欲しかったと思いますが、 頼りない母、仕事で忙しい父・・・・ 自分で闘うしかなかったですかね。 最近では、一部の父兄の力が強すぎて、先生の威厳がなくなってきているという 逆の心配もあったりしますが・・・ 子供の将来に関わる進路指導。 個々に【公平】に行っていただきたいものです。 長文におつきあい下さり、ありがとうございました。
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夫とは結婚10年。知り合ってからは20年目になります。
もともと全く違うジャンルで生きてきた私たち。 進んだ道も全然畑違い。 私がやっている音楽については、ずっと学生時代から応援してくれているし、 耳だけは肥えていて、私にとっては一番手強い批評家でもあったりします。 夫の仕事については、はっきりいって未だよく分かりません!(笑) が、一般的な意見として、夫の仕事にもの申すこともあり、それには耳を傾けてくれている様です。 趣味・・・・これももともと興味をもつものがそれぞれで全然違ったのですが、 ほとんどの場合で、もともと好奇心だけはある私が、夫の趣味に一緒に乗っかる形で 一緒に楽しんできていると思います。 いい妻でしょう? さて、こんな私たちにも、ここだけは内緒、というか聞き合わない一線というのがありまして・・・ それは選挙についてでございます。 結婚してからも何度も一緒に投票所には行きましたが、 誰に入れるか、入れたか。どの党に入れるか、入れたか。 これについては、一切干渉しないというのが、特に決めたわけでもない 暗黙のルールというやつです。(笑) 家で政治の話もするので、だいたい相手がどういう事を思っているか、ということは 分かるのですが、 それでも、この暗黙のルールは健在です。 みなさんにも何か【夫婦間の暗黙のルール】ってありますか? |
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最近、高校時代、大学時代の友人と久しぶりに会えたり、電話できたり、という機会に恵まれました。
今日は数年ぶりに話した大学時代の友人との電話。 話しだしたら止まらず・・・・・気分はもう大学生。 電話を切ったあと受話器みたら通話時間が210分でしたよ・・・ 家の片付けしようと思ってたのができなくなりましたが、でも何にも代え難い楽しい時間でした 学生時代って、今から思うと「あほらしい」としか思えないようなことにも 妙にこだわってみたり、一晩中語り合ってみたり・・・・・ そんな懐かしく貴重な時間を過ごした友人とは、たとえ何年もの間音信不通であったとしても、 再会した途端、お互いの時間があっという間にタイムスリップしていく気がします。 (だから、同級生〜ラブ・アゲイン症候群〜 久しぶりの学友との会話の途中で気づいたことがあります。 ありゃ、私って相手のこと「あんた」って呼ぶことあったんや!って。(笑) それもイントネーションは「あーんたぁ」って感じです。 「あーんたぁ」って呼べる友人。 これぞ、アホな会話ばっかりしていた学生時代の友人なのでした。 私が気兼ねなく、心置きなく話せる友。 「あーんたぁ」がそのバロメーターなのかも・・・・(笑) 追記 「あーんたぁ」ですが、文字の大きさはアクセント。 でもって、音程は・・・・ 私の場合「ドーっファー」てな感じで、語尾の音程が上がります 語尾を下げられると・・・・・・たぶん、ムカつきます |

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昨晩、アメリカ留学時代の友人に誘われて Facebook に登録しました。
〜Facebookとは〜 さて、昨晩は登録するだけして寝てしまったのですが、 朝メールをチェックすると、さっそく懐かしい人達から『友達リクエスト』のメールが 入っていました。 帰国してから10年以上が経っているので、ほんと久しぶりの面々です。 Facebookの特徴は、プロフィールの欄に学歴と職歴を入れる欄があり、 自分の出身校と卒業年度を登録しておくと、 自動的に「関連ありそうな友達候補』をピックアップしてくれるのです。 きっと、今朝届いていたメールは、 昨晩私が登録した段階で関連のある友達のもとにその情報が上がり、 見つけてくれた友達がさっそく連絡くれたのだと思います。 帰国時は、急遽家庭の事情で予定よりも早く、しかも多くが帰省&ホリデーで学校を離れていた 『夏学期』にバタバタと帰国しなくてはならなかったため、 多くの友ときちんとお別れできずままだした。、 そんな私にとっては、こういったコミュニケーションツールで再び昔の友達と 繋がることができたのはとても嬉しいことです。 1日で20人ほどの友人との連絡が復活しました。 そして、10年以上ぶりに知った彼らの近況によると、 嬉しいことにみんな音楽を続けてその道を極めている模様。 私も頑張らなくては!!! (昔、共演中に密かに心ときめいたチェリスト彼は・・・・現在NYで大活躍中。 録音聴かせてもらったけれど・・・し、しびれました〜♪ |

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