一丁目のオルガニスト

音楽ホールでも大聖堂でもない、街角の小さな教会の、毎週の礼拝に人生を捧げるオルガニストがいるのです。

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大地震のそのとき

2011年3月11日、東京を震度5の揺れが襲ったそのとき、わたしは教会で礼拝準備のためオルガンを弾いていました。
私のような町の教会のオルガニストから、大ホールのオルガニストに至るまで、
昼間のあの時間、一人でオルガンに向かっていたオルガン弾きは少なくなかったのではと思います。

オルガンの下敷きになって死ぬなら本望だ!と思ってしばらくは弾いていましたが、
かえってそれでオルガンが使えなくなったらいけないと思い、オルター(聖卓)の下に潜り、
主の祈りを唱え、聖歌を歌っていたら、祭壇の壁にかかっていた大きな十字架がガラガラと落ちました。
見ると、床に落ちたイエス様の像は折れてしまっていました…
が、それ以外には、聖堂そのものも、オルガンも、私も、被害なし。

練馬区江古田から、自宅の江東区まで、
オルガンでお世話になっているいくつかの教会でトイレや公衆電話をお借りしながら、歩いて帰りつつ考えました。
いろいろあって、礼拝オルガニストとしてこのまま続けて行くのか迷っていた時期でしたが、
もしかして神様は「ここで弾き続けなさい」と言われているのかな、と。

地震2日後の礼拝、5日後のご葬儀。
自分では、この絶望と、そこから這い上がろうとする人びとの祈りの深さに対して、
私のオルガンなんて底の浅いものでしかないと、苦しみながらの奏楽でしたが、
複数の信徒さんから
「あなたのオルガンが聞こえてきた時、暗闇に灯る希望の光のように感じた」
「あなたのオルガンが支えてくれて、祈りを声に出して歌う事が出来た」
と言われ、それは確信に変わりました。

というわけで、町の教会のオルガニストとしてとことん生きる覚悟を決めました。
誇りを持って。
「わたしは教会のオルガニストです。」

6年間

何も分からないままリードオルガンの奏楽を始めて、数年が経過。

教区のオルガン研修会で先輩に尋ねてみた。
「オルガンをきちんと勉強するには、どうしたらいい?」

私には仕事があるから、音大に入学しなおすのはちょっと無理。
海外留学もダメだろう。(その頃は今みたいにデータ入稿が手軽に出来なかったから)

働きながら、国内で、だけど習い事レベルじゃなく、ちゃんとオルガンそして教会音楽と向き合えるところ。

先輩は2カ所を教えてくださった。
3年制、カトリックの音楽学校「グレゴリオの家」そして
4年制でプロテスタントの「キリスト教音楽学校」。

単に通いやすい立地条件と、授業料の安い方ということでキリスト教音楽学校の試験を受けて入学。
毎週実技レッスンと年数回のレクチャーに出ればいいや、という気持ちでいたけれど・・・

一生の恩師に出会い、
かけがえのない音楽仲間を得たのは、嬉しい誤算でした。

結局、本科、研究科と足掛け6年も在籍。
本科卒業時の卒業演奏会は、忘れられないデビューとなりました。





辿り着いたロンドン

2008年の夏、ロンドン・シティにあるSt.Giles International organ Schoolのサマーコースを受講し、同時にthe Royal College of Organistsのディプロマ試験を受験してきました。

そこに辿り着くまでの道のりを、ごくごく簡略化していうと


ふとしたきっかけで英国聖歌集を購入
お気に入りの曲の著作権者のところに、「the Royal School of Church Music」と書いてある
ネットで検索してみたら、世界中の誰でも会員になれる、アングリカン教会音楽の研究&教育機関であるらしい。ロンドンやカンタベリーでオルガンやクワイアの講習会を受けられることもわかった
ほぼ同時期に、キリスト教音楽学校に入学、月岡正暁先生に師事。
月岡先生が40年以上前に、給費留学生としてRSCMで学んでいたことを知る
奨学金の受給を希望して調べてみたら、2008年はRSCMでなくRCOとSt.Gilesのコラボでサマースクールが開催される事が分かった。月岡先生に推薦状を書いてもらって応募、授業料の助成を受けられる事になり渡英。


