奇想の庭(復活そして昇天)

19世紀末から20世紀前半のロシア文化を駆け巡り、拾い集め、組み立てて、発見する・・・・・・

明治通りをどこまでも。。

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バベルの塔

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渋谷駅の真向かいだ。

大地震の起こる遥かに前からも、

大地震の後にも、弛むことなく

日夜、見る見る高層になってゆくビルが一つある。

天まで届くつもりなのだろうか。

だが、天罰はすでに下っている。

人々は世代ごとに、階層ごとに、

異なる言葉や文字を使い、

もう誰も意志疎通などしようと思わないからだ。



おお、今日の鯉のぼりは、ぴかぴか光って元気が良い。

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美しいものを観たい。

あまりにも悲惨な現実を目の当たりにして、酸鼻の極みの光景が目蓋に焼きつき、臓腑は焼け、脳は恐怖に凍りついた。
きれいなもの、愉快なもの、ロマンティックなもの、華やかなもの、心温まるもの、好きなもの、胸ときめくもの、我を忘れて熱狂するもの、感動するもの、神聖なもの、崇高なもの、神秘なもの、萌えるもの、笑えるもの、それらの領域で楽しむことはもう出来ないのだろうか?
以前に何度も訪れたガウディ風の建築物、まだまだ奇想に富んだ、目を奪われる細部の写真を公開していませんでした。

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そういえば、今年は多くの大学で卒業式も入学式も中止になってしまいましたね。しかし、晴れ着姿の卒業生たちの姿にはあちこちでお目にかかることが出来ました。明るい笑いが弾けていました。

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生の実感

夕陽が舗道に熱のない最後の薄光を投げかけている。風に揺れる葉のない枝の影がそこに儚いかすかに震える影を落としている。古めかしい建物の前の、細かい枝ばかりの樹々は陽光を含み、反射し、白い光を自ら発し、夕暮れの街の底から輝かしく浮かび上がってくるようだ。

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何の変哲もない、こんな静かな光景に感動した。脳内は生の実感に充たされた。近いようで遠い海岸地方では、あれほど悲惨な、凍った地獄に喘いでいるというのに、都心は何事もなかったかのようだ。あちこちを歩き回り、強烈な地震の残した爪痕を確認する。朽ちたような木造の、壁の薄い家ですら、倒壊していない。カフェやレストランには節電のため営業時間を短縮したという張り紙をよく見かける。普段通りに営業している店もある。被災地と深く結びついていたために、営業できない店もある。ガソリンは売り切れだ。ブロック塀の一部が倒壊している家屋を見つけた。ガラス張りのビルのガラスの一枚に亀裂が入っている。マンションの大きな窓ガラスがひび割れている。多くの展覧会や興行が中止になったり延期になったりしている。地下鉄のエスカレーターが一部封鎖され、内部の蛍光灯で燃えるように輝いていた看板が今はすべて明かりを消され、閉館後の美術館のように薄い闇に沈黙している。

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友人や知人とおしゃべりしながら道往く人々の顔は笑みで輝いている。そこに、ちらと地震関係の話題が潜んでいる。
以前にも訪れたガウディ風の建築物を訪れる。ああ、良かった。何も変わっていない。

