最強オヤジ伝説

多忙、放置ごめんなさい、、(/ω\)

序章

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海水浴

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父の生まれ育った鳥取県の海は、近くに有名な白兎海岸があり夏には海水浴の人々で大賑わいだが

私が子供の頃父とよく行った海は小さな湾のような形で、西側が小高い丘のようになっており

そのすそには岩や砂地が多数あり、絶好の魚釣りや魚取りポイントとして知る人ぞ知る場所であった。


海が好きな私は子供の頃、父と帰省するたびにそこへ連れて行ってくれた。

前述の通り、私の父はアウトドアの達人である。

案の定、父は昨夜作ったであろう手製のモリを持参してステテコ!(驚)一枚で母親が怒って制止したの

も聞かず、ニヤニヤして海へと消えていった。

私はやおら恥ずかしくなり『どうせあんな竹に金属でできたモリを引っ付けただけの物で魚は取れんわ』

とタカをくくり、私は前日に海の家で母親に買って貰った新品のモリを手に、意気揚々と海に入った。

私も素潜りは得意のほうだったので順調にボラばかりだったが、数匹モリで仕留めることが出来、

得意満面で母親に戦果を報告していたその時だった!!

『おぉ〜い!!』

どこかで父の声が聞こえる・・・?

私と母と妹が一斉に声のする方に視線を向けると・・・!!!

なんと!! そこには遠浅の浅瀬の海の上でステテコ一丁で肩にタコ!!を乗せ、手製のモリには

ヒラメ数匹とウニを串刺しにして破顔一笑している父がいるではありませんか!!!


母は顔を真っ赤にし、妹は他人のフリをするなかで、私は『恐るべしオヤジなり!』と

子供ながら感嘆するのであった。



★ちなみに父が作った手製のモリの矢の部分は、おじいちゃんの家の古い引き戸の下の金属のレール部分を引きちぎって作ったみたいで、後で母親がおじいちゃんに謝っていました。。。^_^;

鳥取県

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私の父は昭和16年5月、鳥取県のとある漁港に近い、海のきれいな小さい町で6人兄弟の

次男として生誕した。


父の母は、父が3歳の時病気で他界しており、上の二人の姉さんが母親代わりとして

幼少時代をすごした。


子供の頃の父は活発で、家の裏は山林になっており鳥取県特有の梨畑が広がり、

虫取りや海での魚取りなどは達人の域に達するほどだった。


後年、私が子供の頃父と一緒に山中に虫取りに行った時、父は手製の虫取り棒を作って持ってきた。

それは竹の先をホウキのように細かく砕き、粘着力の強そうなクモの巣を見つけると

ホウキ状になった竹の先にまんべんなく巻きつけ、「これでどんな虫でもイチコロや♪」っと

ニヤニヤしながら子供の私を構うことなくセミやカブトムシを取り捲くるのだった。


都会のクモの巣とは違い、田舎の山中のクモの巣は、すさまじいくらい粘着力があり、

その威力のすごさには驚いた。


私は負けじと手にした網を振り回すのだが、そのうち網が小枝に引っかかって破れてしまい

それを見た父は「網は破れたら使われへんけど、この虫取り棒は何回でも使えるんや!」と

虫をたくさん取って粘着力の弱まった棒の先を、新しいクモの巣に綿菓子を作るように

巻きつけ、私に「ほらっ!」っと手渡すのだった。


私は一瞬、最強の武器を手に入れた感覚になり、「恐るべしオヤジなり!」と子供なりに

感嘆するのであった。

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