これは良く出来た偶然なのか、必然なのか。

私には、神様が用意してくれた道としか、今でも考えられないのです。

イメージ 1

教会奏楽者として最初に誘われたころ、私の所属する教会では「リードオルガン」…昔なつかしい足踏みオルガン、を使ってました。

「ストップ」という、音の種類を変えるノブが13個ついている。
へんなストップを選ぶと、へんてこりんな音が出る。
足で空気を送るのと鍵盤で弾くタイミングをうまくやらないと、
フガフガと情けない音になってしまう。
「これは、鍵盤を叩いて音を出す技術が全てを左右するピアノとは根本的に違う楽器だ!」
と確信。


それから大きかったのは、演奏じゃなく「礼拝で弾く」ということ。

「牧師先生(司祭)から指定された聖歌とチャント(お祈りの言葉にメロディーがついたもの)
の伴奏をすること、それから礼拝前、
ミサ(聖餐式。聖別されたパンとぶどう酒を会衆がいただく)の間になにか曲を弾くのよ」

先輩オルガニストから説明された奏楽者の仕事は言ってみればそれだけなんだけど、
実際やってみると疑問・知りたいことがゾロゾロ出て来る。

「何故、礼拝のこの部分でこの聖歌を歌うのか?
チャントってどんな音でどう弾いたらいいのか?
ミサの間に弾く曲を選ぶ基準は?どこでどんな楽譜を入手するの?」

先輩オルガニストもオルガンの専門家じゃないから良く知らない。
教会に用意されているのは、何十年も前に、プロテスタントの教会用に編集された初心者用の楽譜だけ。
司祭は礼拝学に関する範囲はご存じだけど、演奏法にたいしてはしろうと。

仕方なく自分であれこれ調べるうちに、どうやら私が町のかたすみの教会でやってることが、
西洋音楽の、とてつもない奥深い世界につながってるらしい、と分かって来たのでした。

ミサ曲。受難曲。バッハ。ヘンデル。モーツァルト・・・パイプオルガン!
私たちが今弾いてるのは、その雰囲気を日本のしろうと向けに、リードオルガンやピアノ用にアレンジしたものみたい。


元ネタを知らないまま漠然と礼拝で弾いちゃあ、いかんのじゃないか!?
聖書朗読や司祭の説教と同じように、礼拝で大勢の人が聴くものなのだから。
多くの人の心に影響するかもしれないものなのだから。


そこから、オルガンという深みにはまったわけです。

ピアノからオルガンへ

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かくして中途半端なままピアノをやめて約10年、なんとかマンガや雑誌のイラストを描いて生活できるようになった頃。

通いはじめた教会で洗礼を受け、やがて
「礼拝でオルガンを弾いてみない?」
と先輩オルガニストから声をかけられた。

ピアノを習っていたと、教会で話したことはなかったはず。
しかもその頃のわたしときたら、
茶髪にミニスカ、派手な化粧(ギャルじゃないよ)の一人暮らし20代。
夜遊びか原稿描きかで徹夜して、そのまま日曜の礼拝に出るような日々。

先輩オルガニストの姉さんによれば
毎週毎週の礼拝で、どの讃美歌も声高らかにハモってる私を見て
「この子はかなり弾けるにちがいない」
と思ったそうな。
今考えても、よく声をかけてくれたもんだと思う。

あら、見たところ礼拝で使うオルガン譜ってピアノ曲よりかなり簡単そう・・・
これなら弾けるかも〜、
などと軽々しく返事をした。

礼拝で弾くということがどんなことか、少しも分かっていなかった。
それでその後の人生が変わるとは、思ってもみなかった。

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