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食卓の下のパンくず
主よ、あなたはキリスト、永遠の命の糧、あなたをおいて誰のところに行きましょう

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朝ミサのあと、いったん家に帰り、
主人の検診の付き添いで病院にいきました。

でも、付き添いというのは、実は口実。

院内のカフェのモーニングが食べたかった
500円でこーーんなにステキなモーニング

主人を待っている間に、本を読みながらひとりでゆっくりいただきました

今日、このカフェで読もうと思って、
持っていった本は、「もう一人のわたし」(C.J.エンツラー著)。

イエス様がわたしの中で語りかけてくれる本です。

「愛する友よ、わたしはあなたとの出会いを心から喜ぶ。
一緒にいて、あなたに語りかけ、耳を傾けている。
わたしが現存していることを悟りなさい。
あなたの霊魂の内にいる。
気を散らさせるあらゆるものに目と耳を閉じなさい。
あなたの内に退き、あなたの考えを思い巡らし、
ただわたしとだけ一緒にいなさい。」
(「もう一人のわたし」p.18)


読みながら、今朝のミサでの答唱詩篇を思い出しました。


「神よ、顔の光を
            わたしたちのうえに照らしてください。

心静かにわたしは憩う。
         神の前にある幼子のように。」



わたしが心から憩うことができるのは、イエス様と一緒にいるときだけです。






復活の主日の週

復活の木曜日(4月20日)
第一朗読 使徒言行録3・11−26
答唱詩編 典礼聖歌48①②(詩編8・4+5、6+7)
アレルヤ唱 典礼聖歌266または264(8日間)(詩編118・24)
福音朗読 ルカ24・35−48
 
使徒言行録3・11−26
この人がなおもペトロとヨハネとにつきまとっているのを見て、人々はみな非常に驚いて、一斉に「ソロモンの廊」と呼ばれる柱廊にいた彼らの所に走り寄ってきた。ペトロはこれを見て、人々に話しかけた、「イスラエルの方々、なぜ、このことに驚くのですか。わたしたちが自分の力や信心によって、この人を歩かせでもしたかのように、なぜ、わたしたちを見つめるのですか。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神は、その僕イエスに栄光をお与えになりました。あなた方はこの方を引き渡し、ピラトは釈放すると決めていたのに、その面前で、この方を拒みました。あなた方は、あの聖なる方、あの正しい方を拒み、人殺しの男を赦免するよう要求しました。こうしてあなた方は、命の導き手を殺してしまったのっですが、神はこの方を死者の中から復活させられました。わたしたちはそのことの証人です。そして、このイエスの名が、その名を信じる信仰の故にあなた方が、今見ており知っているこの人を、強くしたのです。イエスによるこの信仰が、あなた方一同の前で、この人を完全に癒したのです。ところで、兄弟たちよ、あなた方の指導者と同じく、あなた方は無知のためにあのようなことをしたのを、わたしは知っています。しかし、神は、すべての預言者の口を通してあらかじめ告げておられたメシアの受難を、このようにして成就なさったのです。ですから、悔い改めて神に立ち返りなさい。そうすれば、あなたがの罪はぬぐい去られます。こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなた方のために、あらかじめ定めておられたメシアであるイエスを遣わしてくださいます。このイエスは、神が聖なる預言者たちの口を通して昔から語られた、あの万物一新の時まで、天に留まっておられなければなりません。モーゼはこう言いました。『あなた方の神である主は、あなた方のために、わたしのような預言者を一人、あなた方の兄弟の中から立てる。この方が語ることは、ことごとく聞き従いなさい。この預言者の言葉に聞き従わない者は誰でも、民の中から滅ぼし絶やされるであろう』と。また、サムエルをはじめ、その後に続いて語ったすべての預言者たちも、今のこの時のことについて告げたのです。あなたたちは預言者の子孫であり、神があなた方の先祖と結んだあの契約の子孫です。神はアブラハムに対して、『地上のすべての民族は、あなたの子孫によって祝福を受ける』と仰せになりました。神はまずご自分の僕を立て、まずあなた方にお遣わしになりました。これは、あなた方一人ひとりをその邪悪な生活から立ち返らえせて、裕福にあずからせるためだったのです」。

ルカ24・35−48
そこでこの二人も、旅の途中で起こったことや、パンを裂かれたとき、イエスであることに気づいた次第を語った。
 さて、二人がこう話していると、イエスご自身がみなの真ん中に立ち、『あなた方に平和があるように』と仰せになった。彼らは驚き恐れて、幽霊を見ているのだと思った。そこで、イエスは仰せになった。「なぜ怯えているのか。どうして心に疑いを抱くのか。わたしの手と足を見なさい。まさしくわたし自身である。手を触れて確かめなさい。幽霊には肉も骨もないが、あなた方が見ているように、わたしにはそれがある」。こう言って、手と足をお見せになった。彼らは喜びのあまり、まだ信じられず不思議に思っていると、イエスは、「ここに何か食べるものがあるか」と仰せになった。そこで焼いた魚の一切れを差し上げると、イエスはそれを受け取って、みなの前で口にされた。
 そして、イエスはでしたちに仰せになった、「まだ、あなた方とともにいたころに話したとおり、わたしについて、モーセの律法と預言者、そして詩編に書き記されたことは、すべて成就されねばならない」。また、イエスは、聖書を悟らされるために彼らの心を開いて、仰せになった、「次のように書き記されている、『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活し、その名によって罪の赦しへ導く悔い改めが、エルサレムから始まり、すべての民に宣べ伝えられる』。あなた方はこれらのことの証人である。
 



Krist na žalu
Jesus On The Shore

使徒言行録3・19

ですから、悔い改めて神に立ち返りなさい。
そうすれば、あなたがの罪はぬぐい去られます。
(使徒言行録3・19)

Isuse, Verujem (Jesus I believe)



マタイ15・25

しかし、女はイエスのもとに来て、ひれ伏して、
「主よ、わたしをお助けください」と言った。
(マタイ15・25)

一コリント16・14

何事も愛をもっておこないなさい。

一コリント16・14

日付が変わって、まず目にした御言葉。

たぶん、わたしは全く反対のところにいます。

たとえば家事ですが、これは家族のためのことばかりです。でもひとつも愛をもって何もおこなっていないです。
何でも大急ぎだったり、片手間だったり、いい加減だったり、心をこめないでやっています。気持ちは今やっていることではなく、次のことを考えて、別のことを考えながらだったりして、心ここにあらず。

家事一つとってもこれですから、「何事も」なっていないです。 

四旬節です。
十字架上におられるイエス様を見つめ、神様がわたしにしてくださったことのひとつひとつを思い返そうと思います。

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