20世紀ソ連の詩を訳してみる。
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時は第一次世界大戦の頃。多くのロシア人が前線で勇敢に戦っているなか、飲めや歌えの遊興にうつつを抜かしているブルジョアジーなる人種がいた。芸術家たちの牙城、ペテルブルグにある芸術カフェ『野良犬』でも、ブルジョアジーは戦争を忘れ、酒と女のことばかりを考えていた。 そこへ、詩人の中でも一番ハンサムで長身で、素晴らしいバスの声を持ったウラジーミル・マヤコフスキーがモスクワからやってきて、詩を朗読することになった。彼はプロレタリアートの立場にある詩人であり、未来派である。帝政時代のブルジョアジーと相いれるわけもない。 だから、彼は朗読した。最も魅惑的なバスの声で、最も皮肉のこもった詩を。大戦で殊勲を立てている英雄もいるし、重傷を負った中尉や負傷兵もいるというのに、能無しのきみらときたら、と。 《きみらに》 飲めや歌えの放蕩三昧、 バス・ルームと暖房つきのパウダー・ルームをお持ちのきみら! 新聞で聖ゲオルギイ受勲者の記事を読んでも、 きみらは恥ずかしく感じないのか?! 知っているのか、能なしのきみらのほとんどが、 どうやって最高に酔えるか思いめぐらせている間にも、 たった今、陸軍中尉のペトロフが 爆弾で両足をもぎ取られていたとしたら?…。 カツレツで唇をべたべたに汚し、 淫らにセヴェリャーニンの詩を口ずさむきみらの姿を もしも致命傷を負ったペトロフ中尉や、 負傷兵がいきなり見たら、きみらはどうする? 女と料理に夢中のきみらの 都合の良いよう、ぼくは命を捧げるべきなのか?! それなら酒場にいるほうがずっとマシさ…ぼくは娼婦たちに パイン水をおごってやるさ! ホールは騒然となった。マヤコフスキーの美声に卒倒するはずだった女たちは甲高い声で泣いたり、叫んだり、バタバタと席を外し、紳士たちは憤慨し、激怒し、怒鳴り出す。観客席から舞台に向かってごうごうと非難や脅しや罵声が飛び交い、一方、舞台の上のマヤコフスキーは平然と受け流し、さらなる皮肉で応酬する。 とうとう仲裁しようとする人物が現れた。一人の公爵と作家の一人と、『野良犬』の支配人であり帝室劇場の俳優であるボリス・プローニンである。プローニンは収まりをつけるために、『野良犬』で十日間連続の「マヤコフスキーの夕べ」を催すことを提案する。結局、三者三様の説得が功を奏し、怒れる獅子も、常軌を逸した振舞いによって馬脚を露わした「きみら」 ── 狐も狼も熊もセイウチも次第に静まりつつあった。 |




