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『野いちご』『第7の封印』『処女の泉』などで生と死、信仰、孤独などの人間の普遍的なテーマと真正面から取り組んできたベルイマン監督が再びそれらの問題を鋭く抉り出す。『叫びとささやき』では、「赤い部屋」で女たちの情念が、ある時は苦痛や憎悪の叫びとなってぶつかり合い、ある時は優しいささやきとなって交感する。 〈ストーリー〉 19世紀末。朝まだき頃、緑に囲まれたスウェーデンの地方の大邸宅の一室で37歳のアングネスは激しい痛みのために目を覚ました。耐え難い苦痛に歪む顔。末期の子宮がんに侵された彼女は余命いくばくもない。すでに結婚して屋敷を出ていた姉のカーリンと妹のマリーアが来て代わる代わる看病してくれる。それから、召使のアンナが献身的に世話をしてくれる。アンナはまだ若いが、一人娘を失った寄辺なき身である。アングネスは親の死後も独身のまま屋敷の財産を管理していた。 アングネスは日記をしたためた。壁紙も床もカーテンもすべて赤に統一され、美しい家具調度に囲まれ、装飾的な時計の数々が彼女に残された短い時を刻み続ける静まりかえった広間で。姉と妹はいつしか長椅子に横たわり静かな寝息をたてていた。白いネグリジェ姿のアングネスは、白薔薇の香りを吸い込むと、20年も前に亡くなった母の想い出に耽った。光溢れる緑の庭園を孤独を求めてさまよっていた母。妹のマリーアとは気が合っていたが、内向的な自分にはよそよそしく冷淡であったような印象さえある母。一度だけ、母はアングネスを悲しい目で見て、彼女に優しく触れたことがある。 医者が往診に来た。アングネスを診察し終わると、カーリンに、「長くはあるまい」と告げる。帰りかけた医者ダーヴィッドをマリーアがそっと引き止め、唇を求めた。かつての不倫の相手である。彼のほうはすでに彼女に関心はなく、彼女の誘いに応じかけたものの、「だめだ」と言って去ってゆく。かつて、この同じ屋敷で、マリーアは彼を一室に導き誘惑したことがあった。その時には、彼は彼女を鏡の前に立たせるや、厳しく批判した。昔の彼女とは打って変わって、打算的で、冷たく笑い、人生に退屈した女の細かい皺が目の下に刻まれていることを。すべては無関心のせいであると。 さて、マリーアの夫は裕福な商人であるが、妻の浮気を察すると、腹を中途半端にナイフで刺して、お粗末な自殺未遂をしでかした。 アングネスが真夜中にひどい発作を起こした。ほとんど息が出来ない様子で、胸をかきむしり、身をのけぞらせてぜいぜいいう。医者を呼びにやったが留守であった。彼女は一晩中苦しみ続けた。翌日、いったんは楽になって、姉妹に身体を拭いてもらったり、本を読んでもらったりして、ささやかな幸せを味わったものの、ふたたび容赦ない発作に襲われ、「もういやよ!お願い、誰かわたしを助けてよ!」と叫んだ後に事切れた。 カーリンの夫は多忙な外交官である。夫婦の関係は冷え切っているようだ。アンナが腕を揮った豪華なもてなしの料理を夫は黙々と食べ続け、カーリンはワイングラスを掴みそこねて割ってしまう。その欠片の一つを手にとると寝室まで持ってゆく。「何もかも嘘ばかり。積み重ねた嘘ばかり」と憎しみに燃えた目をして吐き捨てるように言うと、うめき声とともに自分の性器にガラス片を突き刺した。夫がベッドに行くと、血だらけのカーリンがその血を自分の唇や頬に塗りたくって、挑むような狂気の微笑を彼に向かって投げかけた。 翌日、カーリンが屋敷の財産整理をしていると、マリーアが、もっとお互いのことを深く知って仲よしになりたいと言いに来た。カーリンは険しい表情をして、逃げるようにその場を立ち去った。マリーアが後を追う。偶然飛び込んだ部屋で、二人はアングネスの日記帳を見つける。カーリンが声を出して読んだ。カーリンとマリーアが来た日について書いてあった。「人生で最高の贈り物をもらった。人の優しさや思いやり、ぬくもりや愛情、これが神の恩寵なのだ」アンナがその声を聞きつけ、聞き耳を立てる。彼女は亡くなったアングネスを深く敬愛していたのであった。 廊下でマリーアはカーリンに近づく。「やめて、近づかないで、触れられたくない!」と叫ぶカーリン。その顔に唇に優しく触れるマリーア。「やめて!わたしに優しくしないで!耐えられないの、責苦だわ。地獄のよう!」相変わらずカーリンは拒み続ける。「あなたが憎い。人に媚びる態度もその微笑も嫌い。お見通しよ。優しい抱擁も言葉もうわべだけ。憎しみを抱いて生きる気持ちが分かる?許しも休息もない。救いもない。そんな人間の気持ちが理解できて?」マリーアは泣き出す。