BIJUの徒然日記帳

お久しぶりです。愚痴だけのブログです。

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なぎいへのメール

 今日はお仕事中、お邪魔してしまい申し訳ありません。
 ついつい、いつもの調子でくだらないことを長話してしまいました。ごめんなさい。
 お話した絵本の件ですが、エドワード ゴーリーという作家で、愚かなではなくて、「うろんな客」という、タイトルでした。

 本題の前に言い訳をひとつ。
 私がメールを送らないのは、なぎいに対しては言葉でもちゃんと話せるからです。私は人と話せるまで案外時間がかかる上に、話せるようになっても、少しでも時間が経つとすぐに距離を取ります。急に敬語になるので相手が困惑しますが、そうしてしまいます。
 それでは私も寂しいのか、文章となるとそれはそれは長く書いてしまうので、ある人に、君は文章になるとおしゃべりだと言われたくらいです。

 話を戻しますが、絵本というものは腹が立つことに非常値段高く手を出しづらいジャンルであります。それを考えるとエドワード ゴーリーの絵本は、まあ、安い方なのです。とはいえ、1冊千円はするし、彼の絵本が古本やに並ぶことは絶対ありません。人気があるからですが。
 では図書館で、となると、さすがに彼の本を間違って子どもの絵本コーナーに並べる図書館司書はいないわけで、ジャンル分けが難しく置いてあるところが少ないので、ただで見ようとするなら蔦谷しかありません。
 あ、ビレッジバンガードでも読めます。
 その中で厳選して一冊だけ買ったのが、うろんな客 と言うわけでした。それと、「不幸な子ども」とだいぶ悩んだのですが、どれにしても、エドワード ゴーリーの絵本に外れはありません。これは個人の見解ですけども。
 ただ、読んだ後、心がすさむ可能性がありますので注意してください。救いがない絵本なのですが、圧倒的な不幸というわけではなく、日常ありえるような、そんな不幸をただ淡々と絵と文字にしています。けれども、当たり前の不幸な風景は、望んだわけでもないし、自分が引き寄せてしまったわけでもない、だけど現実に起っていて、それを回避することなんてできないという、私にはしばしば起る日常ですが、それを理解できる大人が、ページを繰り、苦笑いをし、絵の魅力と世界観に癒やされるという、不幸が不幸でホッとする、なんか哲学みたいな絵本です。だから、子どもに見せよう視線で接触すると不快に思うだけです。
下記のリンクにアクセスしてください。登録すれば無料で読めます。


 最後に、「海の上の少女」ですが、言い訳すると、私が迷ったのは理由があったのですね。時代や訳、出版社によって、「海に住む少女」とか、「海の娘」とか統一していないようなので、「ジュール・シュペルヴィエル」
探すのが一番良いようです
 それにしても、私が持っている本は載っていませんでしたので、もう廃版になったのだと思うと、今発売されている本の訳がちょっと心配ではあります。どこかのレビューにありましたが、このお話はやはり今時の言葉ではなくて、古い文体の方が合うように思います。私も、この本を、改めて複数本買うつもりです。今日、お話したプロジェクトの、犠牲者のお母さんと、なぎいと同じ地区に住む代表の方に差し上げようかなと思っているのですが、う〜ん、なぎいの感想待ちにしてもいいですか?
 実際に震災で海で死んだ娘を持っている方に勧めるにあたり、ちょっと慎重になろうかと思います。

 以上ですけど、ブログに挙げてお話してしまってごめんなさい。長くなった事が一番の問題なのですが、私が使っているGメールは、受信箱等の使い勝手は悪くなにのですが、コピペができなかったり、文字の色が突然変わったり、フォントが変わったりと、ネットにも載っていますが、メールをするのに非常に不具合が起ります。
 で、打っているうちに文字はカラフルになるし、大小様々になるしで、もうイヤになって、こんな方法もいいんじゃないかとこちらに載せてみました。
 また連絡します。

