奇想の庭(復活そして昇天)

19世紀末から20世紀前半のロシア文化を駆け巡り、拾い集め、組み立てて、発見する・・・・・・

19世紀ロマン派点描 旅行編

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「ねえ、君、旅する音楽家なんてさ、本当に滑稽な存在でね」で始まるこの手紙によってフランツ・リストは、音楽家は画家たちと違ってなかなか正当に評価されることがない、作品一つを発表するにしても、様々な交渉を余儀なくされた上に、結果は演奏者次第、また、旅をする画家が風景によって彼の成果を表現するようには、聴衆に具体的なイメージを伝えることも出来ないのだと訴えます。やがて話題はミラノ・スカラ座のことにおよび、イタリアの音楽事情が語られます。本編はフランツ・リストの名前で1838年9月2日号のgazette musicale誌に掲載されたものです。しかし、実際の執筆はマリー・ダグー伯爵夫人に負うところが多いのではないかと思われます。彼女は後にダニエル・ステルンのペンネームで『1848年革命史』を出版した作家です。とはいえ、これは二人の知識人が共に見聞し、体験し、共感したドキュメンタリーであることに変わりはないでしょう。(原文:フランス語/本邦初訳)
 この民族はいつでも勇壮で誇り高かった。その厚い胸には常に気高い心が安んじており、その高慢な額

