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教会は、4月16日を聖ベルナデッタを記念して祈ります。
聖ベルナデッタは、フランスの有名な巡礼地、ルルドと深いかかわりがあります。
1858年 2月11日 マッサヴィーユの洞窟で、当時14歳だった彼女は、美しい婦人と出会いました。18回にわたるご出現です。もちろん、はじめ人々は信じませんでした。その貴婦人はベルナデッタにさまざまなメッセージを伝えましたが、そんな中で、「泉にいって顔を洗いなさい」とおっしゃいました。彼女が川に行こうとすると、洞窟の下を指差しました。そこを掘ると、泉が湧き出ました。そこから湧き出た水は、多くの人の病を癒しました。この奇跡の泉は、150年たった今もフランスの小さな町ルルドで、湧き続け、毎年多くの巡礼者が訪れています。
ベルナデッタは、出会った貴婦人に名を尋ねるように、神父様に言われました。ベルナデッタが尋ねると、その地方のことばで「私は無原罪の御宿りです」と答えられました。ベルナデッタは、その初めて聞く言葉を忘れないように、道々唱えながら神父様の元に行き、「わたしは無原罪の御宿りです。」と伝えました。それを聞いた神父様は驚きました。それは、ほんの4年前に、教義として定められたばかりの聖母マリアを表す言葉でした。田舎の無学な少女が決して知るはずのない言葉でした。このことばを聞いた瞬間、その貴婦人が聖母マリアであったことを神父様は信じるようになりました。
ベルナデッタは、その後、ヌベールの愛徳修道会に入り、小さな修道女として、生涯を過ごします。本当に目立たない生き方でした。それでも、マリア様を通して、イエス様と共にあった生涯でした。
ベルナデッタのことばをいくつか紹介したいと思います。
「自分のことなどは、わたしにとって、もうどうでもよいことです。わたしは、今から、すっかり神のもの、神だけのもの。決して自分のものではありません。」
「愛はすべてにうち勝つ、愛だけが、まことの喜びをもたらすのです。御心の愛はよろこびの源です。」
「おお、イエスよ、どうかお与えください。
謙遜の糧、従順の糧、愛の糧、
我意を打ち砕き、あなたのみ旨にわたしの意志を、まったく一致させるために必要な、力の糧を。自我に死ぬための糧、神ならぬものよりの離脱の糧、心の苦しみを耐え忍ぶために必要な忍耐の糧を。
おお、イエスよ、
あなたは、わたしが十字架に釘付けられることをお望みになります。み旨のままに。
主よ、お与えください。
よく苦しむことが出来るように、力の糧を。
万事において、常に、あなたをみることができる糧を。
イエス、マリア、十字架、
それ以外の友を、わたしは望みません。」
「慰めよりも、謙遜を、
苦しみよりも、忍耐を、
業よりも、意志を、
働きよりも、愛を、
ととのえることよりも、委託の心を、
ことばよりも 行いを
健康よりも 聖性への熱意を。」
マリア様のご出現という大きな恵みを受けた、ベルナデッタは、修道院で本当謙遜に生涯を生き、その生涯を終えました。
ベルナデッタは、35歳で、帰天しました。その後、彼女のお墓が開かれた時、ベルナデッタの死体は、腐敗を免れていました。今もまだ、そのままの美しい姿で、ヌベールの修道院に安置されています。
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聖ベルナデッタ
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