ここから本文です
原則として「聖書でドイツ語」では、Luther 2017と新共同訳を使い、2018年12月からは聖書協会共同訳も利用しています。

書庫全体表示

私は中学と高校の理科教諭免許を持っていて、大学院を修了しているので、専修免許状になっている。
大学3年の頃までは、高校化学の教員が第一志望だった。
約半年間、ある私立高校で化学の臨時教員をしたことがあるが、教員よりも研究者の道を選んだ。

その後もいろいろあって、大学に残る道は閉ざされ、民間企業に移っても、結局は会社が消滅して、今は翻訳者になっている。

私は一流とは言えないが、もともと語学は好きで、仕事に使っている英語・ドイツ語の他に、かじったものも含めれば、中国語・スペイン語・ノルウェー語・アイスランド語がある。

語学が得意と思われたのか、プロテスタント教会で洗礼を受けた頃に、聖書研究に必要な古典ギリシャ語の勉強を勧められた。
余裕がないので、必要なときに、例えば、「地震・振動」を意味する seismos などの単語をいくつか調べるくらいにしている。
また、古代ヘブライ語は、まったくわからないため、Interlinear(逐語訳)の聖書で、英語の表記を見て確認している。

すると今度は、ドイツ語が理解できるということで、ドイツ語の神学論文や説教集をスラスラ読めると思われたようだ。
私の専門は化学で、過去の文献調査で大量のドイツ語論文を読んだことはあるが、神学論文は見たこともない。
現代語に改訂されたルター訳聖書を読むときも、キリスト教用語の独和辞典で確認しながらなので、なかなか進まない。

それでも教会の人たちから見れば、理系でドイツ語が理解できる人材は、キリスト教伝道の担い手として魅力的に映るようだ。
そんなこともあってか、数名の人たちからは、「ぜひ牧師になってください」と言われているし、私が神学校に入学するようにと、お祈りをしている人もいるそうだ。

牧師はないだろうな、と考えているのだが、どちらかと言えば、宗教の教員免許を取得して、キリスト教主義の高校で働いてもよいかなと、漠然と考えている。

今年は教会の牧師や神学生、そして何人かの役員と相談して、来年以降3年くらいの期間をめどに、教員免許の取得プランを考えたい。

働きながら神学を学ぶとなると、選択肢はあまりない。

例えば、上智大学では、毎年7月下旬から8月上旬に神学の集中講義を実施していて、3年間受講すれば単位が揃うそうだ。
www.sophia.ac.jp/jpn/otherprograms/c_college/kouza_list/shingaku/itd24t00000048nq.html

どうして今頃になって、再び高校教員になろうと思っているのかというと、骨髄バンクのドナー登録が55歳で終わることも1つだ。
その後、どのようにこの世の中に貢献するのか、その1つがキリスト教の青年伝道である。

教会の集会だけで私の話をしてもよいかもしれないが、高校生向けにアレンジして、そして科学の話題も織り交ぜて、聖書の話を広めることが、もしかすると私に与えられた使命なのかもしれない。

ドイツ語の知識をどこで使うのかというと、ドイツの宗教教育のテキストを参考にできることだ。
2年前にルターに関する教科書を購入して、どういった内容を生徒たちが学んでいるのかを確認したことがある。
そのまま使うことはできないが、単に宗教の学習だけではなく、翻訳の観点からも話ができると思う。

5年後くらいに、どこかの非常勤講師になっているかもしれない。
それとも、英語・ドイツ語の翻訳者を続けているだろうか。
それは誰にもわからないが、常に新しいことに取り組み続けていれば、何かに出会うかもしれない。

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

開くトラックバック(0)

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事