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ガユーナ・セアロさんといいます、瞑想にエントリーするとメッセージが送られてき ます
2011年2月満月
あわてるな君よ 先走るな君よ 単なる思い付きや 結果にこだわった行動は 安易な欲得でしかなく 虚しいものだ よく物事の道理を考え 正しい道の決断を求め 今何が必要かを覚り それが見えたら すぐに実行するよう心がけよ すぐに行えということは 速度を言うのではなく、 今と言う時を大事に使え、 という事である 直ぐに行えと言う事は 結果にこだわる事ではなく 結果を早く出す事でもなく 命の時を大事にするためである ガユーナ・サンディマ |
今日の言葉
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こんなにたくさんの |
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「人のため」というのは素敵な尊い行為だと思います。 「人のためを」漢字で書くと「人の為」となります。 ですが、「人の為」という字を一文字にすると「偽り」となってしまいます。 漢字には先人の知恵が含まれ、深い意味があることが多々ありますが 「人の為」が「偽り」となるのは不思議な感じがします。 以前「歌う木」という本を紹介していた、あまかさんのブログを転載させて頂きました。 その本の中の、僕の好きなフレーズに 「木はただ楽しくて自分のために歌います♪ その歌は、ただやわらかい光のように 優しい空気となって人々に伝わっていきました。」というのがあります。 人が大好きで「誰かの役に立ちたい」といつも思っていた木が 「誰の役にも立てず、私は愛されない」と嘆き苦しみ自分を否定してしまいます。 そんな木が、もともと自分の中にあった喜びや楽しみの「きらきらな気持」を思い出し 自分の喜びのためにうたう歌が、優しい空気となって人々を包むという素敵な話です。 「人のために何かをする」という行為の中には 木のように「相手からの愛をもらうための行為だったり」 「自分がいい人に見られたい」という他人の評価を得るための行為だったり 「社会の常識を気にしておこなっている」行為だったりする事が少なからずある気がします。 自分の喜びや楽しみが伴っていないと 「他人の評価を気にしたり」「愛をほしがったり」してしまいます。 または、自己犠牲になってしまい 素敵な行為をしているはずなのに、なぜだか他人の幸せと引き換えに、 どんどん自分が辛くなってしまう…。 そんな事があるのではないでしょうか? もちろん、それでも「他人の幸せのために生きる」という事は 素敵で、尊い行為だと思います。 「自分の喜びのためにうたった歌が、優しい光となって人々を包む」という木の話の様に 自分の中の喜びがあふれ出すという、ただただそれだけの事が 他人の評価を気にしない、純粋な「人の為」なのではないでしょうか。 自分の中に喜びがないと「人の為」にやっている行為が 他人の評価を気にしたり、愛をもらうための「偽り」になってしまうのかも知れないなと思います。 大切なのは「喜びに満たされていること」 昔の人は、そんなメッセージをこめて「偽り」という字を作ったのかも知れないなと思います。 そんな事を考えさせられる「偽り」という字の話でした。
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「労しい」(いたおしい)が愛おしいに変わっていったのだそうです。 |
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優形とは、気立てや姿、振る舞いが優しいことです。 やさしさが生まれる場所は、安らかな心。 心のゆとりをなくしている時は、 本当にやさしく出来ないですもんね。 「美人の日本語」より 安らかな心を保つには、自分の心が満足していなければいけません。 心が満足するということは、いつも満たされている「感謝」「喜び」 「愛」を持っていることです。 自分の持ち物を忘れると、心にゆとりがなくなり、自分にも 他人にもやさしくできなくなります。 もともと、人は「愛・感謝・喜び」の心を持って生まれてきます。 自分の好きなことを、遠慮なくすることによって、 忘れているものを思い出すでしょう。 そうすると、心にゆとりが生まれます。
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