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白昼のM9.0

あの運命の日、私は早稲田大学8号館三階308号室で、早稲田大学名誉教授の川崎先生の「チェーホフとロシア、アヴァンギャルド」という演劇講座を聞いていた。それは14時30分から予定通り始まって、まず、演劇博物館館長による川崎先生の紹介、それから、先生が、多少響きの悪い、けれども親しみやすい調子で、ロシア未来派宣言「社会の趣味への平手打ち」について紹介しはじめた。ちょうどその時だった。身体がぐらっと地の底からすくわれるような奇妙な感覚が走り、それから、大教室が、巨大な船のような教室が、ぐるぐると旋回しつつ、宙に浮いて放り出されてゆくような激しい揺れに襲われた。
ところで、早稲田大学8号館と言えば、この大学の中でも最も新しい耐震構造のほどこされた建物なのである。机も椅子も固定され、だから、大地震の時に特に恐ろしく感じられるガタガタいう音は一切しない。窓ガラスがガタピシ音を立てることもなく、何一つ落下するようなものも置いていない。だから、静かに大きく、けれども、このまま教室ごと倒れていってしまうのではないかと思われる、それはそれは逆らうことのできない遠心力の体感される沈黙の恐ろしさにほかならなかった。
先生は、ここで一旦講義を中断し、水を飲まれた。「もう、この歳になるといつ死んでもね」とぽろっと漏らされる。教室の後方から、凍ったような爆笑が聞こえてくる。地震がいったん収まると、先生は何事もなかったかのように、メイエルホリドの芸術について語り、それからチェーホフの「かもめ」の台本を朗読されたりした。しかし、動揺されていることは明らかで、話しながらもしきりに水を飲まれていたのであった。なぜなら、余震がいつまでも収まらず、教室は揺れていない時などなかったのだ。それから、先生がロシア・モダニズムやアヴァンギャルドについて講義されようとした時、二度目の大地震が起こり、教室はまたも大海の寄るべなき難破船のように、ぐらぐらともてあそばれ、大学側からは、至急、一階に避難するようにとの放送が入った。しかし、驚いたことに先生は避難勧告を完全に無視し、とうとう講義をやり終えてしまったのである。「いやあ、ロシア・アヴァンギャルドについて本当に講義するためにはまるまる一日講義をして8日間あっても足りないぐらいですよ」などと最後におっしゃる、驚くべき豪傑ぶり。

さて、講義が終わった頃には四時半を回っており、その時にはすでにさまざまな情報が飛び交っており、電車も運転を見合わせているらしいということだった。このまま、8号館に残っていたほうが安全ではないか、という声もあった。恐る恐る通りに出る。すると、いつになく歩道に人が溢れている。何人もの人に道を聞かれる。どうやら、かなり遠いところから長く歩いてきたらしい。不思議とバスは走っており、車もいつも通りに走っている。
明治通りに出る。ここで、災害の規模がいっそう明確に感じられる。人が歩道に溢れていて、渋谷方面に向かう人、反対側に向かう人の二つの流れがどこまでも続いている。時折、地下鉄の駅の入り口が見えたが、誰も出入りしていない。交差点に来ると、花火大会のような混雑で、しばしば先に進むことが出来ないのだった。大きな案内標識が歩道に落下していて、黄色いテープが巻いてあるのを見て、さらに悪い予感がした。消防車の梯子がビルの一つに渡され、大勢の警官が交通整理をしている。車は渋滞というよりは、前後左右どこにも動けないような感じで止まっており、人々は車を縫って、向こう側に渡ってゆく。私はまず新宿を目指して歩いた。新宿に近づくほど、混雑はひどくなり、不安そうな人々の会話が耳を過ぎる。遠くに高島屋のビルが見えた。少し休みたい。トイレは使えないだろうか。そう思って高島屋に入ってみると、そこは帰宅難民の一時避難所と化していて、普段は絶対に高島屋で見かけないような服装の人々が次々と店内に入ってゆく。トイレと公衆電話は長蛇の列。多くの人が床に座り込んでいるのであった。高島屋を出ると、JR新宿駅の構内がよく見えた。まったくの無人で、ひどく薄暗い。
その後、しばらく歩いて、家が近付いてきたが、やはり、いつもは滅多に人が歩いていないような道にさえ、黙々と歩く人の跡が絶えない。

帰宅すると、棚が倒れ、本や額縁や飾ってあった小物たちが見るも無残に床に落ち、冷蔵庫は床を滑ってだらしなく何時間も扉があいたままになっていた。廃墟を探索するように、ジャングルに分け入るように、都心の未曾有の大地震の跡と直面する。

「これが世の終わりなの?」
タルコフスキーの「ノスタルジア」の中の一シーンが脳裏を過ぎる。

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