――――◇―――――
午後二時二十八分開議
○上塚委員長 休憩前に引続き公聴会を再開いたします。
公述人各位には、御多忙中のところ貴車な時間をおさきくださいまして御出席をいたたき、まことにありがとう存じます。委員長より厚く御礼を申し上げます。
議事について申し上げますと、公述人各位の発言の時間は大体一人二十分ないし二十分程度におとめを願いたいと存じます。念のために申し上げておきますが、衆議院規則の定めるところによりまして、発言の際は委員長の許可を受けることになつております。また発言の内容は意見を聞こうとする案件の範囲を越えてはならないことになつております。
なお委員各位に一言いたしますが、午前中の議事経過にかんがみまして、公述人各位の発言中はなるべく静粛にして、公述人をしてその意を尽さしむるよう御留意をお願いいたしたいと存じます。
それではこれより意見の開陳を願います。山根キク君。新橋区区会議員であります。
○山根公述人 今国家をあげて皆様がいろいろ討論討議なされておるところのMSA問題につきまして、今日は不肖私のごとき者の意見をも国民の一人として、女性の一人としてひとつ聞いてやろう、こういうおぼしめしだそうでありますが、何しろ職業は一区会議員でありまして、専門家のようにるる皆様の傾聴なさるような理論はもとより、また経験におきましても皆様の参考になる議論は全然ないと思います。
しかし愛する国の一員として、皆様方の御苦労をラジオや新聞を通じて拝聴し、拝見するたびに、皆様の忠誠なる国家代表としての御労苦に対して、敬意を表しておるのでありまして、これにつきまして私が少しはかり自分の意見を申し述べますが、大別してこれを三つにわけてみたいと思うのであります。
第一はMSAを受けんとする日本は、日本の日本であるか、世界の日本という立場からか、どういう立場にあるかということ、それを比較してみたい。第二は今憲法というものが非常に問題にされておる。その憲法なるものはいつつくられたか、どういう目的かあつてつくつたものであるか、内容はどんなものであるか、第三はこれが経済的あるいはあらゆる面、自衛の面において、ほんとうに日本のためになるのかならないものであるかということであります。
最初に第一の日本というものを考えてみたい。客観的にながめてみますと、御承知の通りごく最近ではございますが、ニキビ島ですかビキニ島ですか、われわれの知らない範囲の島の名前が出て来まして、はなはだ間違いやすい名前であります。
私どもの若きころに非常にニキビをこしらえましたが、その方が覚えやすいくらいなごく狭隘なる島で、日本の漁師か数名放射能の被害を受けて帰つて来た。私どもの台所ではまぐろというものをおぜんに上せられないで、たいへんおかずの点に困つておる。そういうことで非常に密接に私ども婦人にも影響がある。ひいては日本並びに世界の軍備の上にまでこれが上つて行く。決してそれぞれ関係のないものではない。
まぐろ一匹の問題、おかず一つが大いなる世界情勢と関係がある。もう一つは二、三日前でしたが、十一時ごろに興安丸が引揚者を積んで参ったときの録音放送がありました。平凡なことで新聞に出ていたように帰つて来たかと思っておりましたが、終りごろになると老人の女が、この世に自分の血縁といえばたった一人の弟しかない、その弟の名前を盛んに叫びながら泣いておった。一人取残されてたそがれの海をながめなからさん橋にうずくまっておるのを録音でとりまして、いろいろ問答しておるのを聞きました。十一時ごろでしたから、みんな寝ておりまして、私一人茶の間でお茶を飲みながら、その録音に耳を傾け、思わず私の両眼には涙が出た。なぜかならば私は四人のせがれを育て上げまして、孫もできておる。すでにその方面の重荷は肩から取れた。もしこれが四人のうち一人でもソビエトに抑留されておったならは、録音を聞いて涙を出すよりも、毎日涙を流しているのじゃないかしら。
このごろは配給が、よくなって食べることにはあまり苦労しないでおるけれども、おそらくこの一事でもって私はこんなに太れないだろうと思う。この一事で青い顔一をして、やせて悩むだろうと思うのです。太平洋に日本海に、私どもはほんとうに人間として深刻に、まじめに考えなければならぬ問題がある。あるいはわれわれ日本のお互いだけではない。まだ一度も、一歩も踏み入れたことのないドイツ、フランス及び英国にまではるかに思いをはせるならば、こうした嘆きが地球の土には多多あると思うのです。
○上塚委員長 ちよつと申し上げ正すが、公述は時間の整理上二十分たいし三十分でおまとめくださることを希望いたしますから、どうぞ本論にお入りください。
○山根公述人 かしこまりました。
