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朝ミサのあと、いったん家に帰り、
主人の検診の付き添いで病院にいきました。
でも、付き添いというのは、実は口実。
院内のカフェ
のモーニングが食べたかった![]() ![]() 500円でこーーんなにステキなモーニング
![]() ![]() 主人を待っている間に、本を読みながらひとりでゆっくりいただきました
![]() 今日、このカフェで読もうと思って、
持っていった本は、「もう一人のわたし」(C.J.エンツラー著)。
イエス様がわたしの中で語りかけてくれる本です。
「愛する友よ、わたしはあなたとの出会いを心から喜ぶ。
一緒にいて、あなたに語りかけ、耳を傾けている。
わたしが現存していることを悟りなさい。
あなたの霊魂の内にいる。
気を散らさせるあらゆるものに目と耳を閉じなさい。
あなたの内に退き、あなたの考えを思い巡らし、
ただわたしとだけ一緒にいなさい。」
(「もう一人のわたし」p.18)
読みながら、今朝のミサでの答唱詩篇を思い出しました。
「神よ、顔の光を
わたしたちのうえに照らしてください。
心静かにわたしは憩う。
神の前にある幼子のように。」
わたしが心から憩うことができるのは、イエス様と一緒にいるときだけです。
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聖書
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Krist na žalu
Jesus On The Shore
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何事も愛をもっておこないなさい。 日付が変わって、まず目にした御言葉。
たぶん、わたしは全く反対のところにいます。
たとえば家事ですが、これは家族のためのことばかりです。でもひとつも愛をもって何もおこなっていないです。
何でも大急ぎだったり、片手間だったり、いい加減だったり、心をこめないでやっています。気持ちは今やっていることではなく、次のことを考えて、別のことを考えながらだったりして、心ここにあらず。
家事一つとってもこれですから、「何事も」なっていないです。
四旬節です。
十字架上におられるイエス様を見つめ、神様がわたしにしてくださったことのひとつひとつを思い返そうと思います。
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のモーニングが食べたかった






、
早すぎます




