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めっきり寒くなって、日暮れも早い。
たそがれの秋ですね。
さて、今日は都民の日。赤い羽根共同募金の日。
朝早くから駅前で少年少女が「赤い羽根共同募金にご協力おねがいしまあああす。」を連呼。
おおっ。そうだった。と、財布を見ると・・・
なんと、百円だまが4つと十円だまと一円だましかない。
最近PASMOを使うようになって、お買い物もカードでするようになって、財布にいくらお金があるのか知らずに数日過ごすこともあり・・・。なんてこった。こんな日におけらだとは。
仕方ないので、ヨンヒャクエンを募金箱へ。
「ありがとうございまあああす。シールになってますのでえええ。」
去年の今日は父に頼まれて羽根を5つもらうために5箇所の募金箱をまわったっけなあ。
「今日は赤い羽根の日だから、5つ赤い羽根をもらってきてね。」と、もう自分では歩けなくなった父に頼まれて。父と、離婚した母と、3人の子供の分。「それって、どうなの・・・・」
基本的に、募金は自己満足だと考えております。はい。
私は募金箱を持つ彼らの清らかさに感動するので、募金します。
そして、清らかな誠意をいつまでも持ち続けて欲しいと願うので、募金します。
それがあしなが募金であれ社会鍋であれ、お坊さんの托鉢であれ、訪問してきたぞうきん売りであれ、同じです。
前に、我が家に訪れた「クリーンクロス」の青年のことを書いたときに、
その団体はこういう団体で、あんまり・・・みたいな記事がトラックバックされたことがありました。
なるほどね。そうかもしれません。
しかあし!
それが何だ??
感動するから募金するのであって、そのお金がいったいどう使われるのかは、正直言って問題ではありません。(私にとっては、です)
募金箱を持っていた人に感動して信じて入れたお金ですから、その相手がそれをどう使おうと、その方にお任せします。
私は、彼や彼らに感動して募金しているので、こう言っちゃあ何ですが、信じちゃってるんです。
そして、あのときも書きましたけど、
「どうか、ボランティアをするなんてばかばかしいと思わないで欲しい。どうせ自己満足だろとか思われてんだろうなんて、思わないでほしい。清らかな善意を持ち続けて欲しい」と、切に願うのです。
私が入れた金額などはほんとにお恥ずかしい限りですが、
それでも、彼らはにっこり、「ありがとうございまあああすっ!」って、言ってくれる。
そして、もしかしたら、「この社会の大人も案外悪くないじゃない」って、思ってくれるかもしれない。
それにしても、ヨンヒャクエンを入れることができるというのは、私にしてみたら大出世です。
考えてみたら、たった2年前は実家にお金を借りに行く電車賃すらなかったのですから。
ところで、今日の写真は、妹が勤めている某大病院院内学級の教え子である「りょうすけ君」のポスターです。
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ボランティアをするまたは、協力すると言うのは素晴らしい事です。その気持ちが大切なのです。
2007/10/2(火) 午前 8:53 [ nau*14*3* ]