奇想の庭(復活そして昇天)

19世紀末から20世紀前半のロシア文化を駆け巡り、拾い集め、組み立てて、発見する・・・・・・

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 煤汚れたような、何世紀も経たような、日本のガラス張りの味気のない高層ビルとは対照的な、こうした家に飽くなき魅力を感じ続ける。昔はどんな人が住んでいたのだろう。今は、どういう階層の人が住んでいるのだろう? 出入りしている人を見ていると、まったくの普通の市民のようだ。一階には、小さな、小さな劇場がある。最上階のドームのあるところや列柱回廊のような部分を見ると、かつては優雅な人たちが住んでいたかも知れないと想像することすらできる。よほど有名な宮殿でもない限り、その建物はいかに古かろうが、風変りな姿をしていようが、その歴史が語られることはあまりない。ましてや、この姿のまま帝政末期の動乱の時代を生き抜き、ソ連時代を突っ走ってしまったのだ。かつての記憶は風化して、時の彼方に消えてしまった。
	
 ほとんど知られていないことであるが、わたしは偶然に、かつて帝政時代には何の建物であったかを知ることになる3つの重要な優雅な建物に出会っている。一つは有名なイサク大聖堂と向かいあった、高い柱に囲まれた茶色い建物である。それは、かつてドイツ領事館であったのだ。第一次世界大戦の勃発とともに、ドイツ領事館で働いていたドイツ人は皆、ドイツへ帰ってしまった。むかしは、この建物の屋根には四頭立ての馬に曳かれた戦士の像があった(ベルリンのブランデンブルグ門にあるもののようなもの)が、今はない。中は何かの会社になっており、「ここは宮殿ですか?」と訊ねても「宮殿ではない」という無関心な答えが返ってくるばかりだ。もう一つはアニーチコフ宮殿である。ここは、見学ツアーがあるが、チケット売り場が非常に見つけにくいし、いつでも公開しているわけではない。ここには、かつて、アレクサンドル三世の皇妃、デンマーク人のマリヤが住んでおり、皇帝の死後は皇太后となって、そこに住み続けた。そこへ、ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ二世と新婚のアレクサンドラ皇后がやってきた。ニコライ二世の母であるマリヤ皇太后と彼の妻であるイギリス人とドイツ人のハーフであるアレクサンドラ皇后は非常に仲が悪く、毎朝、同じテーブルで食事をしたが、一言も口を聞かなかったそうである。三つめは、リチューイヌィ大通りに面したユスポフ邸の一つである。ラスプーチンを殺害した一人として有名な、このロシア一の大富豪の御曹司の最も知られた宮殿はモイカ川沿いにあり、訪れる人は絶えないが、これは別のものである。今は学校になっており、関係者以外は入れないが、ある時、忍び込んで写真を撮らせていただいた。やがて、バレて追い出されたが。ここは、ユスポフ公が第一次世界大戦中に病院に改修して、そこには最も重症な負傷者を収容し、彼が集めた最も腕利きの医者やスタッフがいたという。暗殺者として歴史に残ることになってこの大公には、母譲りの非常に慈善好きな一面もあったのだ。ここは、そのうちに写真を公開しようと思う。

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