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ある国に、おじいさんが住んでいました。
おじいさんは、神さまが、人になるというクリスマスの出来事が、どうしてもりかいできませんでした。
ある日の事でした。空をたくさんの鳥が飛んでいます。
その鳥たちが、次々に、ガラス扉へとぶつかって、死んでいくのです。
おじいさんは、必死になって「そっちじゃない、こっちだ!こっちだ!」と叫びました。
しかし、鳥たちは、間違った道に進み、ぶつかっていくだけです。
おじいさんは、「ああ、私が鳥となって、鳥の声を話すことができたら、彼らを助けることができるのに・・・」と言いました。
すると、すぐに近くの教会の鐘がなり、クリスマスのミサが始まりました。
その鐘をきいた瞬間、おじいさんは、救い主が人となられたことの愛を実感したのでした。
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つれづれなるままに
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十字架称賛の祝日の次の日は、悲しみの聖母の記念日・・・
マリア様とイエス様はいつも一緒ですね。
イエス様が、十字架上で最後の願いとして、自分を十字架に掛けた
全人類をマリア様の子供にしてくださいという願い。
この痛々しい願いに対して、聖書は、マリア様の言葉を残してはいないけれど、
お告げの時と同じように、いつものとおり
「Fiat」 (お言葉通り好みになりますように)
っておっしゃったんだろうなあ・・・
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母の日です。世界中のお母様方の為に祈りたいと思います。
私たち人類の母である、聖母マリア様と共にイエス様のもとに行きましょう
+ 父と子と聖霊のみ名によって アーメン
聖母の5月となりました。聖母マリア様は、イエス様の生涯において、最も信頼ある理解者でありました。聖母の取り次ぎを願いながら、私たちもイエス様の愛に導いて行かれますように、聖母のまなざしとともに、主の受難と復活を黙想しながら、今の時をお捧げしましょう
聖母マリア様は、イエス様のそばにおられます。わが子は、死刑を言い渡されたました。わが子を見たのは、金曜日の朝早くでした。昨夜連れされて以来、初めて見るわが子でした。肌はあざに覆われ、血を流していました。私の心は、痛みの剣に刺し貫かれ、涙がほほをつたいました。
その最愛のわが子は、十字架にくぎつけられます。兵士たちがわが子を十字架の上に乗せ,くぎを打ちつけました。わが子の手と足が貫かれたとき、私の心に痛みがほとばしりました。それから兵士たちは、十字架を引き立てました。十字架の上に、私があれほど愛した子がいました。あざ笑われ、十字架の命の最後との時を苦しみと戦いながら。私は傍らに立ち、沈黙のうちにいのりました。
最愛のわが子は、十字架上で命を捧げます。母親にとり、目の前でわが子が死ぬのを見るほど、大きな痛みはあるでしょうか?この救い主を世にもたらし、彼の成長を見守った私は、彼が頭を垂れ、死ぬのを見ながら、なすすべもなく十字架のもとにと立ち尽くしました。わが子の地上の苦しみは終わりました。しかし、私の苦しみは増すばかりでした。私はそのことを受け入れました。私はそこに立ち、沈黙のうちに嘆きました。
最愛のわが子は、十字架から降ろされます。群衆が立ち去り、あたりは静寂につつまれました。私は静かに、わが子の友の一人と、わが子の遺体を見上げます。二人の人が、十字架からわが子をおろし、私の腕に渡してくれました。深い悲しみに私の全存在は、沈みます。同時に、私は、深い喜びをも感じます。わが子の命は残酷な終わりをとげましたが、私たち皆のために、命をもたらしたのです。
受難を通して、命を与えてくださったイエスさまの愛と、ともにおられたマリア様に心を合わせながら、しばらく黙想しましょう。
黙想
苦しみの時は終わりました。聖母マリア様は、復活の喜びをイエス様とともにされました。
イエス様とともに、そして、イエス様がなくなった後に、受難の苦しみを耐え抜かれた聖母のもとに、復活したイエス様が、訪れます。聖書には書かれていません。しかし、当然のことは、あえて記録には残しません。記す必要のないほど当然の出来事だからです。
聖母マリア様と、イエス様の復活の出会いを黙想しましょう。
閉まっていた重い窓が、大きな音を立てて開き、日の出の光とともに、イエスさまが、マリア様のもとに入ってきます。窓の開く音に頭を起こし、どんな風かを見ようとしたマリア様の目に、光り輝くわが子をご覧になります。美しい、苦しみの前の時よりも、ずっと美しいほほえみ、生き生きとして、太陽よりも明るい光にあふれ、光で織られた白い服を着たイエス様、マリア様に、近づいてきます。マリア様は、起き上がって、ひざまずき、胸で手を交差させ、微笑みながらも涙声のうち「主よ、私の神よ」といわれます。そして、イエス様をじっと見つめ、微笑みのうちに、全く平和に浸ります。
イエス様は手を差し出します。するとイエス様の傷跡から、栄光の体をもっと光あふれるものにする、光が流れでました。イエス様の声は、勝利、喜び、解放、祝い、愛、感謝の叫びです。
イエス様は、ごじぶんにあえて触れようとしない御母の方にかがみ、曲げたままの肘を抱えて立たせ、抱きしめて接吻します。まさにそのとき、マリア様は夢ではなく、実際によみがえったわが子イエスを、子として、母を愛している自分の生んだ子供を実感します。一声叫んで、イエス様の首に抱きつき、笑泣きをしながら抱きしめて接吻します。イエス様は言われました。