カーリンは走り去って、悲痛な叫びを上げる。だが、泣いているマリーアに許しを請い、二人はひしと抱き合った。髪や顔に触れ合いながら、ささやくようにぺちゃくちゃと長いことお喋りをした。少女時代に戻ったように。 アンナは死んだはずのアングネスの部屋から泣き声が聞こえてくるのに気がついた。カーリンもマリーアもその声を聞いていて、怯えて虚ろな目をして硬直したように佇んでいる。アンナがアングネスの部屋に入った。すると永遠の眠りについている筈のアングネスの目から涙が流れている。「わたしは死んだわ。なのに眠れない」と彼女は言った。そうして、カーリン姉さんを呼んで、とアンナに頼んだ。カーリンが入ってくると、アングネスは言う。「手を取って温めて。怖いの、そばにいて」カーリンは憎悪でいっぱいの怒気を帯びた眼差しをアングネスに向け、「頼みは聞けない。あなたの死にかかわりたくない。愛していれば別だけど、愛していないから。このままおとなしく死んでちょうだい」と彼女を冷酷に突き放した。今度はマリーアが呼ばれた。「怯えないで。わたしに触れて話しかけて。手を取って温めて」とアングネス。マリーアはベッドの端に腰掛けると、いかにも優しく笑みさえ浮かべ、「見捨てておけない。小さい頃、夕暮によく遊んだわね。急に闇が怖くなってしっかり抱き合ったわ。今もあの時と同じ─」と語りかけるのであった。ところが、アングネスは「聞こえない。近づいて」と言うと、闇をまさぐるように手を差し伸べてきて、マリーアの頬や髪に触れるのだった。その肩に手をかけ強引に彼女を引き寄せると、唇を求めた。マリーアは絶叫した。アングネスを突き放し、転がるように扉のほうまで逃れるが、狼狽のあまり、ノブを回すことさえ出来ないほどであった。憎悪を剥き出しにするカーリンと偽善的なマリーアを見てアンナは意を決した。「あたしに任せてください」アンナはアングネスのベッドで胸をはだけ、その豊富な乳房でアングネスを慈しみ、あやして眠らせるのだった。 葬儀は速やかに行われ、カーリンは帰りを急ぎ荷造りに余念がない。彼女の夫が、「牧師の説教が短くて助かったよ」と言うとマリーアの夫が「アンナの件は?」と言う。アングネスの形見でもやって暇を出そうということになった。そこで、アンナを呼んで、何が欲しいかと尋ねるが、彼女はきっぱりと「何もいりません」と答えた。 屋敷を去る間際に、マリーアは夫を促し金を受け取ると、アンナに握らせた。そのマリーアをカーリンが引き止める。「話があるの。あの晩心を開いて話し合ったわよね。あのことを忘れないで」「ええ、いいわよ。仲よしになれたわ」とマリーアは答えたが、どこか真心の感じられないよそよそしい調子である。「何を考えているの?」とカーリン。「あの時のこと」「ウソよ」すると、マリーアはぞっとするような冷たい目をカーリンに向けた。「わたしの考えがそんなに気になる?何がお望み?」カーリンは絶望的に目を曇らせ首を振った。「別に」「では話は終わりね。失礼するわ」くるりと背を向け去ろうとするマリーアを、カーリンは挑むように見つめた。「わたしに触れたわ。忘れたの?」それに答えるマリーアの眼は氷のよう。「何と言ったかいちいち覚えていない」それから、いつもの愛想のよい笑みを浮かべ、「また四旬節にね」とカーリンの頬にキスをしようとするが、彼女は顔をそむけ拒絶する。「残念だわ」と言い捨てマリーアは去った。 誰もいなくなった屋敷でアンナは布に大切にくるまれた宝物を手に取った。それはアングネスの日記帳であった。アンナは日記を読み始める。 「9月30日水曜日 秋の気配が漂っている。気持ちがよかった。カーリンとマリーアが会いに来てくれた。少女の頃に戻ったようだ。具合が良かったので近くまで散歩に出た。みんなで笑いながらブランコまで走った。3人で仲良く座った。アンナが優しく揺らしてくれる。苦痛は消えた。一番大切な人たちがそばにいる。おしゃべりに耳を傾け、体のぬくもりを感じることができた。時よ止まれと願った。これが幸福なのだ。もう望むものはない。至福の瞬間を味わうことができたのだ。多くを与えてくれた人生に感謝した」 叫びもささやきもかくして沈黙に帰した。 1973年スウェーデン映画/95分 監督/脚本:イングマール・ベルイマン 音楽:フレデリク・ショパン、J・S・バッハ キャスト:ハリエット・アンデション(次女アングネス)、イングリード・テゥーリン(長女カーリン)、リヴ・ウルマン(三女マリーア)、カーリ・シルヴァーン(女中アンナ)、エルランド・ヨーセフソン(医師ダーヴィッド) |

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