には無知や隷属は似つかわしくない。他の民族よりも幸運だったことには、彼らの知性は偽りの光によっ

て目を眩まされることもなく、誤った道に足取りを惑わされることもなかった。偽の預言者たちの言葉に

耳を傾けることもなく、「キリストはここに、あそこにおられる…」などと告げられたこともない。彼ら

は眠っている…だが、力強い声によって目覚めさせられる。ああ、その精神は何と真実をとらえているこ

とか!その真実のために、どれほど堅牢な聖域が彼らの胸に築かれることだろう!そうして、筋骨たくま

しい腕は、如何にそれを守るすべを心得ていることか!善良で強きゆえに、輝かしい前途が待ち受けてい

る。何ものも彼らの意思を挫くことも、いたずらに希望を疲弊させることもなかったのである。

 ああ、遥かなる未開の祖国よ!見知らぬ友たちよ!私の大家族よ!お前たちの悲痛な叫びに私は呼び戻

されたのだった。同情の思いに心底揺さぶられ、こんなにも長い間、お前を忘れていたことを恥じ、私は

首を垂れる… それなのに、過酷な運命よ、どうして私はこの旅を中断しなければならないのか?─もう

一つの苦痛の叫びのためであり、それは弱々しい調子であったとは言え、私を身震いさせるほど圧倒的に

迫ってきた。私にとっては大切な、呼ばれれば答えずにはいられない唯一の声であった… 私はまたして

も遠ざかってしまう。おお、懐かしい故国よ!だが、今度はもはや子供心の、新しいもの─彼を幻惑し目

を眩まされるこの魅力的な妖精に向って駆け出してゆく呑気な喜びをもってしてではない。心乱され、目

を曇らせて遠ざかるのである。慈愛に溢れた志や高潔な決意が軽薄で身勝手な社会のために傷つけられ、

どれほど鈍らされてきたことか、高徳な心が逆風によってどれだけ遠くに吹き払われてしまったか、今で

は理解しているからである。そうして、お前のひっそりとした未踏の地から生命を得て、それを田園生活

のつつましさに浸し直し、大衆から忘れられることによって純粋なものにすることばかりを切望するとし

よう。経験が人類の頭に積み重ねる罪深き倦怠をなるべく背負わずに墓に入ることができるように。

(続く)
「ねえ、君、旅する音楽家なんてさ、本当に滑稽な存在でね」で始まるこの手紙によってフランツ・リストは、音楽家は画家たちと違ってなかなか正当に評価されることがない、作品一つを発表するにしても、様々な交渉を余儀なくされた上に、結果は演奏者次第、また、旅をする画家が風景によって彼の成果を表現するようには、聴衆に具体的なイメージを伝えることも出来ないのだと訴えます。やがて話題はミラノ・スカラ座のことにおよび、イタリアの音楽事情が語られます。本編はフランツ・リストの名前で1838年9月2日号のgazette musicale誌に掲載されたものです。しかし、実際の執筆はマリー・ダグー伯爵夫人に負うところが多いのではないかと思われます。彼女は後にダニエル・ステルンのペンネームで『1848年革命史』を出版した作家です。とはいえ、これは二人の知識人が共に見聞し、体験し、共感したドキュメンタリーであることに変わりはないでしょう。(原文:フランス語/本邦初訳)
「彼らのために何をしてあげられるだろう?」と私は自問した。「どのような救いの手を差し伸べてあげ

ることができるのだろう?無力な人々に力を与えるようなものは何も持っていない。莫大な富によって影

響を及ぼすことも、権勢によって人を動かすこともできないのだ」まあ、それはどうでもいい。先に進も

う。なぜなら、この大悲惨事に何か貢献することがなかったら、私の心はもう休まることもないだろう

し、瞼に眠りが訪れることもないだろうと感じたのであった。そもそも、天は取るに足らない私の贈り物

を祝福することはないなどと誰が知り得よう?荒野で次々とパンを産み出していった手は疲れることがな

かった。恐らく神は百万長者の全部の金貨よりも芸術家の僅かな寄附に多くの喜びを凝縮しておいて下さ

ったことだろう。

 こうして心揺さぶられ、感情が高揚したために「祖国」という言葉の意味が私に明らかにされたのであ

った。私は直ぐに過去を追憶し、心の原点に帰ってゆき、そこに幼少時代の想い出の無傷で混じりけのな

い宝を名状しがたい喜びをもって見出すことができた。目の前に壮大な風景が立ち広がっていった。そこ

は狩人たちの叫び声が響き渡る、よく知っている森であった。岩壁の間を流れを速めて通り抜けてゆくド

ナウ川があり、家畜の群れがのびのびと草を食んでいる広漠たる草原もある。ハンガリーだ。その頑丈か

つ豊饒な土壌はかくも気高い子孫を産み出した。そうして、私の祖国なのであった。「なぜなら─」貴方

を微笑ませることになるであろう愛国心を爆発させ、私は叫んだのだった。「私もまた、このいにしえの

秀でた民族の出なのである。より良い日まで手つかずに取っておかれたような、素朴で荒々しいこの国の

血を引く者の一人なのである!」…

(続く)

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ハンガリーのライディング村にあるリストの生家。1850年頃のスケッチ。
「ねえ、君、旅する音楽家なんてさ、本当に滑稽な存在でね」で始まるこの手紙によってフランツ・リストは、音楽家は画家たちと違ってなかなか正当に評価されることがない、作品一つを発表するにしても、様々な交渉を余儀なくされた上に、結果は演奏者次第、また、旅をする画家が風景によって彼の成果を表現するようには、聴衆に具体的なイメージを伝えることも出来ないのだと訴えます。やがて話題はミラノ・スカラ座のことにおよび、イタリアの音楽事情が語られます。本編はフランツ・リストの名前で1838年9月2日号のgazette musicale誌に掲載されたものです。しかし、実際の執筆はマリー・ダグー伯爵夫人に負うところが多いのではないかと思われます。彼女は後にダニエル・ステルンのペンネームで『1848年革命史』を出版した作家です。とはいえ、これは二人の知識人が共に見聞し、体験し、共感したドキュメンタリーであることに変わりはないでしょう。(原文:フランス語/本邦初訳)
この時期は、周りの世界にいちばん目を向けることの出来る時であり、あらゆる人間、事物、場所が想像

