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大地震の後、余震や交通の乱れを考慮し、節電のために多くの映画館が休館し、百貨店なども18:00までの営業となっている。街の明かりは半ば消え、いかにも非常事態の様相を呈している。そうした中で、少しずつ日常を回復しはじめた催しもある。ロシア文化フェスティバルの一環として、1960年代から2007年までのロシア映画が25本ほど上演され、映画の後にはロシア文化に造詣の深い諸氏によるトークショーも催された。 カフカの『変身』がロシア屈指の演出家ワレーリイ・フォーキンによって2002年に映画化された。同監督はすでにこの作品を舞台でも見事に演出している。 『変身』を映像で観るのは初めてであり、きわめて興味深かった。「虫」が見たかったのである。甲虫のような身体をし、無数の脚を持った巨大な虫はどのように表現されるのだろう。虫になったグレーゴルと家族との関係はどのように演出されるのだろう。グレーゴルの死は? 〈ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した〉── フランツ・カフカ「変身」高橋義孝訳より 映画の中では、アメリカ風の精巧な作りものである虫などが登場することもなく、一人の俳優が10本の手足を絶えずもぞもぞと動かし、ベッドから転げ落ち、床や天井や窓を這いまわり、埃にまみれ、奇声を上げ、林檎を投げつけられ、一室に閉じ込められ、新聞紙の上に集められた野菜くずのようなものを食べ、「ゴキブリちゃん、南京虫ちゃん」と呼ばれ、最愛の妹からも消えてくれと言われ、ひっそりと死んでゆく悲劇を演じている。ロシアで現在人気ナンバー・ワンのエヴゲーニイ・ミローノフがこれほど衝撃的な汚れ役に挑んでいるのであった。 映画が終わった後、震災で亡くなられた方々のために皆その場で立って一分間の黙祷をし、それから、フォーキンの演出による『変身』の演劇版を観られた演劇研究家によるトークショーが始まった。客席が上で、箱の底のような舞台を観るという斬新な演出であったという。グレーゴルの部屋と家族の居間はチュールによって仕切られていたということである。 |
ソビエト/ポーランド映画の部屋
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しばしば、映画やドラマのとんでもなくつまらない凡庸なシーンにやたら感動的な音楽がつけられ、違和感を覚えることがある。実際はいかなる心の動きも物語の展開もないのだから。というよりは、それらの陳腐な手法に呆れ返ってしまうのだ。 ところが、『カメラを持った男』はそうした凡百の手法とは対極の位置にある。 第一に、この映画にはいかなるセリフもない。理由なき感動をもたらすための、あるいは一種のプロパガンダを意味するような安っぽい音楽も流れない。職業俳優も一人として登場しない。映画に登場する無数の人々はすべて普通に生活する、流れ作業や建設の仕事に従事する、スポーツをする、大道芸を見物する、出産する普通の市民たちなのである。あるいは、さまざまな動きをする機械や馬車、自動車、大空を移動する雲、そうして静止した建築物、歯車や滑車、製品を量産するための機械の動き、煙草工場、クレーン、同じものが判で押したように立ち並ぶ味気ないビル群、建設中のモニュメント、群衆が溢れかえり、大通りで市電や馬車やバスや自動車とのめまぐるしく危険をはらんでの交錯、狂ったように壁に泥をぶつける女性、異様に肥満した女たちのためのエステサロン、馬、鉄道、それから、形や動きの類似から生じるあらゆる連想…完全な沈黙の中で白と黒と灰色だけで描かれた静と動のコンポジションなのである。そうして、全市民を描いた壮大なドキュメンタリーでもある。 主人公はカメラである。すべての動きを捉え、私情もまじえず冷徹に記録する。それは時にはめくるめく速度で展開され、ふっと突然静止する。 驚くべきことは、このストーリーもなくセリフも音楽もないドキュメンタリーが68分もの間、十分な説得力をもって私たちを雄弁に惹きつけ、すべてを見せてしまうことである。 |

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以前、記録映画『リヒテル<謎>〜甦るロシアの巨人』をご紹介しましたが、その時は第一部についてしか書きませんでした。第二部の冒頭で、リヒテルは自ら「端役」で出演した映画について語ります。リヒテルはとつとつと語り出します。 まあ、端役だけどね。映画『作曲家グリンカ』のリスト役は私だ。グリンカ*の時代のものであれば何でもござれの発想で、プーシキンだのトルストイだの詰め込みすぎの作品だった。それでもヒットしたよ。*ミハイル・イワーノヴィッチ・グリンカ(1804-1857)はロシア国民楽派の祖。 映画の一部が紹介されます。 ホールの支配人が舞台に立って、聴衆にフランツ・リストを紹介します。 「紳士淑女の皆さま、今からムッシュー・リストが即興を披露します」 リストは立派な彫刻の施された銀のトロフィーの中から一枚の楽譜を取り出します。