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聖ビンセンチオ・ア・パウロ司祭
1614年、フランスのパリに近い、クリチイ村に、ビンセンシオ・ア・パウロという33歳の主任司祭がいました。見捨てられた人々を救うために、このフランスの使徒は、大きな活躍をしました。
ビンセンシオは、懲役囚、売春婦、捨て子、また、戦争と革命の犠牲者に至るまで、当時の、ありとあらゆる身体的、道徳的悲惨から、人々を救おうと努めたばかりでなく、キリスト教の及ばない町の使徒にもなろうとしました。
貧者に奉仕するために、聖女ルイズ・ド・マリャックの協力を得て、1632年「愛徳姉妹修道女会」を創立しました。
村々に福音を述べ伝え、イエス・キリストの真の役務者である司祭を養成するためには、1625年に聖ラザロ修道院の敷地内に「宣教司祭会」を設立しました。
また、ピエール・ド・ベリュール、ジャン・ジャック・オリエと共に、フランスの諸所に神学校を設立するためにも働きました。
彼の活動は、まったく神み捧げつくした生涯のあらわれにすぎず、類まれなる深い謙遜に、根ざしていました。
「私たちは神の聖性と完全性に逆らっているから、万事にいたるところで、つまはじきにされるのが当然の、きわめてあさましい者であることを、心のそこから認めよう。」と言っていました。真に謙遜な人だけが、大胆にありとあらゆることを行なうことができるのです。
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2010年10月06日
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