力に絶大な影響を及ぼしてくるのである。胸の奥からは夥しい光線を発し、愛さねばならぬという宿命に

避けがたく支配されているので、近づいてくる総ての者に自らの小部分を分け与える。この時期には若者

は自分の思考の騒々しい混乱に惑わされ、人生を享楽することが出来なくて、そうしたいと熱望する。彼

の中では何もかもが好奇心や欲望やそわそわと落ち着かない憧れとなり、相反する意思が満ちたり引いた

りしているのである。そうして、まとまりのない情熱の出口なき迷宮の中で精根をからしてしまう。単純

で、やさしく自然であるものは押しなべて哀れみの嘲笑をもって迎えるべき事柄となる。すべての目標を

凌駕して、あらゆる障害を渇望する。自ら施すことの出来る善行をも、幸福をもたらされるであろう感情

をも侮って、青春の突き刺すような興奮に残酷なまでに苛まされる。この燃えるような熱狂の、虚しく力

をつぎ込んだ、激烈でもあり浮かれ騒ぎでもあった持続の時を私はフランスの地で過ごしたのであった。

父の亡骸を受け取って、私の最初の悲痛な思いの聖なる避難所となる墓に埋葬してくれたのも、この国な

のだった!さんざん苦しんだり愛されもしてきたこの地の子であると、どうして思わずにいられよう?私

が生まれたところを目撃してきた他の国のことを、私の血脈を流れる血が他の人種のものであり、私と同

じ血を引く人々はどこか他の場所にいるなどということを、どうして思いつくことが出来ただろう?…

 思いがけない機会が、私は消えていると思っていたものの、まどろんでいたに過ぎぬ意識を不意によみ

がえらせた。ヴェネツィアでのある朝、ペストを襲った災害について詳しく報じられたドイツ語の新聞に

目を通したのであった。これを読んだことによって、私の心ははっきりと動揺した。常ならぬ強い同情

心、大勢の気の毒な人々を救ってあげたいという激しく抑えがたい欲求を覚えた。

(続く)

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1838年、ハンガリーのペスト市は大洪水に見舞われた。
ねえ、君、旅する音楽家なんてさ、本当に滑稽な存在でね」で始まるこの手紙によってフランツ・リストは、音楽家は画家たちと違ってなかなか正当に評価されることがない、作品一つを発表するにしても、様々な交渉を余儀なくされた上に、結果は演奏者次第、また、旅をする画家が風景によって彼の成果を表現するようには、聴衆に具体的なイメージを伝えることも出来ないのだと訴えます。やがて話題はミラノ・スカラ座のことにおよび、イタリアの音楽事情が語られます。本編はフランツ・リストの名前で1838年9月2日号のgazette musicale誌に掲載されたものです。しかし、実際の執筆はマリー・ダグー伯爵夫人に負うところが多いのではないかと思われます。彼女は後にダニエル・ステルンのペンネームで『1848年革命史』を出版した作家です。とはいえ、これは二人の知識人が共に見聞し、体験し、共感したドキュメンタリーであることに変わりはないでしょう。(原文:フランス語/本邦初訳)
時には、長いこと不在であった友を探し出し、傍らに座ってもらって、労苦を共にし、成功すれば称賛し

