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彼には絶対にワイングラスが似合うと思ってた。
本物が見れるとは思ってなかったけど。
かつての上司から今の仕事を引き継いで1年とちょっと。
2人で食事なんてしたことなかったのに、自然に食事を
共にしていることにやや驚いた。
「ごはんおごらせて。気がすまない」
ちょっとしたミスだったことも、彼に悪気がない事も
何となくわかっていたのでそんなことする必要はないと
お断りしたものの。
彼にしては珍しく強引に約束を求めてきたので逢うことに決めた。
金曜日のlate evening。
都心の端に位置する、ベッドタウンとの境目にある
小さなフレンチ。
重いドアを開けると、彼はカウンターでグラスを傾けていた。
「先に飲んじゃった」
微笑を浮かべる彼。グラスには赤ワインの名残が線を描いていた。
仕事のことで心配して誘ってくれたのは分かっていたけど
彼と久しぶりに逢えることがうれしくてたまらなかった。
これといって濃いつながりはなく、引き継いだ仕事が
気がかり、ということだけが唯一微かに2人をつないでいた。
ワインだったらグラスで3杯が限界といいながら、
彼は実に美味しそうに3杯目のワインに手を伸ばす。
珍しいですねというと、金曜日だしねと笑う。
この人は本当はおいしいお酒が好きなのだなと思った。
あるとき、健康診断の翌日に呼ばれてすぐ病院に行けといわれたんだ。
血液検査で問題が出て、再検査に行っても特に大きな
問題はみつからなかったんだけど、さすがにびびってね。
それから辞めたんだ。タバコも一緒に。
1日くらい飲んでも平気なんだけど、ほとんど飲まないかな。
―じゃぁなんで今日は飲む気になったの?
声に出せない疑問を飲み込む。
「たまにはいいかなって。」
聞こえたように、自然に答える。
本当のことを話そうか迷ったけど、ずっと彼が私にあの仕事を
渡した事、気にしていたのをわかっていたから。
チャンスをありがとうとだけ伝えた。
確かに色々あったけど、本当に楽しかったと。
どうして私に渡したのかと、ずっと聞けなかった事を尋ねた。
ただ向いてると思ったからだよ。
色んな人と仲良くすることも、誰かと何か企画して提案する
ことも向いてそうだなと思ったんだ。
現に、俺が話せなかったチャネルも復活させたり、よくやって
くれたと思ってるよ。すごいと思う。
新しいこともいくつもやってくれたしね。
後は、なんでもない話をした。
彼は自分のプライベートについて語った。
そういえば、彼はいつも私には素の部分を見せてくれてたっけ。
20年以上彼と仕事している人が「そんな姿見たことない!」と
信じてくれなかったっけ。
2人で過ごした休日のしんとしたオフィスが懐かしい。
少しでも、彼の罪悪感が軽くなりますように。
彼が今日飲んだのは決して、自己嫌悪からじゃありませんように。
ワイングラスが似合う彼。
プラトニックな心地よい関係。
あわよくば、またこんな素敵な時間が持てますように。
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