最強オヤジ伝説

多忙、放置ごめんなさい、、(/ω\)

第二章(S.40年代)

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台湾旅行(完)

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私は何気なしに、いつものように電話に出た。

私『はい!○○電気です!』

(女)『キャンユー、スピーク、イングリッシュ??』

私『はぁ??』

(女)『カーチャン!イマースカァー!?』

私『はぁ??かぁちゃん???おかあさんですか??』

(女)『○▲□※☆$●▽・・・・・・!!』

私『??????』

女『プチッ!ツーツーツーツー』

げっ!?なんだ!今のは???


どうやら台湾からのそれも若い女の人からの電話だった・・・

困ったことに、こういう電話が月に2,3回架かってくるようになった・・・!

当然母の耳にも入り

たちまち母は、ジャガー横田に変身し、猛烈に父を追及し始めた!!

焦った父が言うには、『台湾で飲みに行った先で隣に座ったホステスが

名刺をくれ!とせがむので仕方なしにやった!それだけや!』と

精一杯の言い訳をし、逃げるように外回りに出て行った・・・!

当然母はそんな言い訳では納得しなかった・・・!

それからも何度か家に電話が架かってきたが、母は一切取り次がなかった!

日に日に小さくなる父を見て、私は『ヘタやなぁ〜、まぁ〜しゃぁないわ!』と

半ば呆れながら思うのだった・・・。

しかし、母の逆襲はこれで終わりではなかった・・・・


その年も、父は販売店の優秀店に選ばれ3回目の台湾旅行に招待されるのだった。

いそいそと、楽しそうに旅行の用意をする父に、母は突然こう言った!

『今回から私も行きますから!』

父『はぁ!?』(汗)

父は母に『私を連れて行かないのは何かやましい事があるのか!』と一喝され

父は泣く泣く、了解するのだった・・・。


台湾旅行出発当日。

母は初めて行く海外にワクワクしながら、『じゃぁ!後のことはお願いね!』と

私に満面の笑顔で言い残し、スキップするように旅立って行くのだった・・・!


後年、古いアルバムを紐解くと、その当時の台湾旅行の写真が残っていた・・・

父が単独で行っていた写真を見ると、どの写真もホントに嬉しそうな笑顔で

写っているが、母と行った時の写真はどれもこれも不満そうな顔をしており

反対に母は、どの写真も、はちきれんばかりの笑顔で写っていた・・・!


今思えば、完全な母の勝利だった・・・!

そういえば、あの台湾の女性はどうなったんだろう・・・

まぁ、父の写真の顔を見れば大体想像がつくが・・・・┐(´-`)┌

台湾旅行

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昭和40年代の家電販売店は、第一次黄金時代ともいえるぐらい

どこの店も繁盛した。

後の父の述懐だが、笑いが止まらないぐらい商品がよく売れたらしい・・・

店は大手電気メーカーと提携しており、多数ある提携店は大阪でも

何ブロックかに分かれており、そのブロックの中でも

売上上位の優秀な店には、当時流行った台湾旅行の招待があったのだ!

私の記憶では父は何度か表彰され、複数回台湾及び海外へ行っている。

夫婦同伴でもオッケーだったが、二人で行くと店を閉めなければいけないと

いう理由で、父は単独で台湾旅行に行っていた。

母も行きたそうだったが、しかたがないということで諦めるのだった・・・

そんなある日。

父が二度ほど台湾に行った頃だろうか、その辺りからたまに我が家に奇怪な

電話が入るようになった・・・

私の家は電話回線が1本だが、1階の店と2階のリビングにも繋がっており

住居兼用の為、どちらでも電話が取れるようになっていた。

私は通常リビングにいるのだが電話が鳴り、1階が電話に出るのが

遅い場合は、2階でも取るようにと母に言われていた。

常日頃から、そういう連携プレーには慣れていたので

私はいつものように何気なく電話に出た!

が、しかし・・・!

受話器の向こうから聞こえてきたのは・・・・・・

ホタルの舞い(完)

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その日の夜、おじいちゃんの体調を見ながら、父や母、おばあちゃんと

ささやかであるが、四人で夕食を共にした・・・

母によると、おじいちゃんは家に帰れたことを本当に喜んでいたらしい・・・

退院したばかりで、あまり体力を使わせてはいけないということで

久しぶりの家族団欒の夕食を早々と切り上げ、おじいちゃんを寝かせるのだった・・・


次の日の朝、家の中がただ事ではない騒がしさで、私は目が覚めた!

私は布団から飛び上がりおじいちゃんの部屋をのぞくと

そこには布団の中で、顔に白い布を被されたおじいちゃんがいた・・・!