「今、すべてが終わりました。これ以上、あなたの子のためになく必要はありません。試練は終わり、購いは、もう行われました。お母様、私を宿し、育て、生きるときも死ぬ時も私を助けてくださったことを感謝しています。私はあなたの祈りが、私に届くのを感じていました。その祈りは、苦しみの時の私の力、この世での、またこの世のかなたまでの、私の旅の仲間でした。
私は人間の姿をして、父の所へ行きます。しかし、私はあなたを一人で残しはしません。あなたが悲しみの中にいたとき、ヴェロニカが届けたあの布をごらんなさい。私がむなしくなった時、あなたに慰めを与えるために、奇跡の力を発揮しました。いま、あなたのために、もう一つの奇跡をおこないます。あなたは御聖体の秘跡において、私を宿していた時と同じように、私とともにあります。一人にさせるはずがありません。
もう、私たちは父から、離れません。あなたも子から離れることはありません。子を持てば、私たち三位一体を持つのです。生きる天であるあなたは、地上に、人間の中に、三位一体をもたらし、司祭たちの女王で、キリスト者たちの母であるあなたは、教会を聖なるものとします。それから、私はあなたを迎えに来ます。そのときには、もやは、私があなたの中にではなく、あなたが私の国で、私と一緒にあって天国をより美しくします」
イエス様は、マリア様に真っ先に会いに来られました。救いの喜びと、復活の神秘を共に喜ぶためでした。マリア様ほど、イエス様とともに購いに預かった方はいません。ですから、喜びも誰よりも深く味わわれたのです。私たちは、マリア様を通して、イエス様のもとに連れて行っていただきましょう。
黙想
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間もなく、御復活を迎えようとしています。
いつもお世話になっています。お久しぶりの方もいらっしゃると思います。
さて、東日本の大震災には、皆様、心を痛めておられると思います。
今日、このようなFaxをいただきました。もうすでにご存じかもしれませんが、お知らせしたく思い、メールをさせていただいています。
そして、多くの方の心からの祈りをよろしくお願いいたします。
クリスチャン弁護士の佐々木満男弁護士より、
「今、福島の友人から、メールをもらいました。知り合いに転送しているようです。
是非読んでいただければと・・・
皆さん どうかお願いがあります。
祈りを、皆さんの祈りを
今、福島原発で命がけで、われわれの国、この日本を 国民を
あなたを あなたの家族を救うために懸命に仕事をしている人々がいます。
どうか祈ってください!作業が成功するのを!お願いします
自衛隊特殊化学防護隊の隊員たちは志願者です。
しかも、年齢は55歳からうえ、もう子育ても終わりに近づいて思い残すことはないと志願者となったようです。そのような志願者が50名。
時事通信社の記事があります
東電が全国の電力会社、協力企業に助けを求めました。
志願者です。決死隊として原発の内部作業をする、原発関係者のベテランを募ったのです。
中国電力の原発勤務40年というある男性が、
このような作業は、自分たちのようなベテランがやるべきだ。
自分は定年まであと一年あるし、子育ても終わったとして、志願したそうです。
ご家族は静かに思いを語る自分の夫、父親の決意に何も言えなかったそうです。
その方の御嬢さんは、今までと違う父の物静かな顔を初めて見たそうです。
志願者20名。翌朝、いつも出勤するときのように
じゃあ 行ってくる。と言って玄関を出たそうです。
原発での作業中、放射線被爆があります。国が定める限界被爆単位100ミリシーベルト。
それが250シーベルトになりました。何故なら、彼らが望んだからです。
100ミリシーベルトではすぐに時間が経ってしまい、数分では作業が出来ない。
だから国に250ミリシーベルトに上げてくれと・・・。その為の被ばく量は、覚悟の上なのです。
そのおかげで 先日、あと一歩で臨界点というところで、臨界が止まったのです。
もし、この臨界点に達していたら、私たちは今、この時を、この時間を過ごしていません。
家族と恋人と仲間、友人とのこの時間がなかったかもしれないのです。
半径300キロの生物の生存率は、限りなくゼロに近かったんです。
今のこの時間は、彼らのおかげなのです。
経営側幹部たちは我が身安泰のため、情報を小出しにし、
遠く離れた東京から出てきませんでした。
お願いです。皆さん 祈ってください!
皆さんの祈りを・・・ 作業が成功するように 祈ってください!
皆さんの想念を送ってください!
今日 放水作業が無事終わりました。
明日の作業も成功するように。隊員たちが無事であるように。祈ってください!
どうかお願いします!
そして、家族、友人、仲間、一人でも多くの方に知ってもらい
祈ってほしいので伝えてください!お願いします!」
以上のような内容でした。皆さんどうぞお祈りお願いします。
また、よろしければ、祈りの呼びかけを皆さんのお知り合いの方々にお願いして、メールを送ってください。ブログをなさってる方がおられれば、ブログにも載せていただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いします。祈りのうちに・・・・・
アヴェマリア
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