そこには聴衆のリクエストするテーマが溢れんばかりに収められていたのです。選ばれたテーマはグリンカ作曲の『ルスランとリュドミラ』の「チェルノモールの行進」でした。リストは楽譜に目を通し、「素晴らしい主題だ。実に新鮮で独創的だ」と言います。そうして、すぐにピアノに向かうと、嵐のような迫力でたった今見たばかりのテーマを即興で演奏し始めました。沸きに沸く聴衆。とある男がもう一人に「すぐトロイカに乗ってグリンカ氏を連れてこい」と命令します。場面は一転してグリンカがトロイカで疾走して駆けつけてくるシーンになります。そうして、リストが弾き終わる頃にグリンカがホールに到着して、二人は挨拶を交わすのです。 「リストです」「グリンカだ」 こういう場合、ほとんどは俳優がどうにか指や腕を動かし、頭を振ったりしていますが演奏はアフレコということが多いのでしょうが、やはり、本物の偉大なピアニストが実際に演奏しながら演じているリストは格別でした。髪振り乱し、のけぞったりして恐ろしい迫力で演奏する伝説的なリストの演奏法もうまく演出されていたように思います。 |
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「美しい本」1月28日の記事でコラージュを紹介したセルゲイ・パラジャーノフの映画である。ソ連時代に迫害を受けた彼は生涯に4本しか長編映画を撮らなかった。彼が1974年に投獄された際には、ヴィスコンティ、フェリーニ、ロッセリーニ、アントニオーニ、ブニュエル、トリュフォーといった世界の巨匠たちが抗議運動に立ち上がったという。
冒頭でパラジャーノフ自身が「この映画は18世紀アルメニア詩人サヤト・ノヴァの伝記ではない。ただロシアの詩人ブリューソフが“中世アルメニアの抒情詩は世界史における人間精神の最高の勝利の一つである”と述べたような詩的世界のイメージを映画という手段で伝えようとしたのだ」と述べている通り、全8章に区切られて語られる詩人の生涯のそれぞれの章は、幻想的な儀式として、象徴的な舞踏と音楽として、色彩豊かでエキゾチックな映像詩として綴られる。8章のタイトルは以下の通りである。 第1章 「詩人の幼年時代」 第2章 「詩人の青年時代」 第3章 「王の館」 第4章 「修道院に入る」 第5章 「詩人の愛」 第6章 「詩人の老年時代」 第7章 「死の天使との出会い」 第8章 「詩人の死」 監督・原案:セルゲイ・パラジャーノフ キャスト:ソフィコ・チアウレリ(青年詩人・詩人の恋人・尼僧・天使・パントマイム)、M・アレクアン(幼年時代の詩人)、V・ガスチャン(僧院の詩人)、G・ゲゲチコリ(老いた詩人) アルメニア映画/1971年/73分
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20世紀最高のピアニストの一人、記憶力が良すぎることが悩みだったというスヴャトスラフ・リヒテルが80歳にしてすべてを語る、音楽に捧げた、ソビエト時代を生き抜いたドキュメンタリー映画である。 リヒテルは1915年ロシア人地主貴族の母とドイツ人のピアニスト兼作曲家の父との間に生まれた。母が世俗的でありすぎたので、世俗が一切嫌いになり、政治とは関わることがなかった。また、ピアノは独学であったが、15歳の頃からオペラやバレエの伴奏をして金を稼ぎ始め、19歳でオール・ショパンのプログラムの初リサイタルを開き、1937年、22歳の時初めてモスクワ音楽院のネイガウスに師事した。 折りしも時代はスターリン統治下の最悪の状況で、リヒテルは政治思想強化のクラスに出席するのを拒んだために二度も音楽院を追放されたりもするけれど、プロコフィエフに依頼され、彼の指揮でその人のピアノ協奏曲第5番を弾くことになった。その後はソビエト中を演奏旅行して回った。 1953年スターリンが死去し、リヒテルは赤の広場での葬儀でピアノを演奏した。その時バッハのフーガを演奏したのだが、それがスターリンへの抗議だなどど物議を醸すが、そのあたりの真相をリヒテルが明かす。 以上が第一部で第二部はようやく〈西側〉での演奏活動が許され、世界中に羽ばたくリヒテルの姿が数々の名演奏の映像によって綴られる。 第一部、第二部で演奏された曲目の一部を挙げておきます。 シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第5番 ト長調、つかの間の幻影、ピアノ・ソナタ第2、6、9番 ショパン:エチュード二曲、バラード第4番、スケルツォ第2番 リスト:ピアノ・ソナタロ短調 シューマン:幻想小曲集、クライスレリアーナ チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 バッハ:幻想曲とフーガ イ短調 その他モーツァルト、メンデルスゾーン、ラフマニノフ、ベートーヴェン、ドビュッシー、ラヴェル。 |

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