BIJUの徒然日記帳

お久しぶりです。愚痴だけのブログです。

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 やっとこれで終わりにできそうです。


 夜、すごく眠くなったのに体のでかい3人が私の寝床であるところのコタツにどっかりと横になっていて、私の場所がない。あんまりみんなが楽しそうにテレビを見ているので、
「はい、はい。お母さん、寝ますからよけてよけて。」
とは何となく言えなくなってしまった。じゃあ、ちゃんと寝室で寝ろよというなるのだが、私は寝るのが非常に早く、子供たちと顔をあわせないで1日が過ぎてしまうことがとても多い。朝は早いがみんなバタバタと出て行くし、自分も仕事なのでゆっくりも過ごせない。みんなが帰ってきた気配やざわざわとした語らいや、お笑いのテレビに笑っている家族の声から離れて寝室に行ってしまうのがどうにも寂しい。
 私は本当に寂しがりやである。
 その点、台所にいればコーヒーだジュースだ、残り物はないか、お菓子はないかとみんながちょくちょく台所にやってくるし、その台所はちっさな間切りがあるばかりでリビングと続きになっている。私が語りの練習をしていても、ネットをしていても、芝居の稽古をしていても、後ろに横に前にみんなの顔がよく見える。
 次の日は仕事が休みだった。随分前から練っていた計画をいよいよ実行に移さなくてはいけないと思った。昼頃起きて来たぐーたらな娘が、我が目を疑って私に尋ねた。
「どうしたの!お母さんが物置を片付けるなんて!どうしたの?何があったの?」
・・・そこまで・・・。
 だって、台所にある机の上のものを片付けるには、その周りの棚に乗っている不必要なものをどこかにしまわなくてはいけない。そのためには、それらのものをしまう場所を作らなくてはいけない。それはどこかというと物置で、まずは物置を整理整頓しなくては、大いなる私の野望を果すことはできないわけだ。
「な、何をしようとしているの?」
・・・「ここに今晩から寝る」
「はあ?」

 私の計画は、みんながいるリビングにほど近く、台所と言う聖域から決して出ることはなく、自分の居場所と寝場所を一体化するというもので、かつて1m四方のスペースを作ったあの山のように荷物が重なってしまう台所の大きな机を取っ払って、さらにたくさんの荷物を片付けて、そこにカーペットを敷いて私の部屋とするというものであった。バッカじゃない?と最初はあきれていた娘が結局は協力してくれて、信じられないほど台所は片付き、テーブルも椅子も外に出されて、カーペットが敷かれ、私の蒲団が運び込まれた。当初は折りたたみベッドでも置こうかと思ったが、やっぱりカーペットの上に寝たほうが暖かいのでやめにした。
 最初の夜はみんなが台所に来る度に珍しがって、からかい半分に寝ている私を眺めていくものだから、次の日、あわててひも状のカーテンをつるすものとカーテンを買ってきて目隠しにした。
 カーテンの向こうに夫がタバコを吸いに来る気配が分かる。カーテンのすぐわきにある冷蔵庫を開けて麦茶を飲む息子の気配が分かる。遅くにバイトから帰ってきてお土産のアイスをみんなでわいわい食べているのが聞こえる。

 ここに寝ることにしてから、床が固くて最初の日はさっぱりも寝られずに頭痛と共に朝を迎えた。あれから1週間。掃き出し窓のすぐ側に頭を置いて寝ているのでちょっと風邪気味だ。それでも、夜になるのがとても楽しみだ。
 ほかに部屋があるのに台所に寝るなんてやっぱり変だよ。きっとそう思われるかもしれない。でも、今までこの台所は、このお話の一番最初に書いたけれども、私の精神状態を反映するかのように様変わりを続けてきた。これからだってどんどん変わるに違いない。最終形態など自分のことなのに全く持って予測不可能なのである。
 我が家を支える夫の職場は非常に冬に弱い。そうじゃあなくても風前のともし火だというのに、まして雪の多い今年は地獄である。幸いなことに私が給料取りになれたので、学費に加えエンゲル係数の極めて高い我が家の食費の全てを私が調達することになった。私がその台所にいるなんて、まさに象徴的ではないか。
 家族の中にあって、一人になりたい、カーペットの上で寝たいというわがままを聞いてくれて、みなさんありがとう。
 冷蔵庫の側にぶら下がる安カーテンが実に貧乏臭くて大いに満足している。枕のわきにある玄米の10キロ袋2つが並ぶ光景も何だか穏やかである。食器棚の上に無理やり置いた小さな本棚が危うくて、近い将来高い確率でやってくる宮城県沖地震がもしも真夜中にやってきたら、それこそ私はこの台所において瞬殺である。ま、本望である。

 悩んで苦しんで励まされて、のた打ち回って、泣いて眠って目が醒めて、私はこれからも「私の場所はどこ?」と問いかけながら、それを探し回るのだろう。きっと一生探し回るに違いない。そして、これからも起こるだろういろんな事象へのそういう私のくだらない、もがきやあがきが、実は、その場所を構築し、堅固なものにしていくに違いない。

 「私の場所」はここにある。



 前回書いたが、昨晩も息子の昨今のマイブーム、小坂明子の「あなた」が、彼の携帯電話からもれ聞こえた。
 なんとも象徴的じゃあないだろうか。蒲団の中で私は一人、笑ってそれを聞きながら眠った。


  あなた
          小坂明子

もしも私が 家を建てたなら
   小さな家を 建てたでしょう
 大きな窓と 小さなドアと
   部屋には古い 暖炉があるのよ

 真赤なバラと 白いパンジー
 子犬の横には あなた あなた
   あなたがいて欲しい
 それが私の夢だったのよ
   いとしいあなたは 今どこに  ブルーのじゅうたん 敷きつめて
   楽しく笑って 暮らすのよ
 家の外では 坊やが遊び
 坊やの横には あなた あなた
   あなたがいて欲しい
 それが二人の望みだったのよ
   いとしいあなたは 今どこに

 そして私はレースを 編むのよ
 私の横には 私の横には あなた あなた
   あなたがいて欲しい
 
 そして私はレースを 編むのよ
 私の横には 私の横には あなた あなた
   あなたがいて欲しい

 

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