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宮城県宮城郡利府町。まずまずの小さい町である。そんな町で先日町長選挙があった。そのマニフェストが、劇団員が切望してやまなかった施設建設賛成派であったため、熊谷氏が当選したことは個人的に朗報であった。というわけで、熊谷先生と今後お呼びしようではないか。
「先生」と、呼称をつけるべき人の話を聞いた事がある。自分に利益をもたらしてくれる人を先生と呼ぶのだそうだ。曖昧であるが妙に納得した。納得したので、その日から上司を、先生と呼ぶのをやめた。
もらえるものを利益とするかどうかは個々によって違う。私の場合は知識である。給料は対価なので、業界が冷え切っているにもかかわらず、給料を頂けるのはありがたいが、知識をくれない人に先生なんてつけるもんか!と、世界の隅っこで叫んでいたら、ちゃんとしっぺ返しを食らってしまった。
昨年から劇団内での私への呼称が、先生となったわけだ。昨日までの役者仲間が先生となる。なーんか不愉快じゃない?という空気があるんだかないんだか。
しかも名前まで変わった。まずまずの小さい町、利府町で、30年も生きていれば、名前で私を思い出す方だって、それは少なからずいるだろう。町中に貼られるポスターにデカデカと印刷される、「作演出、畑山美樹」は何としても避けたかった。(載せないのはそれ以上に悲しい)なので、旧姓の伊澤美樹にしたところで、作戦は成功した。勿論、本名であるのは確かなので、旧姓を知っている人には、あー、あいつはこんな歳になってもやってるんじゃん。アホのまんまだ。とすぐ知れてしまうが、母親の私を知らない人には大いに結構だ。

というわけで劇団内では伊澤先生、畑山さん、みきてぃ、びじゅさん、が横行している始末である。
先日、東京から振り付けの先生がいらして、それをiPadに録画していたのだか、最後の決めポーズのところで、興奮した私がど真ん中に立ってしまい、完全に舞台を隠してしまっていた。振付伝授担当の李奈が、グループラインに、「伊澤先生、決めポーズが見えません。」と写真入れて載せたもんだから、私は勿論、ラインの向こうでもみんなで大笑いとなった、のだが、その後はたと気づいたのだか、そう言えば、ディスる時に限って、伊澤先生と言われている気がする...いやいやまさか、私の気のせいだよね。

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 昨年から始まった私の脚本演出による芝居が近く上演される。
 ありのみ劇団では2作品目となるのだけれど、こと、2年目というのは、これほど多くの問題が生じるとは思ってもみなかった。
 20年以上の歴史がある地方劇団の脚本演出になるのだから、一年目の重圧はいかほどだろうと思うのだが、実のところ、今年の比ではないくらいにプレッシャーなんてなかった。
 正確に言えば、プレッシャーなんて感じる暇がなかったということだ。
 役者があるところでの脚本なので、充て書きで書いていかねばならないのだが、私はそれの経験がほとんどないので、後半に従って増えていくメンバーに何の役を振ろうかとだいぶ悩んだし、しょっぱなの世界観の設定の中で、絶対的な特異のキャラをもつメンバーが何人もいる劇団では、自由な脚本を結果的にかけなかった。
 それに慣れたはずだったが、今回もだいぶ悩んでしまった。
 役者の中で結果、一番使い勝手がよい渡部を使うことになる。それは、彼女がもっとも色に染まっていないからだ。また、男性だと櫻井もいろんな役をこなしてくれる役者だと思う。
なので、最も難しいのは石川の役になる。劇団における彼女の存在感は大きく、そのキャラクターはそのまま美化されて役どころにつながっていく。
 美化というのはもちろん、芝居的な意味であるが、そうなってくると、彼女の役どころは未来永劫、この劇団が続き、彼女が舞台で立てなくなる日まで変わることはないのだ。これは、役者としては鎖でつながれているようなもので、苦しいのではと思うのだが、そこが監禁される心理と同じで、自由がきかないというのは、M的に彼女において安心感にもつながる。その安心感が芝居において安定感を生むのだから、芝居というのは本当に分からない。
 つくづく杉内先生は10年以上もの間、この劇団に関わってこられて、どれほど大変だったであろうと思う日々である。さすが、ベースに教職者たる立派な性根があってこそと尊敬している。
 