てもらい、喜んでいれば微笑みかけてほしいということをお考えになるでしょう?ああ、そうであると言

って欲しい。何も変わってはいないのだと。そうして、私が帰るならば、貴方の暖炉の側にまた私の居場

所を見つけることができ、貴方の胸の中に避難所を見出すことができるであろうと。さらに、あの力強

い、震えるほどの感動に満ちたすべての和音をもう一度耳にすることができるとも言ってほしい。これら

の、深く心を動かされることなしには聴くことのできなかった、優しさと憂愁に溢れた歌は、貴方の恵み

深く誠実な友情の理想的な表現としてずっと私の中に残り続けている。



 追伸─とうの昔に宛て先に届いていると思っていたこの手紙が私の机の上に置き忘れられていたこと

に、旅から帰った時に、いや、むしろ、ウィーンでの用事を済ませて戻ってきた折に気がついた。そこ

で、私のオーストリア滞在についてひと言付け加えずに投函するわけには行かなくなった。

 まったく奇妙な運命ではないか!私の父が静穏な家を捨て、一緒に世界を駆け巡る旅に身を投じて以

来、田園生活の世に埋もれた自由を、芸術家の人生の栄光に満ちた隷属と交換して以来、間もなく十五年

になる。そうして、その素朴な誇りが、私の天分と呼んでいた楽才を伸ばすのに最も相応しい中心地とし

て彼がフランスに居を定めて以来、私はフランスを祖国と考えることにすっかり馴染んでしまい、もう一

つの祖国があったなどということを思い出すのをやめてしまっていた。─貴方は青春時代が何であるか、

十五歳から二五歳までの間を流れてゆく人生のこの時期が何であるかをご存知であろう。

(続く)

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リストの父アダム・リスト
「ねえ、君、旅する音楽家なんてさ、本当に滑稽な存在でね」で始まるこの手紙によってフランツ・リストは、音楽家は画家たちと違ってなかなか正当に評価されることがない、作品一つを発表するにしても、様々な交渉を余儀なくされた上に、結果は演奏者次第、また、旅をする画家が風景によって彼の成果を表現するようには、聴衆に具体的なイメージを伝えることも出来ないのだと訴えます。やがて話題はミラノ・スカラ座のことにおよび、イタリアの音楽事情が語られます。本編はフランツ・リストの名前で1838年9月2日号のgazette musicale誌に掲載されたものです。しかし、実際の執筆はマリー・ダグー伯爵夫人に負うところが多いのではないかと思われます。彼女は後にダニエル・ステルンのペンネームで『1848年革命史』を出版した作家です。とはいえ、これは二人の知識人が共に見聞し、体験し、共感したドキュメンタリーであることに変わりはないでしょう。(原文:フランス語/本邦初訳)
もしも、大通りに沿った窓という窓が、総てのバルコニーに屋根が、何時間もの間、あらゆる通行人に向

かってひっきりなしにクリアンドーリを投げ続けながら、石膏の粉で真っ白になっている男女に埋め尽く

されていることを想像できるのなら、してみていただきたい。あるいは、この人造の霰の下に馬車の姿が

見えなくなってしまったり、途方もない群衆が、群衆を物ともせず挑んで、十字路から十字路へと、通り

の一方の側から向こう側へと戦場が広がってゆき、汚れていないきれいな服や新しい帽子には暗黙のうち

に共謀して敵対し、狂気の沙汰や悪意や意地悪な快感が伝染していったり、この道化役者のボンボンを出

来る限り投げたり、受けたりすることに自尊心をかけているさまを想像していただきたい。以上がミラノ

のカーニバルの最終の日々である。

 貴方がただの傍観者であるのなら、「こいつは、馬鹿げたお慰みだ」と見識張って判断を下されること

も出来るだろう。もっとも、自ら役者の一人となって、熱狂に取り付かれてしまったら、もう、活気と喧

騒しかないそこに思想も理屈も追い求めはしないだろう。そうして、知らないうちに数時間を過ごしてし

まうのであるが、多くの人にとって、それは悪いことではないのである。

 さらば、友よ。ランプの焔が消えようとしており、夜明けも近い。プロヴァンス通りの私の屋根裏部屋

で、かつて我々が習いとしていたごとく、お喋りに身を委ねてしまった。哀れな屋根裏部屋よ!お忘れで

はないだろうね?いつでも陽の光が戯れ、優秀な我が母の整理整頓の才によってかくも容赦なく退治され

てしまった必要不可欠な無用の品々に溢れかえっていた、この12ピエ[一ピエは約0.325メートル]平方

を貴方は憶えていらっしゃるだろうか?あるいは、代わる代わる譜面台や腰掛けの役割を果たしていたプ

ルタルコスの分厚い二折判のことを?それから、我々の理由なき高笑いや、数え切れない冗談、我々に美

学の原則を教示しつつも、私を厳しく叱咤していたいくつかの評論記事のことを覚えていらっしゃるだろ

うか?それらすべては、私にとってと同様に、今なお貴方の目に浮かぶのだろうか?

(続く)

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