構成主義という言葉は、従来のようなヨーロッパからの借り物ではなく、初めてロシアに誕生した独自の芸術運動を指し、また、とりわけ建築におけるその発展はロシア革命、社会主義革命と深くかかわっている。ペテルブルクにおける構成主義の実験は、ペテルブルク南西の荒れ果てた衛生状態の悪い地区の一画に、構成上関連の深い、また機能的な建物をいくつか建設し、さまざまな角度から見て相互に美しい調和の感じられる、時代の最先端をゆく新しい街を建設することであった。
ナルヴァ凱旋門
このキーロフ区には、ナポレオン軍に対する勝利を記念した最古のナルヴァ凱旋門が建っていた。この凱旋門から真っ直ぐにスターチェク大通りが走り、キーロフスカヤ広場にぶつかり、その向こうにキーロフ区議会宮殿(現キーロフ区区役所)が建設された。つまり、凱旋門とキーロフ区議会宮殿は同軸上にある。そうして、この議会宮殿の塔には革命のシンボルである「鎌とハンマー」が掲げられている。この塔と、非常に長い本棟と、本棟を挟んで塔と対照的な場所に位置する丸みを帯びた部分とは、それぞれがまったく形の異なる要素でありながら、見事に調和してひとつの典型的な構成主義的作品となった好例であるように思われる。キーロフスカヤ広場にはセルゲイ・キーロフの銅像が建っており、あたかも革命の勝利を謳い上げているような演説のポーズをとっている。それが、議会宮殿の塔に掲げられたシンボルと素晴らしく調和している。
キーロフ区議会宮殿(現キーロフ区区役所)
セルゲイ・キーロフ銅像
では、スターチェク大通りを歩きながら、同時期に建てられ、互いに関連している建物を見て行きたい。
力強い絵の描かれた建物
キーロフ像の建つキーロフスカヤ広場からは、十月革命10周年記念学校(現在は中学校)がよく見える。この建物は、構成主義の建築に特徴的なカーブが効果的に用いられ、それはまた採光性と通風性の良さとも関連があって、非常に機能的である。窓はまるで音符が並んで弾んでいるかのようなリズムを持っている。全体的には、当時の衝撃的なまでの斬新さは言うまでもないけれど、今でも十分に新しく個性的な建物である。
十月革命10周年記念学校
十月革命10周年記念学校
十月革命10周年記念学校から1区画離れた同じ側にはナルヴァ・デパートが建っている。この建物に沿って歩く限り、何の変哲もないようであるが、道路の反対側に立って、全体を眺めてみると、建物の水平ラインと垂直ライン、そうして、カーブを描いている部分の見事なコンポジションには驚かされる。ここはかつて、労働者たちのための大食堂であり、惣菜も売られていた。
ゴーリキー文化宮殿
このナルヴァ・デパートのスターチェク大通りを挟んだ向かいには十月革命の記念碑として計画されたゴーリキー文化宮殿が建っている。丸みを帯びたファサードは列柱と大きなガラス窓から構成されており、長方形の階段室が両脇に左右対称に配されている。実にシンプルな構造であるが、建物内部には2000人を収容できるメイン・ホールがあり、その他にも、映画館、講堂、図書館が備わっている。そうして、1937年のパリの万博で、この宮殿はグランプリを受賞した。今の目では、宮殿というよりは職業安定所のように見えてしまうのであるが、皇帝たちの宮殿ではなく、これが社会主義革命の時代の宮殿の概念なのだろう。簡素であること、力強いこと、機能的であること、これはこの時代の芸術やポスターなどにも共通しており、新しい国家建設のイデオロギーと見事に足並みを揃えている。
この建物も構成主義のスタイル
構成主義探索の散歩はなかなか刺激的で楽しかった。アンティークショップがあったので入ってみると、やはり革命時代のバッジやコイン、絵葉書、クリスマス・オーナメント、あらゆる小物を扱っているのであった。少々時間をかけて、マヤコフスキーの詩の一部が入った革命的な絵葉書をたくさん買った。例えばこんな詩が載っている。「あらゆるところに、すべての人の中に。レーニンの名前はわれわれと共にある。われわれは負うだろう、負ったのだ、そうして負ってゆこう。彼を、イリイチの旗印を」かつては3コペイカの絵葉書が一枚30ルーブルで売られている。とはいえ、古いものが一枚100円もしないのだから、安いものだ。
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