19世紀に一枚一枚手で彩色された鮮やかで華やかな聖人のラベルです。何に使われたのかわかりません。チェコのチェスキー・クルムロフ城で有名な小さな村の古書店で見つけたものです。最後の写真はおまけです。アルメニアの銀の十字架です。本来はアルメニアの十字架は石に彫られ、ハチュカルと呼ばれ、教会の周りに立っています。写真の十字架はアルメニアはエレヴァン郊外の教会の売店で購入したものです |
アンティークの献呈
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ソット・ヴォーチェ[声を和らげひそやかに]と指示されたピアニッシモの8個の和音の序奏が霧の帯のように漂って、3小節で曲全体のムード(情調)を描き出します。それから、心の奥に秘めていた最も純粋で感じやすい魂が揺さぶられ、神経の隅々まで染み渡るようなメロディがゆっくりと澄んだ音色で奏でられます。それは、ひどく繊細に変奏されながら繰り返され、軽快なリズムの経過的な数小節を経たのちに、同じメロディが、さらに細部に、注意深く聴いていなければ気づかない装飾的な変化が加えられ現れます。 中間部は、甘美な心の襞を撫でるようなメロディが歌われ、それがリズムの反復によって優しく内省的にこだまして、夢見るような回想に耽っている気分が醸し出されます。そうして次第に情緒が高まってゆき、感極まる様子で突然この部分は打ち切られ、ふたたび冒頭の澄んだメロディにつながってゆくのです。 ショパンは14歳の時に両親に宛てた手紙の中でこのマズルカを「小さなユダヤ人」と名づけています。この標題と曲との関連はよくわかりません。しかしながら、このしみじみと演奏されるマズルカには舞曲としての旋回感はさほどなく、悲しい記憶、哀愁、ノスタルジア、憧憬、満たされたいと思いつつ届かないあらゆる願望が凝縮され、それらにまつわる個人的なささやかな感情がくすぐられるような不思議な印象を受けるのです。 イングマル・ベルイマン監督の映画『叫びとささやき』の中で、この曲が流れ、主人公が20年も前に亡くなった母を回想し、死者との思いに耽るシーンがありました。
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《24の前奏曲》について、これまでそれぞれの曲の構成やイメージについて書いてきました。 一曲一曲は概して長いものではなく、全24曲の中で50小節を超える曲は6曲だけなのです。にもかかわらず、これほど一曲一曲が際立った個性を持ち、聴く人それぞれが自由なイメージを描き続けることを許してくれるような曲集が他にあるでしょうか。ショパンと同時代の作曲家フランツ・リストはショパンの演奏会に臨み、その時聴いた前奏曲についてこう書いています。 ショパンの《前奏曲》はまったく特殊な様式の作品である。タイトルから考えられるごとく他の曲の導入部として演奏されるよう定められているだけでなく、これら詩的な前奏曲は、同時代の偉大な詩人のものと同様にその金色の夢想によって聴く者の魂を揺さぶって、理想の領域にまで高めてしまうのである。多様性においてはまことに感嘆すべきものであり、そこに見出される完成度の高さと知識の豊富さといったら、これはもう細心綿密に吟味されたものであると評するほかはあるまい。その一方で、すべてが感情のほとばしりや不意に生まれ出たものの素描のようにも思われる。天才の作品を特徴づけているものは拘束されることのない堂々たる風格である。
一方、リストの弟子でもあり、19世紀の最も偉大な指揮者の一人であったハンス・フォン・ビューローはこの24曲すべてに標題をつけています。 人の感じ方はそれぞれであり、また、それを自分の感じ方と較べてみるのも楽しいことです。 ハンス・フォン・ビューローによる標題 第1番《再会》、第2番《死の予感》、第3番《あなたは花のようだ》、第4番《窒息》、第5番《不安》、第6番《鐘は鳴る》、第7番《ポーランドの踊り子》、第8番《絶望》、第9番《幻影》、第10番《夜の蛾》、第11番《とんぼ》、第12番《決闘》、第13番《喪失》、第14番《恐れ》、第15番《雨だれ》、第16番《冥界》、第17番《パリのノートル・ダム広場での情景》、第18番《自殺》、第19番《心からの幸福》、第20番《葬送行進曲》、第21番《日曜日》、第22番《焦燥》、第23番《遊覧船》、第24番《あらし》 Photo:Lavretsky
2枚目の写真はペール・ラシェーズ墓地にあるショパンのお墓 |

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《24曲の前奏曲》の最後を飾るこの堂々たるニ短調は非常に謎めいた一曲です。二短調といっても、左手の分散和音がひとしきりその調の最も基本となる和音を繰り返している間にも、その上に弾かれるメロディは短調のようでもあるのに、完全には短調ではなく、どこか泣き笑いのような響きがします。それもそのはず、これは古代の教会旋法の一つエオリア旋法と同じ音階から出来ているのです。さらに、このテーマはベートーヴェンのソナタ《熱情》の緊張感溢れるテーマが叙情的に、ゆるやかに変奏されたような印象さえあります。このテーマは曲全体を支配しており、時折、ものすごい速度で昇り降りするパッセージを閃かせつつ、転調しては繰り返され、後半では古典派の音楽のように展開されさえするのです。展開されつつ、強い憧憬や哀感に胸が締め付けられるような増四度の和音が現れ、それから同じテーマがオクターブで弾かれ最高潮に達し、感極まったところで、突然、短三度を重ねた半音階が高みからフォルティッシモで稲妻のごとく落ちてきて、すさまじい速度で深淵に滑り降り、吸い込まれてゆくのです。その悲痛な衝撃は比類なく美しく悲劇的でさえあります。 この衝撃はさらに強まり、フォルティッシシモ(フォルテが三つ)で弾かれるストレットという緊迫した部分や、フォルティッシモ(フォルテが二つ)やフォルティッシシモで下降する目にも留まらぬ速度のパッセージが代わる代わる現れ、最後に天体が落下するごとき強烈な急降下のパッセージに続くアクセントのついた低いD音の休符を挟んだ三連打、そうして、音にはならない長い休止によって曲は閉じられるのです。 それにしても、最後の三連打からは、音楽的にも精神的にも、未知の、険しい、揺るぎない来世への決意に満ちた、言わばこちらの世界とあちらの世界の中間に閉ざされている運命の扉を叩いているような強烈なメッセージが伝わってはこないでしょうか……? Photo:Lavretsky
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右手が16分音符で、なだらかな尾根のような形を描く澄んだ軽快な分散和音を奏で始めるや、魂は山の高みの情景へと連れ去られていってしまいます。そこは峨峨とそびえる厳しいアルプスではなく、地中海を向いたアペニン山脈の、青空のもとの麗らかな情景に違いありません。花咲き乱れる浅緑の裾野の上を時折、かすみのような雲が棚引き、そこへ左手で弾かれるトリルを含んだのどかな山のメロディがよぎってゆきます。この印象的なメロディは二回ほどこだまして、曲が終わりに近づく頃、もう一度最後の余韻を楽しむかのように繰り返されます。この心地よい曲に抱かれていると、身も心も軽くなって、そう、さながら精霊となって大空を自在に飛びかけっているような、清澄な仙境に遊ぶ心地になるのです。 Photo:Lavretsky
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