私はまだ子供だったため、一瞬意味がわからなかった・・・

だが尋常ではない雰囲気と、母や父の姿から、子供心におじいちゃんが亡くなった

ことを悟るのだった・・・


おじいちゃんの死因は再度の脳いっ血だった・・・。


今から思えば、おじいちゃんは最後のお別れに来てくれたんだと思う。


葬儀は大阪と、愛媛でも行った。

愛媛での葬儀では親戚はもちろんのこと、村中のおじいちゃんを慕う人たちが

たくさん参列したことを覚えている。


優しいおじいちゃんだった!

強いおじいちゃんだった!

愛情満ち溢れたおじいちゃんだった!


後年、愛媛の家から少し歩いたところに、湧き水が出る小さな池があった。

私が愛媛に帰ると、必ずといっていいほどそこで魚を取ったりしてよく遊んだ。

ある夏の夜、私は親戚の子供たちとその池のほとりで花火をした。

花火遊びが終わり帰ろうとすると、その池の奥のほうで何やら小さな光が見えた!

私は目を凝らし、ようく見るとそれはホタルだった!

数は5〜6匹だろうか・・・! 

その小さな光の大きな舞いに、子供の時におじいちゃんからもらった

ホタルを思い出した・・・


今ではホタルを見ることは滅多にないが、私の心の中には

やさしいおじいちゃんの笑顔が、ホタルのまばゆい光のように

いつまでも光続けている・・・

ホタルの舞い3

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おじいちゃんは持病を持っていた・・・

それは『高血圧』だった・・・!

医者からお酒をやめるように言われているにも関わらず

飯場で飲み続け、倒れてしまったのだ!

心配して愛媛から急遽駆けつけたおばあちゃんは、父や母の勧めもあり

しばらくの間、我が家に身を寄せおじいちゃんの看護をすることになった。

入院している間、私はおじいちゃんの姿を見ることができなかった・・・

というのは、おじいちゃんは脳いっ血により、半身が不自由になっており

リハビリもままならない状態だったので、子供たちは

様子を見てからということだった・・・

それからというもの、我が家では、父や母、またおばあちゃんが交代でおじいちゃん

の看護に行くようになり、3ヶ月ぐらい経った頃には次第に病状も良くなり

リハビリも功を奏し、おじいちゃんもすこしずつ快方に向かうのだった・・・!


そして、いよいよ退院できるまでになったが、まだ身体が完全には回復して

いなかったので、我が家でしばらく養生することになった・・・

私は一度も入院中にお見舞いに行けなかったので、おじいちゃんが家に帰って

来ると聞いてすごくうれしかった!

しかし、現実は甘くなかった・・・

退院の当日、おじいちゃんは病院の車で担架に乗せられて帰ってきた・・・

私は、すぐにでも駆け寄っておじいちゃんの傍に行きたかったが、そういう雰囲気では

なく運んでくれる大人たちの邪魔にならないよう、傍らで見守るしかなかった・・・

部屋に入っても、『おじいちゃんが疲れるから明日にしなさい』と母に止められたが

私はどうしても我慢することができずに、そうっと引き戸を開け

おじいちゃんの居る部屋をのぞいた・・・

すると布団に入り、寝ているおじいちゃんの姿が見えた。

私はおじいちゃんの顔が見たくて、物音を立てないように上半身を乗り出し

おじいちゃんの顔を覗き見るように見た・・・

するとおじいちゃんは、いつもと変わらないやさしい穏やかな顔で眠っていた・・・。

私は久しぶりにおじいちゃんの顔を見られて、安堵とともにうれしくてたまらなかった。


しかしそれが私とおじいちゃんとの最後の別れとなった・・・・・・

ホタルの舞い2

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おじいちゃんは度々山から降りてきて、いろんなお土産をくれた!

私がもうすぐ小学校に進学する時だったので、筆箱や筆記用具など、その他にもたくさん

おじいちゃんは買ってくれた・・・!

ある時、いつもおじいちゃんの方から、山から下りてくるので、今度は私が山ん中の飯場に

遊びに行くことになった!

その飯場は、結構地方から来ている人も多く、大きな現場なのでたくさんの人たちが働いていた。

また、近くに小学校の分校もあったので、家族で飯場暮らしが出来、子供も多かった!

私が初めて見た飯場は、おぼろげながらの記憶であるが大変に活気があり

飯場の周りには大きな原野が広がり、子供の格好の遊び場になっていた!


早速おじいちゃんは普段乗っているダンプカーに私を乗せるとあちこち走り回ってくれた!

私は初めて乗るダンプカーにめちゃめちゃ興奮をした!

何せ座っている位置がとてつもなく高く感じ、なんか自分がロボットの中に入り

操縦している感覚に陥るほど楽しくて楽しくてたまらなかった!!

楽しかったダンプカーの後は、広場に戻って飯場の子供達と野球をやった!

私はまだ小学校に入学前でまだ身体も小さく、周りの子供達は上級生ばかりで

ろくすぽ野球ができずに笑われて、悔しくて泣きながらドロドロになって

食らいついているところをおじいちゃんが優しく見守ってくれるのだった・・・


そんなおじいちゃんがある日体調をくずし飯場で倒れた・・・!

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