 先日、職場で上司に隠れて国際信号旗を制作していたのだが、同僚に、
「演出ってそういうこと、するんですか?」
と、聞かれて心も体も砕けてしまった。するわけないが、誰かにふって、やるやらない、忙しい、大変だなんて言われるくらいなら、自分でやった方がどれだけ楽かと言う話だ。
 今、少女像を造りかけている。そんなことしてるなら、役者のではけから、上演時間まで考えたいのだが、頭って凄い物で、目の前で具体的にできあがっていくものであれば、同時に抽象的な問題は考えられるのだ。

 そう、今最も悩んでいるのはプロローグの台詞だ。結局、昔話を創作して、それを美代子に語らせるのだが、その物語は、清冽にしてたまゆらでなくてはならない。浜田広介の、椋鳥の夢みたいなものじゃなきゃ、この芝居は成功しない。手のひらにのったと思ったら消えていく春のぼた雪みたいなお話を考えなくてはならない。
ああ、困った。

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今日明日と公演があります。
応援よろしくお願いいたします。
今回、私は原発汚染と津波により娘を瓦礫の下に埋まらせたまま、40年探し続ける母親の、若い時代を演じます。
よろしくお願いします。
http://www.geocities.jp/arinomi_rifu/

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皆様、ご無沙汰してごめんなさい。 
今週の土曜日、日曜日、いよいよ開演となりました。 
どうか紹介させてください。 

http://ic.photo.mixi.jp/v/d7d566d56f9b44173d18b091d497010d511e0db2f9/513d4508/picture/2110700_1902092314_204small.jpg 


今年のお芝居は、私たちが経験した東日本大震災における津波被害を、浦島太郎伝説になぞらえて杉内浩幸オリジナル脚本にて上演します。 
そう言えば、今日がその日からちょうど2年目でした。 
私は津波で子供をなくした母親を演じます。 

下は5歳、上は70歳の幅が広く懐の深い,私たちの悲しく優しいお芝居をぜひ、皆様にもご覧頂きたくご連絡いたしました。 
御来場を心からお待ちしています。 

チケットをご用意しますので、お手数ですがメッセージでお伝えください。 

http://ic.photo.mixi.jp/v/f2f002aeeff93ce8e7a508d01d0dcd390e210f6957/513d4501/picture/2110700_1902101003_197small.jpg 

利府町民劇団「ありのみ」第17回公演 
ウラシマ  −あの日の学童疎開― 
作演出 杉内浩幸 
あの日、私たちは ありふれた日常の中にいた。 
あのカメを助けるまでは… 

平成25年3月16日(土)18:00〜 
17日(日)10:30〜 
(会場は両日共30分前) 
利府町公民館3F 文化ホール(JR利府駅徒歩5分) 

平成の時代。小さな港町は過疎化が進み、唯一あった保健所も閉鎖されたまま。そこへ追い打ちをかけるように起きた災害に、住民は避難を余儀なくされた。一方、昭和二十年。アメリカ軍による空襲が激化した日本は、子どもたちの集団疎開に踏み切った。親と引き離される子供達。 
千年の昔、未曾有の災害が三陸地方を襲った頃、浦島太郎の伝説が生まれた。なぜこの時だったのか。時代と自然の大きな力に翻弄される健気な子供達の姿を通じ、時を超えて語りつがれる「浦島太郎伝説」の真相に迫る。 

http://www.geocities.jp/arinomi_rifu/ 

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