しかもその国々が日本と同じようにMSAの問題にひつかかつておる。ただ勝った国であるからといつて、英国が基地を持たないではない。MSAを受けないではない。やはり同じように協定を結んでおる。
負けた西ドイツもやはり同じように受けておる。三十何箇国の国々がこのMSAを受けておるということです。その点から見て日本がこれを受けるとか受けないとかいうことを一人がんばってみたところで、世界の日本になっているからには、これ
を単独で絶対に拒否することができるかどうか。
それからもう一つの問題は、憲法の問題であります。私健忘症ですが、憲法ができたときには、皆さんの中にも英文憲法である、こんなものは屈辱憲法だからいかぬと盛んに論議されたように私記憶があります。
間違いであるかどうか知りませんが、そう思っております。ところが憲法々々、憲法々々と耳にも目にも触れるのは、その憲法をもってこれに反対するということです。これはどなたがなさるかわかりませんが、これも私には疑問の一つであります。
両国の憲法に準じてこれを定めるということがうたってありますけれども、憲法のどこがいけないか。
私どもはこの屈辱憲法が非常に幸いしまして、こうして区会議員にもなつておれる。ここにも御婦人の衆議院議員の方がおられます。参議院にも出ておられる。まことにけっこうな憲法だと思うのに、いけないいけないと言われる方がある。いけないのはなぜか、憲法九条これからしていけないのであります。絶対に戦争には持って行かないという憲法九条が一枚看板で、このMSAに対してあくまでも反対するのだというのですか、これはどうかと思う。過去に仰せの通り屈辱憲法あるがゆえにまる腰にされた。この節あれは失敗だったという方もあります。失敗かどうか知らないが、あの当時はまる腰にさせられた。なるほど屈辱かもしれない。
独立した今日、自衛力なくして独立なしと、世間の人はよく言いますけれども、自衛力のない独立国が一体どこにありますか。スイスのようにしたいという声も皆さん方国会であったそうですが、なるほどスイスはよい国でしよう。しかしスイスでさえも聞いてみると、女にまで兵隊の訓練をやっておるというじやありませんか。南鮮といえばすぐそばです。
この間の戦争において南鮮が困ったのは軍隊が十分なかったからですが、やっとこさっとおちつきました。ところが今軍隊のない日本が、竹島はとられるし、壱岐、対馬もどうやら危ういということになってしまつた。これは人情であります。
弱いところにつっ込んで行くということは理の当然で、私どもの方にも日々居住権を認められないで圧迫されている未亡人がおります。きのうもそれがために一生懸命になって私働きました。
個人においても国においても人情にかわりは大い。ですから憲法第九条がいけなかったというのなら、皆さんの力で何とか国民に問うなり、三分の二あればいいのだから、良心的に考えて屈辱憲法だからこいつはかえようというなら、一貫してやってもらいたい。
きのうは屈辱憲法できようは憲法をたてにしてこれに反対するなんということは、あまり日本人として大いばりにいばれない。
それからもう一つは、これから先、日本に軍備ができたのでは困るという。しかし私は軍備ができることは決して悪いものではないと思います。第一、自衛力といい軍備といい、これは神といい仏というのと同じことで、名前は違うかもしれない、小さな軍備かもしれない、原子爆弾、水素爆弾があるときに、鉄砲持ったり大砲持ったりして何になるかというかもしれない。けれども持たぬよりは仕合せである。
私ども国民はまる腰になっていて平和が来るなどという根のないクリスマスツリーにはだまされない。いつかそのクリスマスツリーはごみために持ち込まれて枯れてしまう。根のある平和論ならば私は皆様にぜひやってくださいと叫びます。根がないのですよ。
平和の鐘がボール紙で銀紙が張ってあるだけで鳴りやしません。皆様の平和々々ということは、アルバイトが選挙のときに言うだけで、点かせぎにはいいかもしれないけれども、点かせぎでない、少くともこの国会の議事堂において、平和々々といって、あまり国民を――ばかであるかもしれないけれども、国民全体をそう見くびらない、まじめなる平和根のある平和論をひとつ立てていただきたい。
その意味からして、どうしても私は、少くとも日本に最小限度の用心のために、軍備を持ちたい。われわれ女子いうものは、もし少しでも力ある男が夜留守番に来れば女だけで留守番しているよりは気が強い。それと同じように、少しの武器でもあるならば、いざというとき、火炎びんでも投げられたときには、その武器が役に立つかなと愚かながらも考えさせられる。
この意味におきまして、MSAによる軍備協定というものは、ぜひとも私は必要であると思う。